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第7章 投獄されたお姫様
(5)すれ違い
しおりを挟むカナンデラは走った。ラルポアの姿を捉えた時、人通りの途絶えた道端でラルポアは血相を変えて振り返った。
「消えた。ラナンタータが消えた」
ラルポアの息が白い。雪の降る真っ白な交差点には、ラルポアの追った馬車の轍を消す車輪の跡が無数に走り、雪の下の舗装道路が黒っぽい顔を覗かせる。
「待て。ラナンタータは何で移動していると思う」
「さっき角を曲がる馬車が見えた。あれ以外にラナンタータが消える理由はない」
「馬車か。わかった馬車を追う。お前、かれを持っていけ」
カナンデラは財布から札を数枚取り出した。カフェでもらったお釣りのドイツ紙幣だ。
「捜査費用だ。タクシーを拾え。俺は店の近くで目撃者を探す」
ラルポアは胸元に押し付けられた札を受け取ったが、顔は苦悩に支配されている。
「この雪だ。店の前に人通りはなかった。馬車の轍があった。新しい轍を追ったが、この通りだ。大通りで他の車に消された。タクシーを拾っても無駄だ」
カナンデラは舌打ちした。
「参ったな。しかし闇雲に走り回っても埒が明かないのはわかりきったことだ。お前はここら辺を備に回りたいのだろうが……」
「カナンデラ所長。ラナンタータが消える理由はただひとつ、ヴァルラケラピスだ。ラナンタータはヴァルラケラピスに拐われた可能性が高い。一刻も早く」
「落ち着け。此処はドイツだ。しかも、ラナンタータは自ら外に出たのだろう。何故だ」
「わからない。知り合いもいないドイツで、ヴァルラケラピスではないにしても、何処にでもアルビノを狙う輩はいる。早く見つけ出さなくては」
ラルポアは辺りを見回した。雪が勢いをます。「吹雪くな、これは……」とカナンデラがラルポアの腕を引いてビルの影に移動した。
「ラルポア、捜査の手始めは現場からだ。まず、現場での目撃者探しだが、俺はドイツ語ができない」
「アルビノのゲルトルデ・シュテーデル少佐に聞いてみるのはどうか」
「成る程。ヴァラルケラピスに相当する組織がいるか、心当たりはないか……龍花に通訳してもらおう」
「それに、店の中に目撃者がいるかもしれない。僕は聞き込みをしてみる」
その横を1台の高級車が追い越してゆく。ドイツが誇るメルセデス・ベンツと双肩を成すマイバッハ・ツェッペリンのオーダーメイドのカスタムカーだ。
ふたりともマイバッハ・ツェッペリンを一瞥したが、その窓はレースで覆われて、ラナンタータが乗っていることにラルポアとカナンデラは気づかない。
場面を少し前に戻すと、ローランの馬車で店に戻ったラナンタータは、カナンデラとラルポアが自分を探しに出ていったことを知って、困惑した。綺麗に片付けられたテーブル、勘定も済んだという。
「私たちこれから出るヨ。一緒に来るか、ラナンタータ。アルビノが独りでいるのは問題ネ」
ラナンタータは頷いた。二人はこの店に戻ってくるだろう。待っているべきだ。
しかし、今はラルポアの顔を冷静にみることはできそうもない。
そうだ
あれだ……
悪戯しちゃえ
そして龍花と一緒にゲルトルデ・シュテーデル少佐のマイバッハ・ツェッペリンに乗ったのだった。リヒター・ツアイスとルパンはローランの馬車で別方向に向かう。
「龍花さん、ドイツにもお店を持っているの」
「小さいけど人に任せるくらいの店を持っているネ。ラナンタータも働くか」
「面白そう」
「遠慮しておけ。今回は私が預かろう。私は軍人だ。アルビノを狙うおかしな連中がいることはいるが、アルビノでも軍人には手出しをしないらしい。私といる方が安全だ」
「有り難う、シュテーデル少佐」
「ゲルトルデで良い。ラナンタータは親戚みたいな気がする。自分以外のアルビノを見たのは初めてではないが、興味深い」
リムジンの中ではこんな会話がなされていた。
カナンデラの単細胞。
お勘定まで済ませて出るなんて
私の行き場がないじゃないか……
戻って来ないと思われたんだ……
ラルポアが私を放って
店を出るなんて
絶対にあり得ないと思っていた
待っていてくれると……
カナンデラが
何か言ったのかしら……
ううん、違う
あの単細胞は悪意はない
私を探しに出たんだ
私はちゃんと戻って来たのに
すれ違っちゃった
大丈夫
三日後にイサドラの
飛行船に辿り着けば大丈夫
ちゃんと帰国できる
ラルポアが傍にいないのに
何処かに移動するのは不安だけど
こんなこと初めてだ
しっかりしなきゃ
きっと会える
ラルポアとカナンデラに
絶対、会える……
ラルポアならきっとわかる
会えなかったらぶん殴ってやる
ふたりとも覚悟しておきなさい
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