104 / 165
第6章 殺人鬼と逃避行
(5)トンネル・ビジョンの罠
しおりを挟む「メルロー家のお子さんたちが同時に亡くなって、それで私をと」
メラリーは長い金髪を指先で弄びながら、ポツポツと話す。
「養女の話は何処から持ち込まれたんだ」
ブルンチャスが訊く。
「私は親の借金の肩代わりに、旦那様の妾になったのです。それで、奥様がいらっしゃるので、私を養女にすると……」
「あんたにとってはドリエンヌ・メルローは邪魔だった訳だ」
「そんなことありません。私は仲良くできます。だって、望んでもいない幸運でしたから」
「じゃあ、あんた以外に奥様が死んで得をするのは誰だ。あんたは何で生活している」
「私には得はありません。まだ養子にしてもらっていませんから。旦那様が行方不明になってから、私はブティックで働いています。今日は早く上がらせてもらいました。シフトがありますから」
「旦那はどうして行方を眩ませた」
「あの……」
メラリーの目に涙が光った。肩を震わせている。
「奥様と大喧嘩なさって、その晩は私に奥様と離婚するとおっしゃって、翌日の晩はいらっしゃらなかったのです」
「毎晩だったのか」
ブルンチャスが苦笑いして、ふとその笑いの意味に気づいたらしいメラリーは、慌てて金髪ごと手を振った。
「ち、違います。ベッドに入っても毎晩ではありません。旦那様は話し相手が必要でした」
美しいだけでなく聡明さも持ち合わせているメラリーが、ブルンチャスには怪しく思える。
「追い出された旦那はそれからどうした」
「一度も……」
「毎晩だったのにか」
「……」
メラリーの顔が悔し涙で歪む。
「毎晩……ええ、そうです。旦那様は私と一緒にいることを必要としていました。ですから旦那様を探していただきたいのです」
「旦那が出てくればあんたは結婚できるんだな」
「わかりません。旦那様次第です」
「結婚を望んでいるんだな」
「……いいえ。高望みです。いいえ、はい、今となっては……私は寄る辺無き身の上です。私は養女で良いんです」
「実家には」
「止めてください。借金こさえて娘を売る親なんて」
「売春宿でなかったのがせめてもの幸いか」
メラリーは頷いた。ブリンクス・メルローは金貸しの嫌われ者だったが、若い妾には愛情を注いだらしい。メラリーは良い服を着て清潔そうな艶やかな金髪と薄い化粧だが血色の良い頬をしている。そして、金のイヤリングと指輪をしていた。
「旦那の行き先に心当たりはあるか」
「奥様が、異世界に行くと言って出ていったと……嘘です。私にはそんなこと一言も……異世界でも何処でも私を連れていってくださるはずです」
「あんたは本当に若い。まだ子供だな。旦那の愛情を疑わないのか」
メラリーは肩を左右に振って泣き崩れた。
「あんたの他に誰かいなかったか」
「いいえ、いいえ」
「他に得する者に心当たりは」
「いいえ、いいえ、いいえ……」
メラリーは泣き崩れたが、法定相続人ではないとしても、トンネル・ビジョンの景色にぴったりの犯人像に違いなかった。
カナンデラは薄目を開けた。ラルポアがラナンタータをお姫様のように抱き抱えてリムジンに乗り込む。其のままカナンデラの横に座るとラナンタータの足をカナンデラの膝に乗せた。
向かい側にイサドラとエマルが来て、リムジンは発進した。
「何処へ行く」
「あら、ご存じだとばかり。私、ジョセフィーヌ・バケルのステージを観てみたいの」
ジョセフィン・ベーカーはフランスではジョセフィーヌ・バケルと発音する。アメリカ生まれの黒人ダンサーは、フランスを初めヨーロッパ全土で熱狂的に持て囃されている異世界の大スターだ。
ガラシュリッヒ・シュロスのステージで、芸術性の高い創作舞踊で人気を博した花形ダンサーだったイサドラが、関心を惹かれるのは尤もだ。
ただ、問題は、イサドラはこの世界どころか国内から自由に出られないという点だ。
「其れでアントローサ警部の娘を拉致した訳だ」
ラナンタータは口を半開きにして寝ている。似合わない口紅を擦り落としてピンクに染まった唇が、ぷっくりして見える。白い睫毛が震えた。瞼が動く。
「ラナンタータ、起きたかい。車の中だよ。イサドラと一緒だ」
「えっ……」
ラナンタータはラルポアの胸の辺りにしがみついて、イサドラに仰け反った。
「わあお。イサドラ・ナリス。本物だ。おめでとう、イサドラ・ナリス。やっと私を誘拐できたね……んん、頭が曇っている。寝る……」
ラナンタータはすうっと力を抜いた。
「面白いお嬢様ね。度胸が座っているわ」
「あんたとフランスに行きたがっていたよ。ああ、いかん。俺も頭が曇っている」
カナンデラが起きたばかりのふりをして頭を振る。
「あら、とっくにお目覚めかと」
「いやいや、あんた、とんでもなく即効性のある薬を使うんだな。ヤバい女だ」
「お誉めに与って光栄よ。余り長くは効かない事が証明されたけれど」
「処で、だいぶ街から離れたけど、どこら辺に行くのかな。国際駅ではないようだが」
「ふふふ、そうね、できればリンドバーグの飛行機に乗せてさしあげたいわ」
「嘘だろう」
「ふふふ……」
カナンデラとラルポアは驚いてイサドラを見た。イサドラはすっきりと描いた眉が美しく湾曲して楽し気に目を細めた。其の横でエマルが小刻みに震える。
「あんた、本当に飛びそうだな」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる