毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第7章 投獄されたお姫様 

(18)あればね

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  ゲルトルデは焦っていた。リヒターと踊っていたはずのラナンタータの姿が見えない。オットー・ハーン博士の近くで学者同士の専門的なやり取りに聞き耳をたてていたが、容易に理解できるものではないと振り向いて、ラナンタータが消えていることに気づいたのだ。

  ラルポアと龍花が同時に目に入った。

  龍花は頭の両側に二つの団子を牡丹の花で飾り、真珠で囲んだアメジストの垂れる大きなイヤリング、金銀龍を刺繍で描いた紫のゴージャスなチャイナドレスに、ふわりとしたファーのストールを腕に掛けていた。

  ラルポアはカフェで出会ったときのままだ。

  左右から二人が近づく。

「「「ラナンタータは」」」

  三人が同時にハモった。

「しまった。さっきまでリヒターと踊っていたのだが」

  ゲルトルデは雪の女王のイメージながら、そのイメージを男勝りの言葉でぶち壊す。

「ラナンタータはダンスは下手くそだ。直ぐにへこたれる」

  ラルポアは、黒いフロックコートをクローク係に預けたことを思い出した。龍花も同じことに気づいた。

「待って。あなたたちが二人で探していないなら、出たかもしれないヨ。コートがあるかどうか、クロークに尋ねてみようヨ」

「そうだ。出たのなら……」

小走りになる。
クロークの近くで、ローランとぶつかりそうになった。

「あ、殿下、ゲルトルデさん、龍花さんも。どうしたんです」

「ラナンタータを見なかったか」

「それなら、リヒター・ツアイス所長を見ませんでしたか」

  ゲルトルデが断定的な硬い声で言う。

「二人一緒だ。クロークに聞け」

「Ist da jemand? 誰かいませんか。Entschuldigung. 済みません。Bitte, jemand お願いします、誰か」

  ローランは知っているドイツ語を叫んだ。

  クロークのカウンターテーブルから見えるクロークルームの中から、若い係が出てきた。

「はい。お帰りでございますか」

  流暢なフランス語だ。このベニヤミン邸のドイツ人使用人は、全員フランス語ができるのだろうかとローランとラルポアは舌を巻く。

「コートの有無を知りたい。リヒター・ツアイス所長と……」

「所長様でしたら既にご出発なさっておいでです。某国のお姫様とご一緒です」

「姫……」

「リンジャンゲルハルト物理学研究所ですが、このあと皆様も行かれるご予定なのでは……リムジンバスの出発まではまだ小一時間ほどございますが」

「私はローラン・タワンセブです。コートを二人分頼んだが、出してもらえますか」

「私はゲルトルデ・シュテーデルだ。私のも頼む」

  ラルポアは幸運だったのだろうか。入り口で出会ったローランと一緒にクロークにコートを預けた際、ローランの付き人のふりをしたのだ。その時は、ひとりではコートの出し入れに応じてもらえなかったかもしれないと密かに安堵したものだが、手間をとることになった。

  ラルポアは、二十三年も生きてきて自分の顔をクロークが覚えないとでも思っているのか、まだまだ甘い。誰かラルポアに「お前の顔は一瞬で一生モノだ」と教えてやる必要がある。
  
  クロークは一旦中に引っ込んだが、一分も待たせなかった。仕事に慣れたクロークは流れるように動いてラルポアとローラン、ゲルトルデに各々のコートを引き渡す。

  龍花は「私は仕事あるから」と言って会場に残る意志を示した。

「お願いがあるんだ、龍花さん」

「あいヨ。わかった。カナンデラ・ザカリーを見たら研究所に行ったと伝えるヨ。私は此処でやることがあるネ。再見、みんな元気でネ」

「研究所には行かないのか」

  ゲルトルデがコートに腕を通しながら聞く。

「行きたいけど、余裕があればネ。皆への分のキス」

  龍花は、大袈裟にゲルトルデを抱擁して、口紅のついた唇を頬に付けるふりをした。

「あんたは女にもモテるネ、ゲルトルデ。またネ」

  ゲルトルデはお返しに龍花の腰を引き付けて離す。

「龍花さん、もっとゆっくり話す機会があれば」

「あればネ。今回はバイバイ」

「龍花さん、謝謝。あなたのご厚意に感謝します。本当に有り難うございます」

  ラルポアは三日間風呂に入っていないことに気づいた。ジュエリアの腕が絡んだ時は忘れていたが、ふっと笑顔になる。

「おお、美形男子。地球がひっくり返る微笑みヨ。行ってらっしゃい」

  既にタワンセブの馬車とゲルトルデのマイバッハ・ツェッペリンが表玄関に横付けされている。それもクロークの手配だ。



「だから、我々には軍資金が必要なのだよ、わかってもらえるかな、ラナンタータお嬢様」

「わかった。でも、私のお小遣いでは焼け石に雀の涙かな。あ、シャンタンなら研究所ごと買えるかもしれないけど」

「シャンタン……」

「ふふ、可愛い奴なのだよ、シャンタンって。マフィアのゴッドファーザーなんだ。十八才の少年なのにね」

  危ういシャンタン。異世界のドイツにまで可愛いイメージが宣伝される。噂とは恐ろしいものだ。ラナンタータの一言は、リヒターの下半身的関心に触れた。カナンデラの恋敵としては強力な伏兵だというのに。

「是非、ご紹介に預かりたいものですな」

「ふふ、簡単に請け負うなと誰かに叱られそうだけど、機会があればね」

  チラリと浮かんだカナンデラの姿は、能天気にもボルドーのカシミヤをフリフリして見せる。
    



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