毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第6章 殺人鬼と逃避行

(7)チャビーラン・ボルドーの下の部屋

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最後の住人は娼婦だった。

本人はチャビーラン・ボルドーと名乗ったが、本名かどうか怪しい。と言うのは『チャビーラン』とはこの国の言葉で椿姫を意味するからだ。

因みにボルドーとはフランスの一地方のことで葡萄の名産地であり、色で言えば誰でも当たり前にワインレッドが浮かぶ。

「チャビーラン・ボルドーとは、フランス系なのか、それとも紅椿のつもりなのか」

ブルンチャスがチャビーランに聞く。

「どちらでも。この国はフランス贔屓だから、フランスのイメージでどう」

色の褪めた古いコートの下は夏生地のドレスで、ブーツを履いてはいるものの見るからに寒そうだ。

「本名が聞きたいな。教えてくれないか」

「ただで娼婦の本名を聞くの。不粋だわね」

右手を出して細い指先を屈伸させる。

「名前でも金を取るのか。ふざけるなよ。殺人事件を捜査中なんだ。冗談を言っている場合ではない」

「殺人事件……何があったの」

チャビーラン・ボルドーは厚化粧の仇っぽい顔に驚きを隠さずに震えた。

「知らないのか。そう言えばお前さん、仕事の時間じゃないのか。今頃帰ってくるとはどうしたんだ」

「お泊まりがあったのよ。夕べからガラシュリッヒ・シュロスで騒いで、其のまま朝まで飲んで、ロイヤルホテルに行って、飲み食いして、他には何もしなかったけれどお金持ちだったからたんまり儲けたわ」

「ガラシュリッヒ・シュロスか。俺も行ってみたいもんだ」

「私、初めて行ってびっくりしちゃった。あははは。世の中にはあんな世界もあるのね。あははは。お金持ちが集まって遊んでいるのよ。大金が飛び交って、札束で尻を拭くような連中よ。ははははは」

チャビーランの目から一筋の涙が落ちた。其の涙に本人が驚いた様子で、笑いが消えた。

「チャビーラン……」

「チャビーでいいわ。みんなそう呼んでいる」

「チャビー、メルロー夫人が殺されたんだ」

チャビーランは嘲りを露にした。

「いつかそうなると思っていたわ。あの売女ばいた、あはは」

「売女ってメルロー夫人がかい」

「そうよ。このアパルトマンの住人の男たちもあたしの客だけど、全員ドリエンヌとやってるわ。娼婦の客をただで寝とる人妻よ。ドリエンヌは亭主に逃げられて、まあ、その前から若い妾が階上に住んでるけどね。はははは。そう、殺されたんだ。あははは……」

人が殺されたというのに手を打ち叩いて喜んでいる。

「犯人に心当たりはないか」

「ないわ。あっても教えない。犯人じゃなくて正義の鉄槌だったんじゃないのぉ」

「それは君の主観だ。どんな人間でも殺されたなら犯人を挙げなきゃならない。それが我々の仕事だ」

「ふん、デルタン川に浮かぶ娼婦の死体は調べられないって言うじゃない。私があの川に浮かんでも調べちゃもらえないのよね、刑事さん」

「浮きそうなのか」

「嫌ねぇ。次に会うのがそんな場面ならお断りよ。もっと色っぽい方が良いわ。悩殺してあげるわよ。お金を出せばね。あははは」

「で、犯人の心当たりはないんだな」

「そうね。ひとつだけ。私の部屋の下の階には誰も住んでいないはずなんだけど。そこはアデリアの部屋だったのよね。アデリア・メルローの。幽霊が出るのよ。私、酔って帰ったことがあって、見たの。アデリアの幽霊。それに、声も聞こえたわ。でも、妙なのよね。アデリアがあんなこと言うはずがないんだけど……」

「何を言ったんだ」

「ふふ、刑事さん、娼婦からただで聞き出そうって言うの」

「こちらは仕事だ。お前さんと遊んでる訳じゃない」

「あら、遊ぶこともあるのね。ふうん。そう言えばこの前の客は警察官だったわ」

「チャビー……この国には娼婦を裁く法律はない。売春行為も裁けない。しかし、下っ端公務員の買い春は禁じられている。その警察官は誰だ」

「怒るわよ。教える訳ないでしょう。折角、幽霊のことを話してあげたのに」

「チャビー」

チャビーランはブルンチャスを睨み付けた。

「ふふ、怖い顔。幽霊はね、ブリンクス・メルローを殺すと言ってたのよ。アメリカに行く前にね。私、酔っぱらってたけど夢じゃないわよ」

「チャビー。お前がブリンクスを最後に見たのはいつだった」

「そうねぇ、あら嫌だ。去年の春頃だわよ。ねぇ、刑事さん、怪しいでしょ。
まず、去年の初めにザッキアとアデリアが死んだでしょ、立て続けに。そしてブリンクス・メルローさんがいなくなった。メラリーは大変だったわよ、可哀想に。本妻のドリエンヌはパーティーしてたらしいけどね。で、昨日まで私は、これは全部ドリエンヌの仕業だと踏んでいたの。そのドリエンヌまで死んだのなら、ちょっとわからなくなったわね。幽霊以外に、私には犯人の心当たりはないわ。言えることはね、刑事さん。ドリエンヌは人妻でありながらこのアパルトマン以外の男も連れ込んでいたってこと。売春婦ではないのだから、死刑に匹敵する物凄い売女ってことよ」

「その男は今、捜査員が当たっている」

「あっ、そう。ちゃんと知っていたのね。処で刑事さん、私の部屋に来ない」

「何を言うんだ。今は仕事中だ」

「あら、うふふ。勘違いさせてご免なさい。違うの。私の部屋って変なの。何か匂うのよ。アデリアの部屋が変なのかな」


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