138 / 165
第7章 投獄されたお姫様
(15)核分裂的リヒターダンス
しおりを挟む「ええ、お集まりの紳士淑女の皆様、ご来場深く感謝を申し述べます。私は、リンジャンゲルハルト物理学研究所所長のリヒター・ツアイスです。今宵は、カイザー・ヴィルヘルム研究所の部長で、客員としてリンジャンゲルハルト物理学研究所で核分裂という世紀の大発見を成し遂げた、オットー・ハーン博士をご紹介します。博士、此方に」
リヒター・ツアイスに招かれて、すらりとした引き締まった顔のハーン博士が壇上に立った。
宗教絵画のステンドグラスの美しいホールは、壁を背にソファーが置かれて、飲酒と会話を楽しむ社交の場を提供している。ラルポアは、時計回りにラナンタータを探して半周もしないうちに、女性ばかりが屯する小部屋に気づいた。
初めに、ジュエリア・ロイチャスがラルポアに気づく。ラルポアの顔色が変わった。
「あら、お珍しい。アフリカで珍獣に出会うとこんな気持ちになるのかしら。あれ以来ね、殿下」
ラルポアがジュエリアに引っ掛かったとき、ホールを挟む真反対側の飲食を楽しめる小部屋からラナンタータが出てきた。リヒターがアインシュタイン所長がいないと始まらないと言って誘い出したのだ。
リヒターはラナンタータの手を取って「ダンスは如何」と腰に腕を回した。ゲルトルデが「待って」と止めるのも聞かずステップを踏みだす。
オットー・ハーンは整った相貌のすらりとした体型で、四十代後半には見えない。ローランの国にも親交があり、ローランの国の「貴族院廃止」の思想に痛く同意して、話が盛り上がった。
「貴族制度は廃止されたのに旧貴族の権力は強く、階級意識も根深く残っている。そもそも、貴族院という議政院があるのがおかしい」
ハーンは先ほどから核分裂の話ばかりをせがまれて、経済人には「核分裂は金になるか」軍人には「核分裂は軍事利用できるか」としか聞かれない。そういった反応に辟易していたから、核分裂とは無関係の外国人青年ローランの若々しい話題を喜んだ。
ローランは、異世界の次期ノーベル賞候補の学者と話ができることを光栄に思い、真横をリヒターとラナンタータがワルツを踊って通るのにも気づかない。
「ジュエリア・ロイチャス、どうして君が」
「話ならあちらで」
ラルポアはジュエリアに腕を取られてベランダに出た。途中、ジュエリアはテーブルのトレイからシャンパングラスを二つ取って、ひとつをラルポアに手渡す。
「取り敢えず乾杯。奇遇ですものね、いつもいつも」
「人探しをしているんだ」
「あら、もしかしたら公爵令嬢を……ふふ、教えてあげるわよ」
ジュエリアはグラスを飲みほすと、それをベランダの手摺の上に置いて、ラルポアの首に両腕を伸ばした。シルクレースのさらさらした肌触りがラルポアの耳を擦る。
唇が迫り、ラルポアはその唇に合わせようと自然に腰を屈めたが、ふと顔をずらしてジュエリアを抱き締めた。
「ごめん。大切な人ができたんだ」
ジュエリアの腕を離す。
「できたんじゃなくて、気づかないふりをしていただけでしょ。イ・モ・ウ・トを愛していることに……ははは。私の思った通りになるみたいだけど、邪魔できないのかしら」
「なんで」
「遊ばれたのが腹立たしいからよっ」
「悪かった。だが、僕は遊びのつもりじゃなかった」
「わかっているわ。ロイチャスの娘だと聞いてショックを受けていたのは。でも、私と本気ならショーファーを辞めたんじゃないの。ロイチャス組のドンになれたのよ。あの憎たらしい公爵令嬢のせいよね。ラナンタータのせい」
「ジュエリア、ラナンタータには罪はない。僕のせいだ」
「あははは、面白い。涙が出るわ。もう行って。彼女なら食欲の部屋よ。見掛けはあんなに可愛いのに全く色気のない娘だわ」
ジュエリアが指差す方向には既にラナンタータの姿はない。ラナンタータはリヒターに拐われて邸宅の裏口に出ていた。リヒターの手下がラナンタータとリヒターのコートを持っていた。
リヒターはラナンタータをアーノルド・シュテーデル卿に引き渡すつもりでいる。
ゲルトルデの育ての親アーノルド・シュテーデル卿は共産党支持者で、ナチスとは反目している。そのシュテーデル卿を取り込むことができれば、ヒトラー政権が実現するのだ。リヒターの念願の強いドイツ、ナチス・ドイツ時代の幕開けに、どうしても反対勢力の陰の頭目シュテーデル卿の力がほしい。
「待って、ツアイス所長。何処に行くの」
「君の仲間の処だよ、マドモアゼル・アントローサ。心配させているのだろう。カナンデラ・ザカリーとラルポア・ミジェールを」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる