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第6章 殺人鬼と逃避行
(17)メロメロ
しおりを挟むショアロナはキッチンでコリウールルージュを煮込んでいた。ムール貝はきちんと火を通しながらも煮すぎない。トマト以外の野菜を沢山加えるのがショアロナ風だ。
夕べのことは秘密だ。まだ誰にも言えない。館には古くからいる年輩の家政婦長と使用人が三人。
家政婦長期がキッチンに入って来た。ラナンタータとラルポアはまだ帰ってこない。
ショアロナは甘い記憶からふと現実に戻って時計に文句を言った。
「まあ、こんな時間。もうアペロもとっくに過ぎて旦那様もお帰りになると言うのに、あのふたりはまだなの……針が早く進みすぎではないの」
家政婦長が笑う。
「ほほ、ふたりだけで過ごされたいのでしょう。今ごろはメロメロですよ」
「メロメロって……」
まるで自分のことを言われたようにショアロナはどぎまぎして頬に手をやった。
「ええ。お嬢様は昔からお兄ちゃんお兄ちゃんって、ラルポアが他所にお泊まりすると機嫌が悪くて。ずっと、地下室に閉じ籠ってしまうこともあったから、いつかは結ばれると良いなと思っていましたよ、ふむ……」
家政婦長は溜め息とも吐息とも判別のつきにくい鼻息を漏らす。
「そ、そうだったのですか」
「そうですよ。あなたの立場では複雑なのかもしれないけれどね、ふむ……」
「だって、ラルポアは……お家柄とは釣り合いません。私、ラルポアにはそう言ってあります。お嬢様がお前を好きになっても決して嫁にはできない相手だと……」
「旦那様はラルポアを養子にとお考えでしたよ。ふむ……あなたの亡くなった旦那様、ミジェールさんの名前よりも、アントローサの名前を継ぐ方がラルポアにとっても」
「あの子はそんなこと……」
「考えていないから厄介なのです。ふむ。旦那様も手を拱いて、ラルポアに期待している分、失敗しないように大切に見守って来たんじゃありませんか。
子供の頃のことだけど、ラナンタータお嬢様のことを、アルビノだから滅多な処へは嫁に出せないと仰って、ラルポアの頭を撫でていたのが印象的です。お前が守ってくれと仰って、ふむ」
「ああ、そんなことが確かに」
「ラルポアが学校に行く年には、行く末が楽しみだと仰って、大学にも行かせると喜んでいましたから、本来ならばラルポアは大学に行って、とっくにお嬢様と婚約してアントローサ家の跡継ぎになっていましたよ」
「婚約……そんなことあの子は」
「良いじゃないですか。ラルポアも、とうとうお兄ちゃんのままではいられなかったようですから。ふふふ。ふたりで楽しく過ごしていると思えば、長年ヤキモキしていたことがすうっと消えるようです。本当にラルポアがデートに出掛けるときは、私も面白くありませんでしたよ、ふむ」
車の停まる音が聞こえた。
「あ、お帰りになったわ」
窓からアントローサ警部の姿を確認する。
「旦那様ですよ。花束を持って……ふむ」
家政婦長がショアロナを振り返り、走りよって髪に手をやった。
「バニラとオイルを少し」
家政婦中はバニラエッセンスとオリーブオイルを手にとって混ぜ合わせ、急いでショアロナの頭を撫でた。
「とっても綺麗ですよ」
「何故……」
「だって、旦那様が花束を持って帰って来たのですよ。決まっているじゃないですか。ふふふ。しらばっくれないで。私の目はごまかせませんよ。お迎えして来ますから、覚悟をお決めなさい」
家政婦長はエプロンの端で手を拭きながらキッチンを出て行く。その後ろ姿は鉄棒でも差し込まれているようにすっと伸びて矍鑠としている。
その後ろ姿を見送って
「どうしよう、どんな顔をすれば良いのかわからないわ。顔を合わせられない」
と呟いて、ショアロナは胸がときめくのと足が連動しているかのようにぐるぐる歩き回った。駒のようにスカートが広がる。
「お帰りなさいませ」
「ああ、美味しそうな匂いがする」
「コリウールルージュですよ。旦那様の好物の」
ショアロナは堪らずに廊下に出た。花束を持ったアントローサは大股で廊下の半分まで来ている。ショアロナは真っ赤になった。
「ショアロナ。私と結婚してくれるかい」
接近する前に大きな声で言ってから数歩急ぎ、アントローサは片膝を床に着けて花束を差し出した。
ショアロナは口元を押さえ、それから頬を押さえ、再び口許を押さえてやっと花束を受け取り、アントローサとハグしてキスした。
家政婦長が遠くで小さく拍手する。
ショアロナは耳まで赤い。
「私達が結婚したらあの子達は」
「同時に届けを出せば良い。帰って来たか」
「いいえ、まだ……」
「若い者達は周りを気にしないからな。ふたりの世界に浸っているのだろう」
家政婦長が後ろ向きになって笑った。
おふたりとも浸っておいでですから
私はフェイドアウトしましょうかね
お邪魔にならないように……
ショアロナの性質は
折り紙つきですから
例え貴族の馬の骨であろうが
他の女性に入り込まれるよりも
喜んでお仕えしますとも
だってもう貴族女性に
拘る時代ではありませんもの
第一
旦那様は貴族社会など
ポイ捨てにしたではありませんか
あれはお嬢様の為だけではなく
ショアロナと同じ
平民の立場に立たれたのですよね
おめでとうございます
ダブル婚ですね
結婚式は任せてください
一生の記念になるような
素晴らしい結婚式に致しましょう
ああ、胸が打ち震える
花園にいる気分です
ふわふわします
踊りたい気分……
腕が伸びる
足が軽くなる
おほほ……
あ、あら……
おふたりがこっちを見ている……
「あ、ほほほ……何だか熱気に当てられまして……ほほほ」
カナンデラがあくびして涙目になった。
シャンタンはどうしてるかな……
夕べ拐われてから二度目の夜だ
まさかドイツに向かっているとは
おいらもビックリだが
シャンタン寂しがっているだろうな
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