毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第7章 投獄されたお姫様 

(3)ラルポアの自由意思

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「反故にするのはやぶさかではない。ベルサイユ条約を飲んだのが間違いなのだ」


リヒターが冷たい顔で、周りに聞こえよがしに大きな声を出した。


「だいたい賠償金が千三百二十億の金マルクだと。クソッ。お上が起こした戦争で国民まで疲弊する仕掛けだ。山羊や羊、牛まで物納を強制されているんだぞ。国民はどうやって生活するのだ。このままでは我が国は潰される」


他のテーブルの客が耳をそばだてる。早くも頷く者がいた。リヒターの演説は続く。


「ワイマール共和国と絶賛されるドイツの民主化は、どの国よりも早く確かに、この国に自由思想をもたらしたはずだ。だが、貧富の差を解消するものとはなっていない。戦争賠償金が桁違いだからだ。見てみろ、国民はみな、特に低所得者は捨てられているじゃないか。これが民主主義と言えるか。我々ナチスはハーケンクロイツの旗の元に、ベルサイユ条約の反故を求める。理想に燃えて、この世界の不条理に立ち向かうべく集まった有志たちだ。会員は皆、憂国の士だ」


後にナチスの行う残虐行為をこの時点で知ることができたなら、賢いリヒター・ツアイスは決してナチスを正当化しないはずだ。だが、悲しいことに、リヒター・ツアイスに予知能力はない。

時は1927年。ドイツ国民はベルサイユ条約(パリ講和条約)の重荷に喘いでいた。

いずれはホロコーストを行う残虐な政治結社としてドイツを席巻するナチスも、この時点ではまだ野党の一党でしかない。

ワイマールの栄光からこぼれ落ち、与党に不満を抱く国民の心情を糧として、ナチスは巨大化し、歪んでゆく。



与党の情けなさを正せるのはナチスしかないと心酔していた。


「我々ドイツ国民からは軍艦や航空機が取り上げられ、新たに造ることは禁止され、
軍備縮小された。周りは獣のように低レベルの国ばかりだが、我々は先の戦争に負けたのだから仕方ない。しかし、ドイツ国民は新たな国家を目指し、新たな希望を抱いて平和な社会を作るのだ」


拍手が起きた。
リヒター・ツアイスは立ち上がって慇懃なお辞儀をする。


リヒターが着席すると、ルパンが口を開いた。


「宇宙船開発までは禁止されていない」
 

リヒターは声を潜めた。


「そうだ。フランスは戦勝国気分に酔って、そこまで規制する頭脳はなかったようだ。想像力の欠如だな。我々の研究は先勝国の100年先を行っているのだから無理もない。ふふふ……
二度目の世界対戦が起きれば、必ず我々が勝利する。英米仏の手の届かない宇宙から彼らを攻撃する人為的ハルマゲドンが始まるのだからな。その為に我々の研究があるのだ。可能性のある物質が明らかになった。もう少しだ」


龍花が笑う。


「やーぱり軍事目的に利用するのか。あなたたち良いのか、中華人に聞かれても」


リヒターが龍花の頬にキスした。


「私は君を信頼しているよ、龍花。愛している。君の国と別れなければならなかったのは我が国にとっては非常な痛手だ」


ベルサイユ条約で、中国山東省の権益はドイツから日本に引き渡されることになった。

それに反対して1919年、中国では反対運動が起き反日感情が渦巻いた。


「八年前、私はまだ可愛い少女だったヨ。幼子の嫁だったけどネ。リヒターが救い出してくれなければ、今の立場はない」

「確か、あなたは中華貴族のご令嬢だと伺いましたが」

「ゲルトルデ……あなたと同じヨ。養女なの。この世は巧く人を惑わすヨ」

「まさしく。それを知れば私もあなたを理解しやすい。それで、話を戻すが、軍事転用できると知れば、英米仏が黙っていないだろう」

「ゲルトルデ、そのことだ。研究所は名称を変えて地下に潜ることになる。それで、君はお父上にこの情報を効果的に伝えるんだ」

「義父の力が必要なのか。それなら一体どっちなんだ。軍事なのか純粋に科学としてなのか。必ずそれを聞かれるぞ」

「ゲルトルデ、宇宙船開発はいずれ必ず軍事利用される。が、それはヒットラー党首の指揮の元で行われなければならない。ヒトラー党首がドイツ首相になるまでは、今の体制側に渡さないようにする必要があるのだ。だから、矢面に立たせるな」

「リヒター。私の義父を巻き込んでどうする」

「君のお父上は政財界に多大な影響力を持っている。ユダヤ人移民のコネクションが、世界を動かすのだ。ヒトラー党首もいずれこの国の総統となって、この国はナチス・ドイツとなり、周辺国家の統一を果たす。そうなれば、ゲルマン帝国として世界平和を実現できるのだ。お父上にも損はないだろう」

「ナチス・ドイツ……ゲルマン帝国。ユダヤ人移民を守ってくれるのか」


ゲルトルデ・シュテーデルの義父アーノルド・シュテーデル卿は、ユダヤ人移民の子としてドイツに流れ、ドイツ人貴族の養子になり、ドイツで社会貢献を果たし、ドイツ共産党を強く支援している大富豪だ。

当時、共産党とナチスは反目しあっていた。

つまり、ナチス心酔リヒターとしては、大富豪のシュテーデル卿をナチスに取り込むことが、共産党を弱体化させる平和的手段であり、世界平和を目指すナチスにとって最も良い選択だと思えた。






ラナンタータとゲルトルデ・シュテーデル少佐。

このふたりは偶然にもアルビノ同士だったが、ラナンタータがイサドラに与えられた三日の猶予期間中に、深く関わることになる。


龍花のテーブルで、宇宙船開発をいずれ軍事転用して一部地域に人為的ハルマゲドンを起こすという物騒な話をしていた頃、ラナンタータは答えに窮していた。


「だから……あのリヒターさんもルパンさんも素敵な感じの人たちだなぁと思ったら、思わず、ラルポアを婚約者だと言ってしまったんだってば。私は婚約者がいることにしたいのだもの」

「ラナンタータ、問題が違う。俺様は皇帝アントローサにラルポアの女関係を潰せとまで言われた。全て、お前の為だ」

「そんなこと望んでない。女関係を潰すなんて、ラルポアの意志はどうなるの。横暴だよ。ね、ラルポア」


ラナンタータは、ラルポアの自由意志を尊重したい。


「え……待って、ラナンタータ。どっちなの。君は対外的に婚約者が必要だと感じた。それは……僕でなくても良いの」


「「……」」


「僕は、確か、えっと、誰だったか、付き合っている女性がいるはずなんだけど……」


「「サイテー……」」




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