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第8章 泣き虫な王子様
(15)知ってるんだろ
しおりを挟む捕らえた男たちは意識が戻ってもがき始める。カナンデラがひとりの顎を上げて訊いた。
「お前らは何者だ。ヴァルラケラピスか」
「は……ヴァルラケラピス……舌を噛みそうだが、違う。ヴァルラケラピスはドイツにはいない」
吐き捨てる。
「嘘をつけ。ゲルトルデが狙われているのを知ってるぞ」
カナンデラは元警察官だ。事情聴取はお手のもの。
「ゲルトルデ少佐は……ヴァルラケラピスではない。ハナリエラ・ポンパだ。ハナリエラ・ポンパは畏れ多くも彼のプスブハルグ家の執事職を勤めたドーン・ポンパの孫に当たる」
執事の孫と聞いてカナンデラは呆れた。
「はぁああ……執事の孫ぉお……プスブハルグ家はヨーロッパでは知らない者はいないと言うほどの名家だが、執事の孫まで権力を持っていやがるのか……呆れたね。それで、そのポンが、なんと言ったっけ」
「ハナリエラ・ポンパだ」
「あぁ、そうそう、そのハナリエラ・ポンパがゲルトルデとどんな関わりがあるだとぉ」
「ハナリエラ・ポンパはカメラマンだ。ゲルトルデ少佐を狙っていた」
「カメラマンがどうして狙う」
今度は男が呆れた声で言った。
「珍しいからに決まっているだろう」
「珍しい……お前、ふざけているのか」
カナンデラの洒落た靴先が男の胯間を踏んだ。
「おおっ、なっ、何をする」
「ぐーりぐりっ」
カナンデラの病気が始まった。
「や、やめろおっ。変態っ」
「おいら、暇だと直ぐに変態になるんだよね。ハナリエラは誰に雇われていたんだ」
「ううう……それは言えない。それを言ったら殺される」
「ぐーりぐりっ、ぐーりぐりっ」
靴先が円を描く。
「や、やめろおっ、本気で変態かっ」
男は身を捩って逃げようともがいた。
「おお、お前、男に踏んづけられても立つのか」
カナンデラは嬉しそうだ。
「くそぉ、この変態野郎。殺すぞ」
男は耳まで真っ赤になって低い声で怒鳴ったが、カナンデラは高らかに笑い飛ばす。
「わははは。よくもその姿で減らず口叩けるね。お前、自分の明日も知らないなんてさ。お前が歌わなければお前らみんな海に沈むんだよ。あ、ライン川かな」
「こ、殺す気か……」
「だって、生かしておいたらまた来るでしょ。それは何の為……」
「う……ラナンタータという娘が此処にいると言われて来た」
ベッドの角に座っていたラナンタータの顔色が変わる。
ラルポアはローランから手に入れたロープで男たちを手際良く縛り上げた。
ラナンタータは縛りたくてウズウズするも、ラルポアに遠慮して動けない。口の中に異物の感覚が残る。その感覚がラルポアを違う人物のように感じさせてラナンタータはラルポアをじっと見つめた。
「そうでしょそうでしょ。だから、誰に言われたの。ハナリエラ・ポンプだっけ」
カナンデラがふざけ始めた。
「ポンパだ。お前ぇぇ、わざとだな」
「ぐーりぐりっ」
遊ぶ。
「くそぉぉぉ、やめろおっ。その靴をどかせっ」
何人かの目覚めた仲間は憐れみの顔で、この男を見て見ぬふりをしている。
「ハナリエラ・ポンパがラナンタータを狙えと言ったんだな」
ラナンタータは男を睨む。
「ハナリエラ・ポンパは死んだ。そうだ、ハナリエラ・ポンパは死んだ。ハナリエラ・ポンパが狙えと言った」
「嘘だな。ハナリエラ・ポンパはどうやって死んだ。正直に言わないと潰すぞぉ、タマタマちゃんを」
カナンデラの靴先がツンツンとその場所を突つく。
「エ、エレベーターの中で刺されたんだ。お前らが泊まっているホテルだ……やめ」
「何でハナリエラ・ポンパはあのホテルにいたんだ」
「ジェレメール・ラプソール第二王子と契約していたんだ。王位継承するまでの経緯を撮影するのがハナリエラ・ポンパの仕事だった。だから、ハナリエラ・ポンパは王子を守って刺されたんだ」
「お前らが犯人か」
「違う。俺たちはその娘を狙えと言われて……」
「誰に言われたの、ホレホレ、ギュウウン」
靴先で踏みしだき始めた。
「言うぅぅ。言うからマジにやめてくれ」
「ほう、タマタマちゃんの方が大事なのね。因みに、ぐーりぐりは電気アンマっつうの。ギュウウンはタマちゃん潰し。はっはぁ」
「くそっ。俺たちは第一王子派だっ。ジェレメール王子を殺すつもりはない。王子は記憶喪失らしいが、王位継承権を失う病だ。それを明かせば良いだけだ。止めにラナンタータという娘を人質に取れば、記憶が戻っても王位継承権を捨てざるを得ないだろう。その為に拉致しようと思ったのだ」
「ほう、第一王子派ね。第一王子の計画か」
「王子自身は知らないはずだ。第一王子は王位継承権にさほど固執していない。優れた人物だ」
「ふうん。優れた人物を王位に就かせようとする誰かさんがハナリエラ・ポンパを殺した。いや、ジェレメール王子を狙って、ハナリエラ・ポンパを殺したのか。で、誰かな、その誰かさんって……知ってるんだろ」
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