毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第7章 投獄されたお姫様 

(7)ツェッペリン伯爵に捧げる

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ローラン・タワンセブはベルリン市内の外れに来ていた。此処からイサドラがチャーターした小型飛行船の乗り場が近い。

第一次世界対戦の後に、ベルサイユ条約に則って軍縮が行われ、飛行船の製造まで規制されたのは、飛行船を軍事利用されたくないとの戦勝国の明確な意図があったからだ。


「無駄なことだ。我々は既に宇宙を目指している。ただ、電子頭脳をコンパクトにするために半導体が必要なのだ。今の電子頭脳を搭載するとしたら巨大な宇宙船しか作れず、作動に時間がかかる」


リヒターは所長室のソファーにローランとルパンを招いて、自ら珈琲を入れた。ルパンが口を開く。


「所長、クロイツ・ツェッペリン号と名付けるのですか」

答えてリヒターは
「そうだな。その名前が一番相応しい。但し、今は亡きツェッペリン伯爵は軍事利用を許さないだろうが」
と笑った。


1918年にこの世を去ったツェッペリン伯爵は、科学者であり軍人でもあったが、この秘密の宇宙船事業には関わっていない。

それでも、その名を冠した車や飛行船が世界を巡るツェッペリン伯爵は、ドイツの誇りであり、リヒター・ツアイスでなくとも最高の作品にツェッペリン伯爵のネームバリューを戴きたいと思うものらしい。秘密の宇宙船研究所には至る所にハーケンクロイツの紋章が掲げられていたが、ヒトラーの名前は出てこない。


「それで、タワンセブのお坊っちゃんに、いえ、タワンセブ次期総裁のローラン様に、私どもの研究の資金援助をお願い致したいのです」

言いながらリヒターは珈琲カップをテーブルに置いた。

「既に見せてもらったあの物にですか。あんな巨大な物が頭脳とは驚きました。確かにあれを搭載するとなるとドイツの領土の1/3は宇宙船建造の為に焼き払わなければならなくなるかもしれませんね」


リヒターの頬に緊張が走る。焼き払うという言葉は敗戦国民にはタブーだ。


「半物資が見つかれば動力は要らないのですが……理論上は。コンピューターがどんなに巨大でも問題ではありません」

「いえ、つまらないことを言ってしまい申し訳ありません。ですが、此方としてはいずれタワンセブの利益に繋がるのであれば、融資に依存はありません。条件次第ですけれど」

「条件……」

「融資金には利息が伴います。年率25%。いずれは事業団が立ち上がるのでしょう。株式にするのであればその株の買い占めを優先的に行わせてもらいたいと思います。
それと、あの電子頭脳とチェスをやらせてくれませんか。僕は世界二位のゲーマーを打ち負かしたことがあるんです」


ローランはどや顔をして見せたが、二位を負かしても一位ではない。リヒターは仕方なしに笑顔を作る。


「ほう……それは素晴らしい。是非とも、此方の方からお願いします」

「やった。ふふ、かの珈琲は美味しいですね」

「ブルーマウンテンです。ドイツ国民は、珈琲禁止令が出るほど貨幣を流出させたこともある珈琲好きですが、私ほど拘りがある者はいません。
実は、黒い森の近くに珈琲に良く合う名水の小さな滝があるのですが、其処から汲んだ水を二日の不眠不休で運ばせているのですよ。
この珈琲の味は権力なくしては飲めない味です。それがあなたにおわかりいただけるとは、嬉しいことだ」


ナチス・ドイツが参加した第二次世界対戦でその小さな名水の滝が破壊されると知ったら、リヒターはどんな顔をするだろうか。この時、リヒターは順風満帆な人生航路を突き進んでおり、怜利な頭脳はその端にも暗雲の片鱗すら見いだされなかった。

満面の笑みが、ローランに向けられる。


「ルパン君、電子頭脳の作動準備に入ってくれるか」


リヒターはそう言って人払いした後にローランの傍に来て座った。ソファーの背もたれに片腕を回し、ローランの顔を覗き込む。


「ローラン君、君はその……綺麗な顔をしている」


ローランの脳裏にラルポアの顔が浮かぶ。本人が知ったら「そんな場面でか」と冷たい目を向けそうだが、ローランはラルポアとシャンタンがBL関係だと信じて疑わない。


僕は男とキスしたことはないが
するならラルポアさんとか 
シャンタン会長とか……


考えている間に唇を奪われた。濃厚接触バリバリにリヒターの舌が侵入してくる。


「うおわっ」


と身体が拒否するも、脳髄を電気が走り豆電球が点滅するが如くにシナプスが騒ぎ始めた。様々な回路が繋がり始める。ローランの手がリヒターの背中に回った。

一度リヒターの唇が離れた時、ローランは涙目になってため息を漏らした。


お、男と……と、ローランは禁断の味に呻く。


「ああ、ローラン……この唇は処女だったんだね。君は可愛い。今宵の口づけをツェッペリン伯爵に捧げよう」


顎を上げられたローランは素直に目を閉じた。

死人は知りようがないとは言え捧げられても迷惑なだけのキスが、ローラン・タワンセブを虜にする。



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