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第6章 殺人鬼と逃避行
(6) 饒舌な店子
しおりを挟むメラリーの次は親子だった。
母親のサリョーカは長く寝たきりというので除外して、息子のカイラー・ショーンに話を聞く。
「僕は新聞社の写植工なので仕事はいつも夜の7時を過ぎるんです。輪転機も動かしたりする日もあって……今は忙しいので」
1920年代、この国では今までのプレス印刷と新しい輪転機印刷の技術や知識との世代交代が起きている。
写植工の仕事は、新聞だけでなく、聖書を初めとする学術書、学校教科書やその他の書籍、役所の文書など多岐にわたり、技術者は引く手あまただ。
「誰が寝たきりの母親の面倒を見るんだ」
「心配要りませんよ。僕は結婚の予定があるのです。彼女と従姉が代わり番こに来てくれるので、助かっています。たまに、隣のティラナさんにもお願いしますけど」
カイラー・ショーンは将来の希望に燃えた明るい青年だった。清潔そうな肌艶も衣服も、生活の余裕を感じさせる。
「ドリエンヌ・メルロー夫人殺人事件について何か情報があれば」
「メルロー夫人は酒好きでしたよ。僕は一度誘われて飲みましたけど、話好きで、お酒も結構強かったです。ご主人さんとも飲めば良かったのに」
「あんたとメルロー夫人は一度だけ」
「誤解しないでくださいよ。彼女と一緒でしたから。他にも、メルロー夫人の親戚の何とかって人も。何と言ったっけ、確か、ああ、バレイシーさん。ジョバンニ・バレイシーさん。あの人、そこの酒屋の若旦那さんですよ」
「いつ頃の話ですか」
「丁度メルローさんが旅立った日の夜に、夫人が、そこのドアが開いていて、仕事から帰ったばかりでしたからばったり会って、で、たまには一緒に飲みましょうと。其れで彼女も呼んで、四人、いや五人になってあの兄弟の兄の方、ジャック・デミニー。弟さん、一度メルロー夫人との仲をご主人さんに疑われたからか、呼んでも来なかったですね」
「疑われた……不倫とか」
「ま、何でもなかったですけどね。なまじ顔が良いから疑われただけで、人騒がせな話です。不倫は死刑の国もあるくらいですから、驚きましたよ。でも……僕が知っている話はこれくらいです。もう良いですか、僕は母親が寝たきりなので」
「ああ、手間を取らせたな。後で、其の寝たきりのお母さんにも少し聞きたいのだが」
「いいですよ、僕は十時半には寝るので、其れまでの間なら。でも、多分何も……此処に入居する前から寝たきりですから」
「そうか。あんたも大変だな「」」
「いいえ、僕なんか恵まれている方です。では刑事さん、ちゃんと犯人が捕まることを願っていますよ」
「ん、ああ。有り難う」
ブルンチャスは暫く爽やかな気分になった。
カイラー・ショーンの証言で浮上した酒屋の若旦那ジョバンニ・バレイシーに会いに行く。
キーツが戻って猫が監察医の処にいることを報告する。
「近くに病院がなくて、行った先では断られ、仕方なく警察病院に行ってみたら、何かの毒物かもしれないということになって。猫は、毛玉を吐いたくらいではあんなにぐったりしないらしくて。痙攣も少し始まって、目がおかしくなってて……助かるかなぁ……」
「危険な状態か」
「胃の洗浄をしたから様子見だそうです。ずっと付き添っているわけにもいかないので戻って来ましたが、毒物というのが引っ掛かって……結果は後で聞きに行きます」
キーツの若い顔が憔悴している。猫の状態に心を砕いたことを汲み取って、ブルンチャスが肩に手を乗せた。
「猫に毒を盛るとは酷いことをするな」
「あの猫はメルロー夫人の飼い猫か」
アントローサが唇の下を擦りながら呟く。ゴツィーレ警部が指示を出した。
「この部屋を具に調べろ。猫の食器、猫の寝床、猫の出入口、メルロー夫人の飼い猫かどうか調べるのだ。各住人も聞いてくれ。猫を飼っている住人がいたら再び事情聴取だ」
「「「「「「ウイ、ムッシュー」」」」」」
刑事が出ていった部屋に、最後の住人が来た。
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