毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第6章 殺人鬼と逃避行

(8)旦那の行方

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「そこの部屋がメラリーの部屋よ」

「メラリー・メルローになる予定がパアになった少女か。近頃の若い者は忍耐力がないように思えるんだがな」


階段を上がりながらブルンチャスの脳裏にカナンデラ・ザカリーの顔が過る。


あいつもさっさと刑事を辞めたが
惜しい奴だった
確かに組織で働く奴ではなかったが
勘はずば抜けているし
行動力は犯罪者並みだ
警察犬と呼んでいた
犬のように従順なら良かったがな


「メラリーは犯人じゃないわ。あんな優しい子に人殺しなんて。私だって怖いわよ。殺意を持つことはできてもね、実際にできることとできないことははっきりしてるわ」


三階の一角がチャビーランの部屋だ。鍵は掛かっていないらしくそのままドアを開けた。


「物騒だな。鍵くらい掛けろ」

「壊れたのよ。お金ないから困ってるの。入って」


ベッドと小さなサイドテーブル以外は何もない部屋。サイドテーブルには空いたワインボトルが一本。部屋の隅にトランクがひとつ。木製のハンガーに草臥れた薄いドレスがお辞儀をして掛かっている。


「大家に直してもらえないのか」

「だから、あの売女が……」

「チャビー。売女とはお前さんたちを罵って言う言葉だ。相手は人の奥さんだろう。売女なんて……」


ふふん、とチャビーは鼻で笑った。


「売女よ。娼婦より売春婦よりよっぽど質が悪い人種。身を売る女の立場から言わせてもらうとね、人妻の一度や二度の不倫なんてどうってことない。そうじゃないの、ドリエンヌは。根っからの悪女。底意地の悪い、とんでもない恐ろしい女なんだから」

「客を取られただけだろう」

「違うわ。ドリエンヌはね……あ、そんなことより、臭うでしょ。腐ったような……この部屋で飲み食いなんかしないわ。私、お金を子供に送っているのよ。親戚に預けてあるの。だからお金が必要なの」

「子供がいるのか。まあ、理由があるとは思ったが。あぁ、確かに臭い。お前、飲み食いしないと言ったが、これは何だ」


ワインボトルを指差す。


「寝酒よ。寒いから寝酒でも飲まなきゃ眠れないのよ。勿論、酔わない程度によ。暖炉が壊れて、暖炉を直してほしいと言ったらドリエンヌが家賃を上げると言い出して。全く、殺す気かってのよ。人を舐めくさって」


チャビーランはマフラーをハンガーに綺麗に畳んで掛けた。


「そりゃあ相当な女だな、ドリエンヌは。成る程。それでまさかお前、ドリエンヌを殺ったのではないだろうな」


コートを脱ぐと柔らかな曲線を描く痩せた肉体が現れた。


「まさか。私には可愛い子供がいるのよ。我慢のしすぎで気が狂いそうだけど、子供の笑顔の為なら何でもできる。こんな生活もね」


チャビーランがにっこり笑ってブルンチャスの首に腕を回す。


「下のアデリアの部屋を見てみよう。うん、素敵なウエストだ」


ブルンチャスはチャビーランのウエストを両手で離し、踵を返した。


「頑張って。お休み。今度来る時はワインを宜しくね」


ブルンチャスは振り返らずに片手を上げて、ドアを締めた。


各部屋の鍵は、ドリエンヌのディスクの引き出しにあった。

アントローサは、ブルンチャスを筆頭に数人を振り分けて、アデリアの部屋の捜索に当たらせた。


アデリアの部屋のドアを開けた途端、異様な臭いが鼻を突く。捜査員はブルンチャスを初め全員が鼻を押さえた。

部屋を見渡して臭いの原因を探す。暖炉の表が煉瓦で塞がれ、壊れたようになっていた。窓を開けた。


「ここに何か捨てたのか。ゴミ捨て場よりも臭い。ドリエンヌ事件と直接関係があるかどうかわからないが、開けてみよう」

若い捜査員が手袋の手で煉瓦を脇に積み上げる。


「おおつ、これは……」


暗い暖炉の中に白骨が見える。臭いの原因は死体の腐臭だった。メタンガスが発生して破裂した肉片や腐った血の臭いが部屋の布に染み込んだものらしい。

早速アントローサに報告した。殺人事件の起きたアパルトマンの暖炉に、白骨死体が隠されていたのだ。

現場は騒然となった。 


「この死体は誰か。服はどうやら男物らしいな。メラリーを呼べ」


衣服は破壊された細胞から出た水分や血を吸い込んで、バクテリアやウジ虫に食われたらしく、残っている部分は分厚い外側のコートの一部だったが、色も織り地もはっきりしている。

メラリーは、死体の衣服に見覚えがあるかと聞かれて驚き、恐る恐る暖炉の中を覗いた。


「ええ、はい。旦那様です。ううっ……」


メラリーは吐き気を催して部屋を走り出た。


「起きている住人がいたら呼んでくれ」


ドリエンヌ・メルロー殺人事件は、ブリンクス・メルローと思しき白骨死体の発見によっていよいよ混迷を来す。





その頃ラナンタータは、ラルポアの胸の辺りでこっそり薄目を開けた。


お姫様抱っこのまま移動している。
楽チンだ。
起きようかな
寝たふりしてようかな……


ラナンタータの目の端に真っ平らなアスファルトの舗装道路が見えた。



舗装道路だ
素晴らしい
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