毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第6章 殺人鬼と逃避行

(11)傷心

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痩せた少女の身体が胸に寄り添う。そのまま自然に自分の身体に乗せて反対側に下ろす。相手の身体をベッドの中央に来るように抱き寄せれば、背中から抱く形に収まる。

ラナンタータ……と寝言を言ったらしい。 

ジュエリアは一連の動きとラルポアの寝言に耳目を逆立てた。


「ラナンタータですって……ラルポア、私、ジュエリアよ。ラナンタータってどういう意味」


その時、ラルポアはまだ19才だったが、ショーファーに就いてから約一年ほど経っていた。


「意味って……何もないよ。心配しないでラナンタータ」

「ラルポア、あなた、ショーファーの分際であのお嬢様と寝たの。私のことは遊びだったの」

「遊び……誰……」


ラルポアの脳が覚醒したとき、ジュエリアは全裸のままベッドから出るところだった。反射的に腕を掴む。


「あんたがあのお嬢様を好きだってことはハナからわかっていたわ。世間に良くある叶わぬ恋だって。そんな片想いなんか私が忘れさせようと思っていたのに、最っ低。お嬢様に手を付けていながら浮気するなんて最低のクズよ。いいえ、わかってる。寝言で名前を呼ぶくらいだからラナンタータが本命で私とは遊びってことだけは本当よね。よおぉぉくわかったわ」


腕を振りほどいて全裸のまま仁王立ちになったジュエリアは一気に怒鳴って衣服を着始める。


「ジュエリア、勘違いだよ。ラナンタータがオムツしてた頃から僕たちは一緒に寝てる。兄妹のようにひとつのベッドで育ったんだ」

「嘘っ。私を抱き寄せながらラナンタータって言ったわ」

「だから、とっても小さい頃からだから、でも何も無いよ。こんな男女関係はない。兄妹同然だから、当たり前だけどね」


ラルポアはシーツを肩から被って立ち上がった。その手を広げてジュエリアを抱き竦める。


「こうなったのは遊びじゃない。君はとても素敵だよ、ジュエリア」


『火傷も最初のうちから水を当てるものよ』と別れたジョスリンの笑顔が浮かぶ。


これは火遊びなのだろうか……
確かにジュエリアの方から
言い寄ってきた。
女性とはそういう生き物だから
男はよほど早く決断しなきゃあならない。僕はいつも出遅れる。
相手に言われる前に僕から……

あ……しまった。
何故、次のことを考えた……

やっぱり最低のクズか……


「ラルポア……私たちお仕舞いね。私はあんたの寝言を許せない。あんたは今でもあのお嬢様と寝てるのね」

「いや……今は……」

「今は。今は、って言った。お嬢様の身体をあんな風に上手に寝返り打たせるなんて芸当を子供の頃から身に付けて、今でも夢に見るって訳ね。愛しのラナンタータお嬢様を」


ジュエリアは腕から離れた。


「言っておくけど、あのラナンタータお嬢様と私は友達にはなれないわ。ラルポア……騙して悪いけど、私はロイチャスの娘よ。あなたはマフィアの娘である私に手を出したのよ。覚えておきなさい。ただでは済まさないから」

「ジュエリア……マフィアの娘って……」


その時は本当に驚いた。
少し苦しくなったが
僕が苦境に立たされた時は
不思議なことに女性は優しくなる。


「そんな顔しないで、ラルポア……」


ほら、ジュエリアも同じだ。
抱き締めてキスすれば
問題は霧のごとくに
消えてしまうだろう。
やっぱり僕は最低かもしれない


「ラルポア……私はロイチャスの娘よ。あなたは警視総監に雇われている立場」


それはかなりの問題だ……
霧のごとく消える訳ではない


「息子のように可愛がってもらっているよ。母とふたり、お屋敷に住まわせてもらっている。君の言う通り、僕はしがないショーファーだ。警視総監には大恩がある」

「ラルポア、さよなら。アデュー。もう会わない。あなたはラナンタータ姫の騎士なのね。マフィアの娘は自ら身を引くわ」

「ジュエリア……」


キスすべきだろうか……
迷ったら、出来ない


そっと包んで離れる。


僕はジュエリアと
付き合い続けることはできない

好きとか一緒にいたいとか
僕はそんなことを凌ぐ
大問題を抱えている

ラナンタータ……
どうしているだろうか
アントローサ総監が非番だから
無事に過ごしているだろうな
僕は妹離れができない
軟弱な兄貴だ……

実の兄貴ではない……
そこが、問題なんだ


「ジュエリア、さよなら」

「さよなら、ラルポア」


綺麗な別れ。ジュエリアはラルポアと同い年の19才。この国では結婚適齢期。


「好い人と巡り合えることを願うよ」

「ふふ、あなたがラナンタータを捨てることができるようになればね」


それは……
ラナンタータは
ラナンタータ……

ラナンタータは
アルビノに生まれた瞬間から
綱渡りの綱に
乗せられたようなものだ

この世界は、裏から
ヴァルラケラピスに
牛耳られているかのように
悪意を潜め
姿を隠して狙ってくる

ラナンタータの渡る綱を
強く太く幅広いものにしなきゃ

そして僕はサーカスの
ブランコ乗りと同じように
空中から助けにいくよ

騎士……


『どうして実の兄ではないの』


ラナンタータに号泣された日は
僕も泣きたかった
ラナンタータは10才
ベッドを別けて2年経っていた


『大きなものを失った気がする。お兄ちゃんにはわからないよね』

ラナンタータは足元が崩れると言った。


僕はその翌日
童貞を失った
娼館の女の人たちに
呼び止められて……
優しくされて……

ラナンタータを失った気がした













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