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第6章 殺人鬼と逃避行
(14)イサドラはアルビノを奇跡だと思う
しおりを挟む「イサドラ……私からラルポアを取るってどういうこと」
病人が目覚めないように小さな声で話す。
「取らないわ」
「取らないって言うのは、取れるってことでしょ。取れるけどでも取らないわよっていう意味よね」
詰め寄るラナンタータにふっと笑みを見せて、イサドラは真面目な顔つきになった。
「ラナンタータ……不安なのね」
イサドラの手が伸びてラナンタータの白い髪の毛に触れた。
「素敵な髪の毛。前から、触ってみたいと思っていたの」
「年寄りみたいに白いだけだよ。アルビノだから」
「アルビノって素敵ね。奇跡みたいだと思うわ」
「その為に命を狙われても素敵だと言えるの」
「ラルポアさんをお仕置きしなさい。問題なのはラルポアさんでしょ」
「はあぁ……イサドラ、話が見えない。ラルポアは私のショーファーでボディーガードだけど、何が問題なの。そうか、ラルポアをあなたが雇いたいってこと。それとも他に……その……あの……大人の関心が」
「ふふ、ラナンタータはまだうぶなままね。そうだったわ。あなたたちの婚前交渉がまだだったわね」
「婚前交渉って……無理。私たち兄妹だもの」
一歩退いたラナンタータは背後のラルポアにぶつかった。ラルポアはラナンタータの肩に手を置く。
「あら、今先、ショーファーでボディーガードだと言ったくせに。その上にお兄さんなの。それは心の問題なのかしら、それとも身体的な問題かしら」
「何処にも問題はない。事実だ」
ラルポアが答えた。
イサドラがにっこり笑う。
「ラルポアさん、私はラナンタータに聞いているのよ。ラルポアさんはあなたにとって頼れるお兄さんなのね、ラナンタータ」
「そ、かな……長いこと一緒にいるのが当たり前だから、家族には違いない。あなたがサニーを思うように、私もラルポアが病気になったら出来ることを全てやる。危険を冒しても」
ラルポアがラナンタータの身体に腕を回す。後ろからハグする形になった。
「ふふ、あなた方は直ぐにそうやってくっつくのね。きっと、子供の頃からそうやって守りあって生きてきたのね。羨ましいわ。私は独りだったから、妬ましいくらいよ」
「ラナンタータはカニバリズム教団に狙われているんだ。生まれた時からずっと」
「そう。私は凶器を持った父親が追いかけてくる毎日だったわ。とうとう9才で殺人を犯したの。恐ろしくて壊れてしまった。だから、阿片をくれる花屋を恩人だと思い込んでしまったのよ。そのくらい、怖かったのよ。見たこともないカニバリズム教団も怖いわよね。ラナンタータ、良く壊れなかったわね」
言いながらイサドラはラナンタータに詰め寄った。唇がつくほどに顔が近づいた時、ラルポアはラナンタータの身体をずらした。
「ほら、ラルポアさんがあなたを支配している。あなたが何処にいて何をしているのか全て把握して、管理下に置いている。ラルポアさんの雇い主は警視総監で、ラナンタータの管理者はラナンタータ自身ではないのよね」
空気が固まる。そこに、のんびりとではあるが、痺れを切らしたようなカナンデラの声が割り込む。
「気づいたかい、イサドラ。こいつらってバカなんだよ。あんたの哲学的な難しい話よりも、おいらの腹の虫の方がよっぽど優先されるべき死活問題だぜ。もう少しで不貞腐れちゃうところだ。皆でボナペティに行こう」
イサドラの表情が緩くなる。
「そうね。ドイツは遠いわ。この飛行船から逃げることはできないから自由にしてくれて良いけど、残念ながらレストランは閉鎖中よ。武器になりそうなものがあるところは閉鎖したの。でも、食事は出せるわ。取り敢えず、皆でランチにしましょう」
イサドラはサニーの上に屈み、額にキスした。
「いい夢を見て」
ブルンチャスが部屋を出しなにチャビーランに数枚の札を手渡した。
「何、これ」
「少なかったか。幾らかわからないんだ」
「ふうん。何もしなくてもお金くれるんだ。ボヌール。また来てね、高給取り」
「安月給だよ。そんなには来れないさ」
「何、それ。じゃあこの金は貧乏人が売春婦を蔑んで恵んでくれたって訳。バカにして」
ブルンチャスは皺に埋まったような目を見開いた。
「バカにしてはいない。少しだが何かの足しになればと思ったんだ。今夜、仕事に出ずに済むくらいの金を出せれば良いのだが」
「哀れんでくれているのよね。いつデルタン川に浮くかわからない街娼だと思って、バカにしてるんでしょう」
「チャビーラン……俺の立場はその行為を行えない。違法なんだ。警察官だけが禁止されるなんておかしい話だとは思う。だが、法律ではそうなっているから仕方ない。なのに、その……どう言ったら良いのか……」
思い余ってブルンチャスはチャビーランの手を両手で包んだ。額にキスする。
「恥ずかしいが、年甲斐もなく……何だか出来そうなんだ。その、恋愛とか……」
チャビーランはぽかんと口を開けた。
「はあぁ……私は子持ちの売春婦よ。刑事さんがそんなことを言って良いの……」
「言うだけなら法には触れない」
ブルンチャスはチャビーランを抱き締めた。チャビーランは柄にもなくときめくのを感じて戸惑い、頬に血が上るのを感じる。
顔を上げてブルンチャスの頬にキスした。
「私も、何だか久しぶりにときめいた。恋愛とか、出来ないと思っていたのに……」
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