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第8章 泣き虫な王子様 

(11)思い出せないジェレメール

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ジェレメール・ラプソールはローランの腕の中で項垂れた。

「私は何者なのですか」

ローランはジェレメールとロイチャスの娘を天秤に掛けた。

「失礼致しました。あなたは某国の王位継承権を持つ方、でも、僕の恋人です」

嘘をつく。

「恋人……」

「僕はあなたと、こんな関係です」

「私は、街で倒れていたところをあなたに助けられたのでは……」

「そうです。あなたは馬車の中でも僕とこのようなことを……」

「私がですか」

「その前の夜も、共に過ごしました。覚えていませんか」

ローランの嘘なのだから覚えているはずがない。それでもジェレメールはじっと考え込んだ。その間、ジェレメールはローランに腕を回されて抱かれている。その事を不快にも思わず、ジェレメールはローランの肩に頭を乗せた。

「ごめんなさい。本当に思い出せません……でも、あなたのような人で良かった。恋人がもし、他の人だったら……」

「可愛い、ジェレメール」

ローランは跳ねる心のままにジェレメールに口づけしたが、ジェレメールはふと横を向いて頬に受ける。

「ご、ごめんなさい、ローラン。私はまだ、その……記憶が……」

ローランはジェレメールの記憶が戻ったら殺される。無理に唇を求めた。

「あ、ローラン。待ってください。本当に、今はまだ……」



ソファーに凭れてカナンデラはベランダの騒動を眺めた。ローランがジェレメールになにかを囁いている。その声が途切れ途切れに耳に入った。

何者、王位継承権、馬車、前の夜、待ってください……

全く意味をなさない言葉の羅列だったが、カナンデラは流石に、探偵のことだけはある。ラナンタータが示唆したエレベーター殺人事件との関連を嗅ぎとった。

前の夜……これが問題だ。ジェレメールは前の夜に何をしていた。



ラナンタータの瞼から、優しく啄む小鳥のキスを頬に繰り返して唇に辿り着く。ラナンタータは初めてのことに目を閉じて奮える気持ちを抑え、ラルポアに身を委ねていた。唇を啄んで口づけする。

あ……と、声が出そうになる。 

これが大人のキスなんだ。
私ったら十秒か二十秒もじっと唇合わせていたら良いのかと思っていた。ふふ、恥ずかしい。

う……あぁ……なに……

ラルポアの唇が……え……やだ、なに……

やだっ、止めて……
何か入ってきた……

ラルポアの腕がマントで巻かれたラナンタータを抱き締める。唇は強く合わされて舌が侵入してきた。ラナンタータの舌と合わさって下から持ち上げる。

待って、待って、ラルポア待って……

私、いや……

ラナンタータは激しく抵抗した。ラルポアはラナンタータが身悶えしていると勘違いして激しくキスした。自己満足の極みがラナンタータに拒絶される。 

ラナンタータは驚きのあまり涙が出た。マントで身動きが取れないのも、悔しい。

ううう……

ラルポアはラナンタータの涙に口づけして「可愛い」と囁く。

しかしラナンタータは「ラルポア嫌い。止めて……」と言った。

「え……」

「止めて、離して」

「何故……」

「もう嫌……こんなの、愛じゃない。ラルポアのバカ」

ラナンタータの涙は止めどなく流れる。その涙を拭きながら「愛しているよ」と囁き続ける。

「嘘……」

ちっともロマンチックじゃない。

力の抜けた腕の中でラナンタータが身体を反らして抜け出そうともがく。ラルポアは驚きを隠せずに離れ、それでもラナンタータの肩に手を掛けた。起き上がりながら振り払われる。

「嫌、触らないで」

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