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第7章 投獄されたお姫様
(20)全て愛娘の為に
しおりを挟むリヒターに、珈琲よりもラルポアに会いたいと言えなかったラナンタータは、軽い後悔を感じてゲルトルデの両親を見つめた。ラナンタータには珍しく品よく挨拶して、頬を痙攣らせて座る。
シュテーデル卿夫妻は、ラナンタータを愛しそうに眺めた。
「まるであの子が蘇ったようですわ」
夫人がシュテーデル卿に身体を寄せた。
「お前、それは言わない約束だよ」
やんわりと窘めるシュテーデル卿に、ラナンタータはゲルトルデの愛した義理の妹のことを聞いてみた。
「あの、あの子とはどなたのことですか」
シュテーデル卿は笑顔を歪めた。
「そうですね、お話ししましょう。私たちの娘、亡くなった娘イレーネです。お嬢様、あなたのようなアルビノでした。とても愛していました」
夫人が言葉を継ぐ。
「とても綺麗な娘でした。私たちは苦しみ、何年も泣き続けて、ある貧しい母親から、生まれたばかりのゲルトルデを引き取ったのです。イレーネの身代わりに愛して育てました。可愛かったわ。イレーネと同じアルビノで」
「妹さんのことではなかったのですか。身代わりの子供って」
夫人が怯えた。
「ゲルトルデから聞いたのですね。確かに、ゲルトルデには妹を与えました。二度と再び娘を奪われたくなかったからです」
シュテーデル卿は夫人の肩を抱いた。
「ヴァルラケラピスに狙われたら、幸せに暮らすのは困難だ。身代わりの子供を立てなければゲルトルデまで失ってしまう。私たちはできることを全てやってゲルトルデを守ろうとした。イレーネのように奪われたくなかった。全て愛娘の為だ」
シュテーデル卿は声を絞り出して、夫人に言い含める。
「身代わりの妹さんは、どうなったのですか」
「あの子は……自らヴァルラケラピスに身を捧げた。ゲルトルデには手を出さないと、神聖な誓いの儀式を受けたと……」
夫人は泣き崩れた。シュテーデル卿も涙を流す。
リヒターが、自慢の珈琲を運んできた。
「ラナンタータ、君は此方に」
リヒターに言われてラナンタータは大人しく頷いて立ち上がった。頭っからリヒターを信じ込んで、ラルポアとカナンデラに会えると期待している。
「シュテーデル卿、奥様、私もゲルトルデは大好きです。お友達になれて良かったです。またお会いしましょう。それまでこの衣装は暫くお借りします。お元気で」
その頃、ゲルトルデは研究室を片端から開けて回った。ルパンが驚いて「何事です」と訊く。
「ラナンタータを拉致された。お前、私の客を知らぬか」
廊下の両側にずらりと並ぶ硝子窓を背にして、ルパンは顎を掻く。
「リヒター所長だ。私はずっとこの研究所にいた。ラナンタータは見ていない。もし、探すとしたら……」
「何処だ」
ゲルトルデの圧し殺した声に殺気が滲む。身代わりの妹がいなくなった時と同じ不安が過る。
「開かずの間がある。幾つかあるが……ラルポア・ミジェール、君となら」
「ソドミーだったか、ルパン」
ゲルトルデは決して冗談を言うつもりはなかった。焦っている。
「違う。そうではない。良い提案かもしれんが残念ながら違う。ラルポア・ミジェール、君は通風口に入ってみるかい」
「ラナンタータを探す為なら」
「一刻の猶予もない。此処に来てくれ」
ルパンは二人を室内に招き入れた。何の研究をしているのか、こ難しそうな数式が書き込まれた紙が散らばっている。ルパンは腰の高さの通風口を示して、網戸を外しにかかった。
「通風口だ。今しがたボイラーを作動させたが、温風は30度を越える。上着を脱いで其処から入ろう」
ラルポアは躊躇することなくコートや上着を脱いで肌着姿になった。ルパンが通風口の網戸を開ける。
「三日間風呂に入っていない」
ラルポアがこぼす。
「大丈夫だ。私にはソドミーの趣味はない」
ルパンはウインクして床に手をつくと、通風口に身体を消した。ラルポアも続く。ゲルトルデは二人の衣服を椅子の上に置いた。
廊下に出ると、丁度ローランが歩いて来る。
「ゲルトルデさん。あれ、ミジェール先輩は」
「ルパンの研究に興味があるらしい。かなり専門的な話だからついていけん。それより、リヒター所長は何処だ」
「所長室に行きましょう。美味しい珈琲を淹れてくれますよ。ラナンタータさんもきっと其処です」
呑気だな……マフィアの息子か
リヒターも可愛い奴に目がないと見える
「私は後から……」
ラナンタータは気を失って、リヒターに抱えられ牢獄のような檻の中に入れられた。
「此処ではハクビシンを研究していたのだ。ハクビシンに負けない珍獣に、シュテーデル卿は幾ら金を出してくれるだろうか。可愛いラナンタータ嬢、あなたに会えたおかげで私の活路は開ける」
床に寝かせた。意識を失った身体はくたっと横たわる。
「あなた……あの子は、あのお嬢様は……」
「高貴なお生まれだと聞いた。外国の、元公爵家の一人娘だそうだ。世が世なれば后妃となられるお方にして聖女だったのかもしれない」
「そのような身分のお嬢様を……いいえ、身分がどうのではなくて」
「仕方ないのだ。ゲルトルデの為、全て愛娘の為だ。ゲルトルデの身代わりに、ヴァルラケラピスに人身御供を捧げなければ、ゲルトルデは……」
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