上 下
134 / 165
第7章 投獄されたお姫様 

(11)パーティーへ

しおりを挟む

  ルパンは、研究室の奥深い場所でじっと佇んでいた。

誰かもう一人必要だ。
あの研究を此のまま続けさせたら
先の大戦よりももっと激しい戦火が
地球のあらゆる場所を焼き尽くす。
この極秘の科学研究は
カイザー・ヴィルヘルム研究所の
核分裂研究を軍事利用する為のものだ。
核爆弾を搭載した宇宙船の開発。
其の宇宙船で
宇宙から世界の主要都市を
壊滅させると言う。

今夜のパーティーの後
研究所にパーティー参加者を招く。
その時がチャンスかもしれない。
リヒター・ツアイス所長が
得意がってぞろぞろと
あっちこっち見学させている間に
研究資料を運び出す。
それが無理なら爆破しかない。

二度とチャンスはない。
他のスパイはみんな
リヒターに殺されて
助けになる者はひとりもいない。
それでも何とかせねば……

ルパンの腕の見せ所だ。
悲惨な戦争を二度と起こさない為に……

ラルポア・ミジェール。
君のお父上が生きておられたら……
フランス伝説のスパイ
ミジェール少佐。

あのラナンタータというアルビノの娘は
ゲルトルデの屋敷に行ったはずだ。
今夜のパーティーに
参加するかもしれない。
もしも……そこに……

  ラルポアの顔が浮かぶ。


  その時、ラルポアは馬車のなかでカナンデラの愚痴を聞いていた。

「ラルポア、風呂に入りたいな。服も替えたい。お前の服も買ってやるよ」

  カナンデラはボルドーのカシミヤで首をぐるぐる巻いた。

「要らない。ラナンタータが先だ」

  御者の手綱さばきはスムーズに曲がり角を曲がった。

「だな。先ずはラナンタータを回収して、其れから買い物。ホテルで風呂に入ってからディナー。俺様はダンディー探偵だからな、ふっ」

  ファッション雑誌のモデルのようにポーズを決めるカナンデラに、ラルポアは思わず苦笑が漏れる。

「はは……そうだった」

「ラナンタータ、腹を空かせているだろうな」

「はぐれて不安がっていても顔には出さない」

「そうだ。強がりラナンタータ姫を救出せねば我々もディナーを食いっぱぐれる」



  ラナンタータの髪はゲルトルデが巧く結ってクリスタルの花と屑ダイヤの散りばめられた飾りを挿した。首回りに小さなダイヤの幾つも揺れるプラチナのチョーカー。白いシフォンのドレスに散った銀色の細やかな雪の結晶の刺繍とマッチして、ラナンタータは雪の妖精が舞い降りたようなファンタスティックな妖精に変身していた。手首の銀鎖にも幾つものダイヤがシャラシャラと音をたてるように煌めく。

「ふふ、素敵だよ、ラナンタータ姫」

  ゲルトルデはラナンタータの肩にふわふわの白いミンクのマントを掛ける。

「ゲルトルデも素敵。まるで雪の女王みたいな雰囲気」

  ゲルトルデは軍服の時とは別人レベル。

  ラナンタータは密かにカナンデラのトランクいっぱいの札束に思いを馳せた。

ふふふ
カナンデラを騙しすかし持ち上げて
ラルポアとお揃いのピアスを
買ってもらうんだ。
給料の代わりに、ピアス。
あ、指輪と腕時計もほしいな。
お揃いで。
楽しいことを考えたら気分も軽くなった。

ラルポアがあのカフェに戻ったら
きっと男子トイレの鏡を覗く。
ラルポアが私を大切に思っていたら
忘れるわけない。
暗号も簡単だし
龍花さんのお店で
パーティーの情報を得たら
きっとパーティー会場に来てくれる。


  そのラルポアとカナンデラの乗った馬車が今まさにシュテーデル邸への直線道路に出た瞬間、ラナンタータはゲルトルデに手を取られて黒いマイバッハ・ツェッペリンに乗り込んだ。

  車はスムーズにポーチの噴水を巡り、護衛の開いた門を出て伸びやかに走りだし、シュテーデル邸へ向かうカナンデラの馬車とすれ違う。

  マイバッハ・ツェッペリンにはゴージャスに着飾ったラナンタータとゲルトルデがゴージャスな毛皮にくるまって乗っており、馬車には三日も風呂に入っていないラルポアとカナンデラがもはや身体の一部になりつつある服とコートで乗っている。

  カナンデラがホルダーからスミス&ウエッソンのリボルバーを取り出した。無言でラルポアに手渡す。

「うん、何かの時の為に借りておく」

  
  ゲルトルデがラナンタータの手を取った。

「ラナンタータ。リヒター・ツアイスの研究所にも一緒に行こう。今夜は特別に見学できるんだ」



しおりを挟む

処理中です...