毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第6章 殺人鬼と逃避行

(13)神様は驚かない

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昼食時に、ブルンチャスはチャビーランを訪ねた。

チャビーランは起きたばかりのようで、ブランケットを頭から巻いていた。

ワインとパンとチーズの入った袋を笑顔で手渡す。


「まあ、嬉しい。でもどうしたの、また聞き込みに来たの」


チャビーランの目が明るく細まった。


「入って良いかい」

「あら……そうね。こんなプレゼントくれるなんて、お仕事で来たんじゃないわよね。ふふ」


ブルンチャスはチャビーランに手を引かれて部屋に入った。仕事以外で女の部屋を訪ねる、ブルンチャスの記憶に遠い。照れ隠しに毒づく。


「俺たち下っ端は違法で、お偉方や官僚は違法じゃないなんておかしいよな」

「そうね」


サイドテーブルの上に紙袋を置いて、チャビーランはブルンチャスの上着を脱がせた。ブルンチャスがにわかに頬を染める。


「待て、もう少し話をしよう……」

「良いわよ」


ブルンチャスが何を恐れ照れているのか、チャビーランは手に取るようにわかる。

ブルンチャスではなくてもある種類の男たちは、穢れた一線を踏み越えるのに躊躇する。そして迷った挙げ句に結局は関係して、何らかの言い訳を残して帰るのだ。

ブルンチャスもその口だろうとチャビーランは思った。


「椅子がないからベッドに座って一緒に食べましょ。折角の焼きたてパン」


ブルンチャスを強引に座らせる。チャビーランは隣に座って紙袋を覗いてゴソゴソし始めた。


「部屋の匂いが薄くなったわ。有り難う。明日はもっと楽になるかも。助かるわ。旦那さんの死体が出てきたのでしょう。もう大変だったんだから、夕べは。メラリーはジャネットの部屋で号泣して」


ワインをテーブルに乗せた。取り出したパンとチーズを紙袋の上に乗せる。


「ふたりは仲が良いのか」


パンを丸ごと渡された。食べたいだけ千切れと言うことかと、ブルンチャスはパンを少し裂いて、残りをそのままチャビーランに返す。


「姉妹みたいなものよ、私たち。あのドリエンヌ・メルローに対抗するにはそうでもしなけりゃならなかったもの」


チャビーランはグラスにワインを注ぐ。


「太刀打ちって、何かあったのか」

「ええ。メラリーは可愛がってる猫をドリエンヌに蹴られたり叩かれたりしてたわ。それでも猫はあの部屋に行くのよ。いい匂いでもするのかしら」


猫が毒物を食べたらしいことは察知している。ドリエンヌの仕業かもしれないと、ブルンチャスは思った。


「それにジャネットは、ドリエンヌにお湯を掛けられて手に火傷したのよ。躓いた途端に、ケトルのお湯がジャネットの手に掛かったんだって。ジャネットが街の展示会で優秀賞を獲ったからだわ。嫉妬ね。あら、嫌だ。死人を鞭打ってしまった……ごめんなさい。刑事さんだから話したのよ。他には誰にも話したことはないのだけれど」


ワイングラスを持たされた。右手にパン、左手にグラス。キリスト教の宗教儀式みたいだとブルンチャスはふと思う。


「いや、事件に関係のあることなら知りたい」


乾杯のグラスが音を鳴らす。チン……


「仕事で来たのではないのに仕事するの。良いわよ。じゃあ私たちのことは食事の後ね。あはは」


チャビーランはグラスに口をつけた。


「親子ほど違う」


そう言ってブルンチャスもワインを含んだ。相当な値段がするわけではないが、安物でもない。手頃な物を選んだ。少しわくわくした。


「たとえお爺ちゃんと孫ほど違ったって、神様はたいして驚かないわよ」


チャビーランの笑顔が眩しい。


「ま、そうかもしれないが……こほん。ああそうだ。隣の手伝いをするらしいな」

「ええ。サリョーカはサーカスのリンゴ射ちだったの。クロスボウの名手だったから昔はスターだったのね。頭と両手に持たせたリンゴを一瞬で射つのですって。でも今は鼠すら射ち殺せないわね」


チャビーランは小さく千切ったパンを口に放り込んで、もぐもぐ唇を動かす。小さくすぼめた唇が可愛いくて、ブルンチャスは顔を背けた。悪の海千山千を相手してきたはずだが、うぶな少年に戻った気がする。


「クロスボウはあるのか」

「カイラー・ショーンの部屋に古いのがあるけど、壊れているわ。使い物にならない」


ブルンチャスもパンを噛る。


「あ、ヤバい。神様に祈るのを忘れてた……」

「祈るのか」

「だって、私の命を守ってくださっているのよ。知ってる。昨日もデルタン川に売春婦の死体が浮いたらしいわ。自殺か他殺かわからないんですって」

「何故、そんなことを知ってる」

「カイラー・ショーンは新聞社の写植が仕事だから、大概のことは教えてくれるわ。夕べはメラリーが大騒ぎだったから、カイラー・ショーンも慰めてたの」

「成る程……」


祈るチャビーランの横で、ふと、若くて血色の良い肌のカイラー・ショーンの顔が浮かぶ。

あの男も客のひとりかと余計な考えに走ったが、ブルンチャスは黙ってチャビーランがくれるチーズを食べた。

いろいろ話し、食事が済んだらチャビーランがブルンチャスの首に両腕を回した。ブルンチャスはチャビーランの身体を抱き締めて「今日は帰るよ」と言った。



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