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第7章 投獄されたお姫様
(19)宇宙船に
しおりを挟む呼吸を忘れるほどの斬新なデザインに、ラナンタータの瞳孔が開ききった。何、これ、と言いかけて小走りに近寄る。
ドーナツとは逆に中央が半円に膨らみ、分厚い硝子が二重になっているのか、施設の明かりがずれて反射する。ラナンタータの目視で、恐らく直径だけで二十メートル優に越す銀色に光る物体自体の想像を越えた存在感と、それを収容している格納庫の今までに目にしたことのない鋼鉄の強固で厳めしい造りが、SF小説の世界を体現している。
「これが宇宙船……」
リヒターが歩く速度で近づく。
「そうだ。しかし、これは飛ばない。せっかく動力となる核分裂を発明しても、これを動かすための装置を小型化できなければ飛ぶこと自体無理なのだよ」
ラナンタータの斜め後ろに立った。
「飛ばすための装置って」
「半導体といって電子頭脳を小型化できるモノだよ。中を案内しよう。中も出来上がっているんだが……」
「嬉しい。期待を越える素晴らしさ。早く見てみたい」
ラナンタータはリヒターを振り返った。喜びでラナンタータの片方の頬がひくひく痙攣っている。不思議な生き物を見るような表情でリヒターは苦笑した。
「お望みとあらば、参りましょうか、姫」
「うん。うわあ、初めての経験に奮える」
ラルポアとカナンデラも激震に浸っているだろうと、中にいるはずの二人に思いを馳せた。抱擁しあって喜べる。宇宙船のことも再会も。
カナンデラが到着したとき、龍花が玄関の階段を降りるところだった。リムジンバスに乗る人々が、カナンデラと龍花を振り返る。バスは八人乗りだ。数台用意してあるだろうことを考えたが、リムジンバスをやめて龍花はタクシーを使うことにした。
クロークから電話でタクシーを呼ぶ。タクシーは表門に並んでいると言う。
「ザカリー探偵、あんた来るとき何を見ていた。タクシーは直くそこたヨ」
龍花はハイヒールで滑らないように雪の上を走って、門を入ってくるタクシーを止めた。一緒に乗り込む。
「済まん、動揺していた。運転手君、リンジャンゲルハルト物理学研究所まで」
カナンデラがフランス語で言った行き先を龍花が言い直す前にタクシーは走り出した。勘の良い運転手に恵まれたカナンデラはどや顔をしたが、龍花は身を乗り出してドイツ語で運転手に言った。
「最短コースを走ってくれたら五倍のマルクを払うよ」
「よし、任せろ。大通りは遠回りだから、斜めに行こう」
「何と言ってるんだ」
「凄く早く行けるみたいネ。四角い紙の四辺が大通りだとして、端っこの点から角を曲がった点に移動するとき、縁を走らずに対角線を突っ切って走れば時短になるヨ。そうするって言ってる」
「成る程、信号のない裏通りを斜めに行く方が早く着ける」
「処でダンディー探偵は何で遅くなった」
まさかショッピングして風呂に入って来たとは言えない。
しかし龍花の目は、カナンデラの紙袋に止まる。
「買い物してきたのネ」
「ああ、美形男子の服だ。奴はお洒落を捨てている」
「当たり前たヨ。お嬢様が行方不明なんたから。あんたってサイテーネ。本当にラナンタータの従兄なのか」
カナンデラは「う……」と詰まった。
「お洒落より命ネ。今回は私が助けてあけたから、いつかあんたは私の為に働くネ。その時はお洒落より命ヨ」
「ああ、有り難う。恩に着るよ、龍花さん」
ラルポアはゲルトルデのマイバッハ・ツェッペリンで物理学研究所の門をくぐった。後ろからローランの馬車がかなり離れて付いてくる。ローランは引き離されても信号の度に追い付く。御者は何度も馬に鞭を入れて「後で人参をたっぷり食わせてやるからな」とフランス語で叫んで走らせていた。
表は煉瓦造りの品格ある建物だ。大戦前に建てられたその研究所は、周りを高い壁と林で囲まれた小さな宮殿に似た雰囲気を持っている。ゲルトルデはローランを待たずして、ドイツ軍少佐の地位を利用してラルポアを引き連れ内部に入った。
ラナンタータは宇宙船の操縦室から出る際、感動覚めやらぬ調子で振り向いた。電子頭脳が入る予定だと言う壁の三面はすっきりとした空間になっている。操縦席正面は巨大なレンズのような窓があり、外が見えた。
「カナンデラとラルポアに早く会いたい」
会って喜びを分かち合いたい
イサドラに感謝するのは腹立たしいけれど、連れてきてもらって幸運だった
宇宙船を見た今なら
ラルポアとも素直に話せる
ラナンタータは何も疑わず客間に通された。先客が二人いる。毛皮のコートを着こんだ品の良い夫婦が、不安気に微笑んでいた。
ラルポアは……とラナンタータはリヒターを見た。
「先ずはご紹介しましょう。此方はアーノルド・シュテーデル卿ご夫妻。ゲルトルデ・シュテーデル少佐のご両親です。ラナンタータ嬢、私はザカリーさんとミジェールさんを呼んで来ます。その前に、珈琲を淹れましょう」
「ゲルトルデのご両親……」
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