毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第7章 投獄されたお姫様 

(15)核分裂的リヒターダンス 

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「ええ、お集まりの紳士淑女の皆様、ご来場深く感謝を申し述べます。私は、リンジャンゲルハルト物理学研究所所長のリヒター・ツアイスです。今宵は、カイザー・ヴィルヘルム研究所の部長で、客員としてリンジャンゲルハルト物理学研究所で核分裂という世紀の大発見を成し遂げた、オットー・ハーン博士をご紹介します。博士、此方に」

  リヒター・ツアイスに招かれて、すらりとした引き締まった顔のハーン博士が壇上に立った。

  宗教絵画のステンドグラスの美しいホールは、壁を背にソファーが置かれて、飲酒と会話を楽しむ社交の場を提供している。ラルポアは、時計回りにラナンタータを探して半周もしないうちに、女性ばかりがたむろする小部屋に気づいた。

  初めに、ジュエリア・ロイチャスがラルポアに気づく。ラルポアの顔色が変わった。

「あら、お珍しい。アフリカで珍獣に出会うとこんな気持ちになるのかしら。あれ以来ね、殿下」

  ラルポアがジュエリアに引っ掛かったとき、ホールを挟む真反対側の飲食を楽しめる小部屋からラナンタータが出てきた。リヒターがアインシュタイン所長がいないと始まらないと言って誘い出したのだ。

  リヒターはラナンタータの手を取って「ダンスは如何」と腰に腕を回した。ゲルトルデが「待って」と止めるのも聞かずステップを踏みだす。

  オットー・ハーンは整った相貌のすらりとした体型で、四十代後半には見えない。ローランの国にも親交があり、ローランの国の「貴族院廃止」の思想に痛く同意して、話が盛り上がった。

「貴族制度は廃止されたのに旧貴族の権力は強く、階級意識も根深く残っている。そもそも、貴族院という議政院があるのがおかしい」

  ハーンは先ほどから核分裂の話ばかりをせがまれて、経済人には「核分裂は金になるか」軍人には「核分裂は軍事利用できるか」としか聞かれない。そういった反応に辟易していたから、核分裂とは無関係の外国人青年ローランの若々しい話題を喜んだ。

  ローランは、異世界の次期ノーベル賞候補の学者と話ができることを光栄に思い、真横をリヒターとラナンタータがワルツを踊って通るのにも気づかない。



「ジュエリア・ロイチャス、どうして君が」

「話ならあちらで」

  ラルポアはジュエリアに腕を取られてベランダに出た。途中、ジュエリアはテーブルのトレイからシャンパングラスを二つ取って、ひとつをラルポアに手渡す。

「取り敢えず乾杯。奇遇ですものね、いつもいつも」

「人探しをしているんだ」

「あら、もしかしたら公爵令嬢を……ふふ、教えてあげるわよ」

  ジュエリアはグラスを飲みほすと、それをベランダの手摺の上に置いて、ラルポアの首に両腕を伸ばした。シルクレースのさらさらした肌触りがラルポアの耳を擦る。

  唇が迫り、ラルポアはその唇に合わせようと自然に腰を屈めたが、ふと顔をずらしてジュエリアを抱き締めた。

「ごめん。大切な人ができたんだ」

  ジュエリアの腕を離す。

「できたんじゃなくて、気づかないふりをしていただけでしょ。イ・モ・ウ・トを愛していることに……ははは。私の思った通りになるみたいだけど、邪魔できないのかしら」

「なんで」

「遊ばれたのが腹立たしいからよっ」

「悪かった。だが、僕は遊びのつもりじゃなかった」

「わかっているわ。ロイチャスの娘だと聞いてショックを受けていたのは。でも、私と本気ならショーファーを辞めたんじゃないの。ロイチャス組のドンになれたのよ。あの憎たらしい公爵令嬢のせいよね。ラナンタータのせい」

「ジュエリア、ラナンタータには罪はない。僕のせいだ」

「あははは、面白い。涙が出るわ。もう行って。彼女なら食欲の部屋よ。見掛けはあんなに可愛いのに全く色気のない娘だわ」

  ジュエリアが指差す方向には既にラナンタータの姿はない。ラナンタータはリヒターに拐われて邸宅の裏口に出ていた。リヒターの手下がラナンタータとリヒターのコートを持っていた。

  リヒターはラナンタータをアーノルド・シュテーデル卿に引き渡すつもりでいる。

  ゲルトルデの育ての親アーノルド・シュテーデル卿は共産党支持者で、ナチスとは反目している。そのシュテーデル卿を取り込むことができれば、ヒトラー政権が実現するのだ。リヒターの念願の強いドイツ、ナチス・ドイツ時代の幕開けに、どうしても反対勢力の陰の頭目シュテーデル卿の力がほしい。

「待って、ツアイス所長。何処に行くの」

「君の仲間の処だよ、マドモアゼル・アントローサ。心配させているのだろう。カナンデラ・ザカリーとラルポア・ミジェールを」




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