毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第8章 泣き虫な王子様 

(5)眼球振盪

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ラナンタータが席から立ち上がった袖を、ラルポアが捕まえた。マントが脱げる。ホテル仕様のパジャマ姿で、ラナンタータは「あっ」と小さく叫んだ。大人しく座り直す。

「ラルポア、あの女の人ともエッチしたの」

「こらこら、直ぐに疑うのは悪魔ちゃんだけだぞ。ラルポアに悪いじゃないか。やったに決まっているだろう」

カナンデラははははと笑い飛ばし、ラルポアは口をつぐむ。

「バカっ。カナンデラのアホっ。ラルポアはそんなにエッチじゃない」

「お前にはな。お前はまだ赤ちゃんだから、ラルポアママはオムツの取り替えで大変だ。お前がやんちゃだからラルポアは研究所の通風口をあちこち探し回ったんだぞ」

「ごめん」

「ほお、なかなか素直じゃないか。これを食ったらラナンタータの服を買いに行こう。クリーニングに出したドレスはゲルトルデに返すのだろう」

「うん。ゲルトルデも私の為に」

後でリヒターを拷問すると言っていたけど、それもカナンデラたちには話せない。

「そうだ。ゲルトルデ少佐はリヒター所長の従兄妹だそうだ。敵対させてしまったな」

ラナンタータは赤い毛皮の美女に目をやって、ラルポアを見た。ラルポアはナプキンで口を拭ってラナンタータに向く。

「ラナンタータ、もう良いの。食事が済んだら早めに行動しよう。夜遅くならないうちにローランの別荘まで行かなくてはならない」


ジュエリア・ロイチャスの真っ赤な毛皮にもしも血糊がついていたら……

ラナンタータは遠くの席のジュエリアを凝視した。アルビノ特有の光に弱い目が揺れる。眼球振盪がんきゅうしんとうという揺れが大きくなったことに気づいて、ラルポアがラナンタータの頬を挟んで自分に向かせた。

「ラナンタータ」

唇がタラコになっている。好きだよと言いたくなった。黙って抱き締めて、椅子に座ったままの不自然な姿勢が続くはずもなく、ラルポアはラナンタータを立たせてレストランの出口に向かった。

ラナンタータはラルポアの腕から首を反らせてジュエリアを振り替える。それを阻止してラルポアは早足でラナンタータを外に出した。勘定はいつもカナンデラの財布から出る。ラルポアは外に出てラナンタータの額にキスした。

「あれ、何で……」

「ラナンタータ、イサドラの飛行船に乗るのは明日か明後日か。三日後と言ったか、三日間の自由と言ったのか」

「えっとね、えっと……確か三日後のお昼までに戻るようにって……」

イサドラのふわりと柔らかな微笑みが記憶に広がる。あの微笑みは謎だ。何故、イサドラは残忍な殺人を繰り返すのだ。何故、過去の復讐は警察に任せないのだ。ラナンタータはジュエリアを忘れてイサドラのイメージに心を傾けた。

「もう二日目だ。明日の午後、イサドラは飛行船に乗ると思うか」

ラルポアはエレベーターに向かう。後ろからカナンデラが答えた。

「我々は行くぞ。取り敢えず、イサドラと一緒に国に帰る。イサドラ逮捕は飛行船の中でもできる。俺様に任せておけ」

「ドイツにいられるのは、明日の午後まで……」

ラナンタータはラルポアの唇が付いた額に手を当ててエレベーターに乗った。真横に立って目玉だけを動かしてラルポアを見上げる。

その様子に、カナンデラがぽそりと呟く。

「駆け落ちするかどうか明日の午後までに決めろ」



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