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第7章 投獄されたお姫様
(6)チュゥを探して
しおりを挟むラルポアは「ハストグズィーンあなたは見ましたか。鼻にかかる音はない」とカナンデラに言った。
「俺様、シャンタンがドイツ系とフランス系のクォーターだからドイツ語をこっそり勉強してみたのだが、全く役に立たん。鼻音ではないのが問題だ」
日本人は鼻音の方を問題にする。
ふたりで戻ったカフェに龍花の姿はなかった。
「ハストグズィーン……ハストグズィーン」
カナンデラとラルポアは目撃者を探して、ラナンタータの写真を見せて聞いて回る。
「お客様とご一緒されていた髪の毛の白いお嬢様は、ナチスの方々とお出になりましたよ」
親切なレストランスタッフが教えてくれる。正直、ラルポアもドイツ語は得意なわけではないが、白い少女という単語は理解できた。
「何処に行きましたか」
「さあ、でも化粧室を聞かれました。彼方です」
指さす方向に、ラナンタータの幻影を見る。黒紫のフードを被った後ろ姿が化粧室の通路を早足で歩く。ラルポアは急いで後を追った。
男性用化粧室だ。
ラルポアは迷わずドアを開けた。鏡に赤い文字が踊る。「中を探して」と口紅で書かれていた。
横たわる楕円形の真ん中に縦線が引かれている。
漢字のつもりか……龍花のことだ。
龍花と一緒にいるという
ラナンタータのメッセージだ。
龍花はドイツにも
店を持っているのかもしれない。
ロンホア・チャイナ……
電話があるはずだ。
「なんだこれは。悪魔ちゃんはこんな時にも悪戯か」
「ああ、行き先が分かった」
「これでわかるのか」
「ロンホア・チャイナだ」
「成る程。電話して交換手に住所を聞こう」
壁に取り付けられた固定電話の受話器のカップを耳に当て、通話マイクを持ち、電話交換手に相手の名前と住所を告げた。
片言のドイツ語がなんとなく通じて、ベルリン市内にあるというロンホア・チャイナに向かう。
カナンデラはタクシー料金にぶつくさ溢しながら「イスパノ・スイザのアルフォンソ十三世が懐かしいよ」と言った。
ラルポアがふっと微笑む。ラナンタータがいなくなって感じた焦りは、鏡のメッセージからロンホア・チャイナが浮かんだ時には消えて、タクシーを下りる頃には精神的余裕が生まれた。
「おや、大きな店構えだなぁ。立派なもんだ」
「入り口が小さいのは何か理由があるのかな」
甓屋根の下に提灯をぶら下げた朱色の壁は、如何にも中華民国のイメージだ。
「敗戦国だからな、ドイツは。用心しているのだろう。利口な女だぞ。男なら凄い処まで行くかもしれん。おいら惚れちゃうね」
「浮気心か。シャンタンが聞いたら命はないね」
「大丈夫。女には……」
興味がないと言いかけてとどまる。ラルポアは既にドアを開けてカナンデラが先に入るように立ち位置をずらせた。
「以外と近いね、シュテーデル少佐の家は」
立派な鉄製の唐草模様の門扉が門衛によって開かれた。門構えからして相当な金満家と見える。玄関までが長い。玄関前のポーチに噴水があった。
「美術館みたいネ。ラナンタータの家にも噴水はあるネ。この前、デートした時にラナンタータの家の前を通たヨ」
「デート……」
「デート。私の方から押し倒さないとダメな唐変木だから、次は楽しみネ」
「押し倒してどうするの、龍花さん。もしかしてセックスするの」
「おお、相棒。まだわからないのか。あの婚約者は君の純潔を守っているのだな。見かけは女みたいに軟弱そうだが、目付きは軍人同様クリアだった」
「軍……」
ラナンタータは、そういえば最近のラルポアは怖い顔をすると思った。
軍人か……
ラルポアは
何と戦っているのかな……
私はラルポアに
人類はセックスの産物だと言ったけど
実際は経験がない。
大人の恋人同士のキスの経験もない。
クリアってどういう意味……
目付きがクリア……
ラルポアが変わってしまうのは嫌だ。
マイバッハから降りた。
マイバッハ・ツェッペリンは1918年に死去したツェッペリン伯爵の車として、ベンツのダイムラー社にいたエンジニアのマイバッハが世に送り出したドイツの高級車だ。
外観は鼻が長く、四角いラインにサイドの前輪カバーから続くステップが後輪に流れ大きくカーブを描く。美しいフォルムだ。
ゲルトルデ・シュテーデル少佐が先に降りて、ラナンタータに手を差しのべる。一枚の絵が完成した。
レディみたいに扱ってくれるんだ
ラルポアは私のことを
子供みたいに担いで下ろす
急いでいるときは
私はアルフォンソ十三世を
自分で跨いで下りる
こんな風に大人の対応をされると
照れてしまう
いけない……
私の同窓はほとんど嫁に行っている
私も大人だ
親友のアンナベラも嫁に行った
私は大人……
『私は親の決めた相手とは結婚しないと宣言したの。母は泣いていたけど、私は本気だわ』と言った親友アンナベラは、カナンデラの従弟のパン職人のザカリー城主と電撃結婚した。
行き遅れた感じの否めないラナンタータだが、最近まで結婚や恋愛を意識したことはなかった。それなのに、今は猛烈にラルポアが恨めしい。
私は大人
しっかりしなきゃ
必ず突き止めてね、ラルポア
私のボディーガードなら……
必ず突き止めてね、カナンデラ
私の従兄
元警察官の探偵なら……
白いお城を思わせる階段を上る。
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