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第7章 投獄されたお姫様
(10)アルビノふたり
しおりを挟む既にパーティー用の衣装に着替えたゲルトルデは、ソファーで待っていた。
頭を高く結ってティアラを載せると、軍服の時とはイメージががらりと変わるものだ。衣装は、冷たい光沢の白い絹と薄いオーガンジーの組み合わせ。大きなオパールと真珠の三連ネックレス。同じデザインのイヤリングと腕輪。指輪は真っ赤なルビーだ。ラナンタータに微笑む。
「こっちにおいで」
「ゲルトルデ、有り難う。此のドレスとっても可愛い。こんなのも着たりするんだね」
「うん、可愛い。とってもよく似合う」
ゲルトルデがソファーに座ったラナンタータの傍にすり寄る。背中に腕が回り、ラルポアのようにラナンタータの身体を抱き締めた。
「このドレスは妹の形見だ。血の繋がらない妹がいた。可愛い子だったが、私の身代わりになって死んだ」
「みっ……しっ……」
ラナンタータは息を飲んだ。
身代わり……
身代わりに死ぬなんて
あってはならないことなのに
「ラナンタータ、ヴァルラケラピスを知っているね。私は幼い頃、狙われていた。東洋のある国の習慣に、身代わりの子供というのがある」
「身代わりの子供」
「実子の身に起きる全ての不幸を背負わせるために、ストリートチルドレンの飢え死に寸前の子供を引き取ったり、そのままでは死ぬしかないような極貧家庭から子供を買い取るのだ。その子を幸せに贅沢に暮らさせて、実子が負わなければならない罪荷等はその身代わりに負わせるという。実子が罪を犯せば身代わりに処罰を受け、身代わりに死ぬ運命。私の為に買い取られて死んだ身代わりがいるのだ」
ゲルトルデの腕が震える。
ラナンタータはゲルトルデの背中に手を回して抱き締めた。
「ゲルトルデ……」
ゲルトルデの顔が近づいてラナンタータの唇に口づけした。
「嘘だよ。ラナンタータ、騙されやすいね」
笑ってゲルトルデはそっぽを向いたが、ラナンタータの目は、ゲルトルデの頬に一筋の涙が零れたことを見逃さなかった。
嘘ではない。血の繋がらない妹が、ゲルトルデの身代わりとなって犠牲になったのだ。
ラナンタータの頭に疑問符が浮かぶ。
「ゲルトルデ、誰が妹さんを身代わりにしたの」
「自ら。あの子が自ら、私への愛を証明すると言って……」
「そんな……」
「元々、両親が身代わりだと刷り込んでいたらしい。いつも妹は身代わりになると嬉しそうに言っていた。貧しい暮らしから買い取られたと喜んで…… 」
腕のなかで喘ぐ顔がうわ言のように繰り返す『身代わりになるの……私、お姉様の身代わりに……』と言う甘い声。
ラナンタータは思わず叫んだ。
「ダメ。身代わりなんて、人が人の身代わりになるなんて酷すぎる。私は、私の身代わりなんて必要ない。私は自分で立ち向かう。私の身代わりを作る人なんて蹴り倒すわ。身代わりに死なれたら夜も眠れないもの」
言ってしまってから、はっとゲルトルデを見た。
「ゲルトルデ、苦しんだのね……」
「ラナンタータ、苦しまずに生きられるかい」
ゲルトルデの色素の薄い瞳にワイン色の煌めきが見えて、再びラナンタータを抱き締めた。
アルビノ同士の美しい姿が壁の姿見に映る。
「ゲルトルデ。私も他人の身代わりにはならないよ。でも、妹さんの身代わりが欲しいんでしょ」
ラナンタータを抱き締めたゲルトルデの口からため息が漏れた。プラチナの睫毛を悲しげに伏せる。
ベランダのガラス越しに、二つの人影が抱き合う二人を見ていた。
「新しい身代わりが来た。あの若いアルビノがゲルトルデを救ってくれる」
「ああ、愛するゲルトルデ……あなたの為ならどんな罪でも犯すわ」
「ラナンタータならパーティーに行くヨ。ゲルトルデの屋敷でシャワーを借りて、お洒落するネ。あの子可愛いから今頃は……」
龍花の息が白い。雪が舞うように龍花を飾る。
「今頃は……」
カナンデラとラルポアは美容院の前で顔を見合わせた。龍花がラナンタータと一緒でなかったことにがっかりしたが、パーティーと聞いて呆れた。
「今頃は可愛いく変身してるヨ」
「おお、それは早く見てみたいものだ。で、ゲルトルデ・シュテーデル少佐の屋敷ってどの辺り」
どんなに心配したと思っているのだと、カナンデラは心で舌打ちしながら大袈裟な素振りで皮肉な口調になった。
「あっち。この馬車に乗ってシュテーデル邸と言えば着くヨ。御者さん、この人たちを私が乗た屋敷まで連れて行って」
龍花は流暢なドイツ語で御者に話す。
「ドイツ語上手いな」
「そうネ、私、自慢できるのはドイツ語とフランス語とイタリア語と……」
「何ヵ国語出来るんだ」
「数えたことはない。私は疎開を梯子したから英語も出来る。子供の頃から世界の真ん中で育ったよ」
「凄い……素晴らしい」
ラルポアが真剣に誉めた。
「あまり素晴らしくないよ。さぁ、ラナンタータを捕まえに行きなさい。泣いているよ」
「「え」」
「ゲルトルデはヤバいよ。女が好きだ」
ラルポアの顔色が変わる。カナンデラは笑った。
「あははは、ないない。ラナンタータはラルポア大好きだからな」
「カナンデラ、急ごう」
雪はささめながら舞うように降り続いている。
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