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第6章 殺人鬼と逃避行
(12)動機
しおりを挟むカナンデラは身を翻してからもう一度サニーのベッドを振り返った。
青白い顔で白いベッドに寝ているサニー。頬が痩けて、見る影もない。まだ30代前半なのに、既に孫のいそうな年齢に見える
「これがこの旅行の本当の理由か。無理してまでドイツを目指したことも、全てサニーの為か」
ベッドに腰掛けてサニーの頭を撫でるイサドラが、不安気な表情を見せる。
「サニーは病気なの。意識も時々無くなるわ。私の復讐よりも、サニーの治療を優先すべきだと思ったのよ。ドイツでなら最高の治療を受けさせられる。でも、警察が見張っているわ。だから、警視総監の娘を人質にすれば、世界中何処でも安全でしょ」
「成る程、其れは名案だが、あんたは人殺しだ。あんたのしてきたことは残忍と言う言葉を越える。あんたは人間離れした殺人鬼のはずだ。
だから、理解できない……何故、サニーなんだ。何故、母でも姉でもない何の関係もない女の為に、何故、あんたが危険を冒すんだ」
「そうね。わかってほしいとは思わないけれど、誰の人生にもそれなりに辛い時期はあるでしょう。幸せな時期もあるのよね。
サニーは私が地獄の中で復讐心に塗れていたときに、家族の愛情を注いでくれたの。まるで他所に生まれた家族みたいに。生まれて初めて出会ったのよ。心も身体も湯タンポみたいに温かくなる存在に。だから、サニーには幸せになってほしい」
イサドラは闇に生きている。復讐が自己実現だと決めて、一生を復讐に捧げるつもりでいる。
その反動からか、サニーの夢を叶えて幸せにすることも、イサドラのもうひとつの自己実現の方法だ。
「サニーはもうひとりの私。私の代わりに幸せになる代理人なの」
もしも神から
何らかの祝福を受けられるなら
それは全て
サニーに与えてくださいと願う。
復讐する鬼に
神の祝福はいらない。
憐れみすらも……
「あんたにとっては家族なんだな」
「家族。ふふ、人間の世界は面白い。捨てる神あれば拾う人間ありよ。私はサニーを放っておけない。わからなくても結構よ。理解は求めていない」
今の私は拾われた身の上。
蓼食う虫も好き好きってね。
私を幸せにしたがる物好きがいて
私にとっては
神の代理人とも言える
物好きな御仁に感謝しつつ
自分の思う通りに生きるだけ。
他人の理解なんて求めていない。
家族って何なのかしら。
血と肉を分け合っても
殺し合う貴族の末裔に生まれ
家族の狂気に曝されて
父親を殺害して生き延びた私が
何故、サニーに
家族の愛情を感じるのかしら……
私にわからないのだから
きっと誰にも
わからないでしょうね……
私には
祝福も憐れみもいらない……
その分があるならサニーに………
サニー……
大丈夫。私が守る。
あなたの病は私が治す。
「殺人鬼にそこまで守られて、幸せ者だな、この女は」
イサドラが光る目でカナンデラを見据える。
「そうだろ。自分が死ぬかもしれないって時に、危険を冒してまで助けようとするやつがいるなんてさ、人間として幸せだろう。相手が殺人鬼だろうが何だろうが、おいらの為なら、おいら恋しちゃうね」
「ふふ、脳ミソがお天気なのね、探偵さん。あなたを見ると幸せが簡単に手に入りそうに思える」
「簡単だぜ。お前さんだって、もう既に幸せだろう。サニーの為に出来ることをやっているんだから、これ以上の何者になれるんだ。サニーにとってあんたは天使のような存在だぜ。サニーもあんたも幸せだよ」
イサドラの目からふいに光るものが落ちた。カナンデラが腕を広げる。
「良いかい、おいらの秘密を打ち明けるけど、おいら、ゲイなんだ」
イサドラを柔らかくハグした。
驚くイサドラはしかしスターだった過去を思い出す。皆がハグを求めたガラシュリッヒ・シュロスのステージの女王時代を。
カナンデラは優しく離れた。
「おいら、あんたのやった殺人は許せないけどな、他の点は尊敬するよ。自分で復讐さえしなければ、あんたは最高の人間だったんだ。世の中は酷い処だ。あんたは被害者のひとりだ。だからと言って擁護する気はないけどな。イサドラ、復讐の続きは止めると言ってほしい。頼むよ。サニー問題が片付いたら自首してくれ。これ以上、あんたに殺人を重ねてほしくないんだ」
「カナンデラ・ザカリー探偵事務所のお仕事が減るんじゃなくて。ふふ、探偵さん。復讐は暫くお休みよ。続きはどうするか、考えておくわ」
ゴホンゴホンとわざとらしい咳をして、ラナンタータが注意を引く。
「悪いけど、ぜえぇぇんぶ聞かせてもらった。ね、ラルポア。こんなことなら相談してくれたら良かったのに。そしたら自らあなたを訪ねて進んで人質に……」
「駄目だよ、ラナンタータ」
すかさずラルポアがダメ出しをする。
「まあ、いろいろ手はあったさ。な、ラナンタータ」
「駄目だ」
カナンデラが取り成す言葉を後ろに投げて、ラルポアが言う。
「マム・イサドラ。僕は、あなたがすがるべき相手は神だと思う。人間は、全てのことを行って最終的には神に祈るべきだ。神を捨ててはいけない」
「神が私を見捨てたのよ」
ラナンタータが割り込む。
「違うよ、イサドラ。あなたは殺人鬼かもしれないけど、ラルポアだって負けてないよ。女殺しだからね」
「ちょ、何の関係が……」
「……大丈夫よ、ラナンタータ……あなたの大事な人を取ったりしないから」
「「「は、何でそうなる……」」」
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