毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第7章 投獄されたお姫様 

(13)オーデコロン4711

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「参ったな。ドイツ語が全然通じない」


  カナンデラは身ぶり手振りで冬物の肌着一式とドレスシャツを、自分とラルポアの二人分買った。戦勝国フランスフランで何でも買えた。ドイツは外貨を稼ぎたいのだ。

  ラルポアの為に「オーデコロン4711」を買う。オーデコロンは、フランス語で「ケルンの水」の意味だから、ドイツのケルンがオーデコロンの発祥の地だ。


「風呂を拒絶した美形男子に頭から浴びせてやる。楽しみだなぁ」


  カナンデラは急いでホテルを取り、烏の行水宜しくシャワーだけで着替えた。毎日きっちり一時間はバスタイムを楽しむお洒落男にしては珍しいこともある。




  アインシュタイン所長は小太りのぽっちゃりしたチャーミングな顔をしていた。ゲルトルデとラナンタータを交互に見て「生物の不思議ぃぃ」と微笑んで、二人を纏めてハグした。アルビノが二人揃うと確かに珍しい。

  アインシュタインの周りには各国の要人が集って小難しい物理学の話をしていたから、アインシュタインは良い逃げ場ができたとばかり、両手に花を待つようにアルビノ二人を抱えて料理の長いテーブルに向かう。


「実は、さっきから食べたかったのさ。お腹が空いているんだ。ははは」

「頭を使うとお腹が空くものです」

「え、そうなの。私は脳ミソ使わないけどお腹は空くよ」

「ははは、ちゃんと生きている証拠だ」


  ラナンタータに近づく若い将校に、ゲルトルデが何かを言った。将校は残念そうな目でラナンタータを見て立ち去る。ダンスの申し込みをゲルトルデが断ったのだ。

  またひとり、若い金満家と見える男が近づく。ドイツ語ならバレずに済むところだが、フランス語でもゲルトルデはさっきと同じように断った。


「この娘は少しおつむが弱いんだ。貧しい家庭の出だからダンスもろくにできずに脚を踏みまくるのだよ」

「え……ゲルトルデ、酷いっ。そりゃあ、天才アインシュタイン所長さんに比べたら猿の脳ミソかもしれないけどさ」

「ははは、アホだと言って断ったのがバレたか」

「私の悪評が異世界にまで広まる。マジで止めて。もっと高級な嘘をついて」


  アントローサと同じく、ウソに高級性を求める辺り、やはり親子だ。


「例えば、月からきた幻だとか、ヒトラーの親戚だとか……」

「ラナンタータ嬢、ヒトラーの親戚になりたいのか。大きな声では言えないが、明日金持ちになるかもしれない貧乏人の方がまだマシだぞ」


  アインシュタインは小声になった。


「あ奴はおつむが空っぽだ」

「あはははは、本当ならヤバい」


  ゲルトルデが真面目な顔をする。


「本当だ。恐ろしい予感がする。私の父親はシュテーデル家の入り婿だがユダヤ人だ。このベンヤミン家の当主と同じだ。ナチスはユダヤ人を性的マイノリティと同じく好ましくはみていない」

「このパーティーは何の為なの」

「これはカイザー・ヴィルヘルム研究所の研究成果を祝うパーティーだ。次世代の生活を支える新エネルギー開発の一端だよ」

「エネルギー……軍事利用とか……」

「ラナンタータ嬢は勘が鋭いね。ヒトラーに研究を奪われたら軍事利用は間違いない。私はここで仲間を探したいのだが、皆、フランスに負けて頭がおかしくなったらしい。ナチスはアメーバみたいに増殖する恐ろしい集団だ。ラナンタータ嬢も早くドイツを出た方が良い。まずはこの料理を食べてからだけどね」


  ラナンタータはドイツ料理に舌鼓を打ちながらアインシュタインの話を聞いた。特に、初めて食べる馬肉は口の中で蕩ける柔らかさで、口紅が落ちるほど食べた。イスラエル人は馬肉を食べないから、フランスやチェコスロバキア共和国からの訪問客に忖度しての料理らしい。


「アインシュタイン所長さんはドイツを出ないの」

「ふふ、ははは、全くだ。私こそドイツを脱出せねばならないな。ははは。これはやられた」


  この時の会話のせいかどうかわからないが、アインシュタインはやがてドイツを出ることになる。


「あの、もうひとつ質問しても良いですか。どうしてカイザー・ヴィルヘルム研究所のパーティーを民間人の館で……ここのご主人がユダヤ人なら、何故ホールにキリスト教の絵画が……」

「只の民間人ではない。ドイツの経済界に大きな影響力を持っている。ホールの雰囲気は、改宗したことを大々的に示したいのさ。私の父も同じだ。ユダヤ人だがキリスト教徒だ。はっはっは、昔ならサンヘドリンに殺される」

「まさか」

「冗談だよ。但し、ユダヤ人の神を裏切ってはならない。だからキリスト教徒っていうのは隠れ蓑みたいなものさ。そのくらい、今のドイツでユダヤ人が生きていくのは……おっと、ラナンタータ嬢には何でも喋ってしまいそうだ」

「うん。おつむが弱いからね、何を聞いても大丈夫だもん」

「ははは、根に持つ性分らしいな」


  ラナンタータは馬肉にかぶり付き、アインシュタインとゲルトルデは宇宙船開発の話を始めた。ドイツ語を全くわからないふりをして聞き耳をたてる。


驚いた……
宇宙船の話をしている
電子頭脳って何……
チャペックのロボットの
脳ミソのことかな……


* カレル・チャペック
ロボットという言葉を最初に小説発表したチェコの作家でナチスを批判していた。(Wikipedia調べ)


本当に作っているんだ電子頭脳……
それを小型化できれば
宇宙船が完成するのか
本当に本当の話なのか
それとも天才たちの夢の話なのか
私のおつむの問題かな
カナンデラのことを
馬鹿にはできないな



  そのカナンデラは「ケルンの水4711」をちょっぴり手首に付けた。
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