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第7章 投獄されたお姫様
(12)姫の行方
しおりを挟むアントローサは驚きを隠せなかった。ラナンタータから電話があり、それが国際電話だったと言うのだ。
「直ぐに切れてしまったのですよ」
古参の家政婦長がこぼす。アントローサが子供の頃から家族ぐるみで仕えているこの家政婦長、先祖は異世界のフランス貴族の流れを汲む。
幾星霜を経て執事の死後は代理を担うようになり、アントローサ家の周辺の不動産管理も任されている為に、日中はいないことも多い。電話を取ったのは奇跡みたいなものだ。
「お姫様ったら、親元から離れてみたいのであれば、良い物件もありますのに」
ため息をつく。
「それでドイツでは何をしていると」
「それが、軍人さんのお屋敷でお世話になっていると……あの、こちらでございます」
メモにはゲルトルデ・シュテーデルの名前と電話番号が記されている。
「今夜はパーティーだそうですよ。お姫様はドレスも借り物で、お出かけになるそうです。早口で捲し立てるものですから、こちらからは何も聞き返せませんでした」
普段はお嬢様と言う処を、たまにお姫様と言ってしまう古臭さ。大切に思っているからこそだと周りに理解させる頑迷さがある。
「ラルポアも替わってくれれば良いものを……あら、つい愚痴ってしまいました。年ですかね」
家政婦長にとってはラルポアは孫も同然だ。いろいろ言いたいこともあるのだろう。
「ははは、居場所さえわかれば心配はない。ラルポアが一緒なら、世界一周でもさせてやりたいものだ」
「そんな……旦那様は甘いのでございますよ。ラルポアは騎士としてはまだまだ未熟者です」
古くからいるせいか、爵位返上する前の時代感覚が抜けない。アントローサは苦笑いした。
ラルポアがラナンタータを
射止めたことを知ったら
腰を抜かすほど驚いて
反対するかもしれない
何せ、年代物の
階級制度バリバリ
国宝級堅物だからな
アントローサは笑いを堪えた。
異世界の第一次世界大戦後、勝戦国フランスは狂乱の時代を迎え、敗戦国ドイツは恐慌に陥っている。
それでも、若い二人が自由に飛び回れる時代の風を感じて、アントローサは胸の開ける思いに浸る。
今の若い者の行動力は
異世界までも易々と跨ぐのか
何の相談もなく動く
ラナンタータの我が儘だな
妻の我が儘に引き摺られるようでは
良い夫にはなれないぞ、ラルポア
ショーファーの立場から脱却して
良い夫を目指せ
じゃじゃ馬の手綱を任せられるのは
お前しかいない
そのラルポアはショックを隠せない。ラナンタータが既に出掛けた後のシュテーデル邸の玄関口で、フットマンに尋ねた。
「パーティー会場は何処ですか」
返事を聞いて、待たせていた馬車に再び乗り込む。
「頭っから龍花と一緒に出掛けると思い込んでいた。しまったな。しかし、ラナンタータが無事だと分かって、しかも、ゲルトルデに悪意はないらしいと分かった以上は、我々もパーティーに相応しい格好をしなければ」
ラルポアの耳が尖る。
「どうするつもり」
「ショッピングだな、先ずは」
「そんな時間はない」
「門前払いを喰らわされるぞ」
「門前でラナンタータに取り次いもらうだけだ。念のため、カナンはパーティー会場に入れるように準備してくれたら有り難い。僕はそのままでも」
「おお、俺様も悪魔ちゃんとは従兄妹だからな。何としても連れ帰らなければ皇帝アントローサに殺される」
「僕も八つ裂きだ」
二人して顔を見合わせて笑う。余裕が生まれていた。
パーティー会場は旧ベニヤミン邸。ドイツ語ではベンヤミンと発音するユダヤ人の大邸宅だ。
第二次世界対戦で多くの文化遺産と共に爆撃され消滅することになるこの大邸宅は、多くのシャンデリアで煌々と真昼のように明るく、高い丸天井には教会にあるような宗教絵画が描かれて、聖堂のような見事なステンドグラスがぐるりと囲む。教会と異なるのは祭壇と信者の席が無いことだ。
「ラナンタータ、会場ではダンスを申し込まれても応じないで。離れちゃ駄目だよ」
「うん、気を付ける」
ヴァルラケラピスは何処にいるかわからない。ヒエラルキーの高いカニバリズム信者とヒエラルキーの低いお金目的の人拐いが結託して、ラナンタータを狙ってくる。
同じアルビノのゲルトルデにはそれがよくわかる。
「私は軍人だからな。ヴァルラケラピスがドイツ将校を食ったとなると奴らは叩き潰されるだろう。それを恐れているのだ」
ゲルトルデの妹さんが
身代わりになったのは
ゲルトルデが軍隊に入る前なんだ
憎いヴァルラケラピス
流れる美しいフォルムのマイバッハ・ツェッペリンが、滑るようにベンヤミン邸の大きな階段前に停まる。
美しく装ったゲルトルデが降りた。雪は止んでいる。雪の女王に扮した高貴な香りが雪を制したかのような神々しさだ。
ゲルトルデはラナンタータの手を取った。車から降りたラナンタータに、フットマンが息を止めた。愛らしく装ったラナンタータには、普段の毒舌を知る者ですら傅きたくなるほどの幻想的な魅惑が溢れている。
アルビノが二人ならぶとそれだけでもファンタジーの世界だ。
この世の者とは思えない……まさか妖精が来たのか、とフットマンの脳髄はシロップ漬けになる。
ゴージャスに装ったアルビノが二人揃って会場入りした途端に、どよめきが起きた。
「ゲルトルデ、待っていたよ。お嬢様も。なんて美しいんだ」
リヒター・ツアイスが両手を広げてハグする。
「リヒター、猿芝居は良いから、早速、引き合わせて。ドイツ物理学会の会長さんに」
「今はカイザー・ヴィルヘルム研究所のアインシュタイン所長だ」
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