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第6章 殺人鬼と逃避行
(15)分かりやすい人
しおりを挟むブルンチャスが帰った後の部屋で、チャビーランはベッドに倒れて手足をばたつかせて泳いだ。気分が軽く、笑いが込み上げる。
「あはは……私ったら何てお人好しなんだろう。何故ときめいたのかわからない。色んな人と出会ったのに、選りにもよって刑事だなんて……しかも、随分年上よ。大丈夫なの、チャビーラン。大丈夫よね。刑事はあんたを騙さないわよ。うん。そうよ……でも……」
チャビーランからふっと笑みが消えた。
仕事に出たくないな
そしたら、コゼットはどうなる
私がお金を送らなかったら
コゼットは……ああ……
あの子は血が足りなくて
よく倒れると言うの
何日も入院したりするから
お金が必要なのよ
会いたいけど
旅費に使うより
お金を送ってあげた方が
コゼットの為になるわ
やっぱり、恋愛とか
甘いこと考える暇はない
仕事に出なきゃあ
コゼットも私も終わりだわ
ああ……こんな世の中……
こんな世の中……
一方、ブルンチャスは、頭の何処かがふわふわする心許ない気分に苦笑いしながら、階段を降りきった処でキーツと出くわした。
「親父っさん。今日は非番じゃないんですか」
「あ、あ、ああ、そうだと思う。うん。非番だ」
笑顔は相応しくないと思いながら、頬が柔らかくなっていることに抵抗できない。両手で顔をパンパンと軽く叩いた。気合いが入る。
「何をしていたのですか」
「いや、聞き込みだが、ああ、そうだ。有力な情報を得た」
ブルンチャスはチャビーランから聞いた猫と火傷の話しをした。
「じゃあ、ドリエンヌは恨みを買っていたというわけか。しかも二人の女から」
「おっと。うっかり忘れる処だった。お前、クロスボウを使ったことはあるか。三階のカイラー・ショーンの母親はサーカスでクロスボウの名手だったらしい。寝たきりじゃなければ有力な容疑者だ」
「成る程。親父っさん、それ一応、ゴヅィーレ警部に伝えるべきです。警視総監も来ていますよ。現場百回で」
「あれ、キーツ、お前も非番じゃないか。何かあったのか」
「ありましたよ。親父っさんに連絡取れないから明日伝えるつもりだったんですけどね、酒屋の若旦那、ジョバンニ・バレイシーを見つけたんです。食事に出ようとして……あの……ロンホア・チャイナの近くで……偶然……それでちょっと署までって言ったんですが、ジョバンニ・バレイシーはドリエンヌの死んだことを知らなかったと言うんです。現場を見せてくれって……」
「何故、行方不明だったんだ」
「それが、若い娼婦に入れあげて……」
ブルンチャスの皺に埋まったような目が光って、頬を赤らめた。動悸まで聞こえそうな赤ら顔に、キーツが戸惑って、どうしたんですか、と聞く。
ブルンチャスは、若い娼婦……若い娼婦に入れあげて……と呟きながらふらふらと現場に向かう。
後ろ姿を眺めて、キーツは頭を振った。
親父っさん
分かりやすい人だったんだ
三階のあの美人か
チャビーランっていう……
気づかないふりをしょう
「美味しい。このコリウールルージュは最高」
ラナンタータがムール貝のトマト煮の赤いスープを啜る。
「良かったわ。お嬢様に平民の家庭料理を味見してほしかったの。うふふ。料理人はロイヤルホテルから借りたのだけど……クラッカーを割り入れても良いのよ」
ムール貝を頬張って、口を尖らせてもぐもぐ動かしながら、ラナンタータはクラッカーに手を伸ばす。
「飛行船の中では何にもすることがないからなぁ。おいら、食べるしか楽しみがない」
「あら、そんなことはないわよ。後で隠れんぼでもしましょうか。私が鬼で、見つけたら殺していくの。どう……ほほほ。チェス盤もあるし、カードゲームも出来るわよ。ポーカーで私に勝ったら武器をあげるわ」
「それは無理だな。ラナンタータは芋掘りしか出来ない」
「ほっほほほ……芋掘りで勝つのは難しいわね」
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