宦官情話

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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6) 存在しないかもしれない世界

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朝廷だけでなく後宮でも囁かれたことだから、滅多に口を開く者はいないはずだっだ。


それでも人間は完全ではない。


サナゼン高級祇廊に集う左パルチョの中には、足がもつれるほど酔うと、愚痴を溢し天皇を罵る者もいた。


その罵りに引き出されてついうっかり清正について一言でも漏らそうものなら、酒の上の戯言ではすまない。その者たちは宮殿内から消えた。


後宮でも同じことが起きている。先ずたりはトップに君臨する三人の妾姫が消えた。


ひとりは右パルチョの儀貞長ドゥリャーの縁戚の者で、侍女たちと共に首を吊った姿で発見された。


ふたり目はドゥリャーの直属上司に当たる総パルチョドゥーリャーの娘だったが、全身を矢で射ぬかれて、これも侍女たちと共に同じ姿で発見された。


属国の姫君も、侍女たちと共に毒殺され自決とされた。そればかりでなく、国から付いてきた宦官も消えた。


総パルチョドゥーリャーの娘だけが明らかに自決ではないやり方で殺されたにも関わらず、知らせを受けた天皇も朝廷も一言も触れなかった。



「夜中に、鳥の羽ばたきに似た音を聞きましてよ。あれは弓部隊の動く音だったのかもしれませぬ」

「危ない。これ以上そのお話をなさるのであれば、私はこの場から立ち去ります」

「羊なら立ち去るが良い。それがいのちを守る路だ」



深夜に後宮へと小隊を動かせる立場にあるのは天皇だけだ。


総パルチョドゥーリャーも崖っぷちに吊るされていた。


恵遼天皇は二年に一度の科試かしを今年に入ってからもう四度も行っている。


優秀な人材がアクシデントや個人の事情によって、あるいは貧しさの故に、取り零されることの無いようにとの計らいだ。


宮廷内においては下級武官や下女などの無名の者まで数多あまたの死者が出たが、悲しむ者はいても、民からの不満はない。


後宮では、まだ妾姫に昇格していない姫たちからお里帰りの嘆願が出ていたから、天皇はそれをパルチョの議題に上らせずに処理した。


連日、姫たちの華やかな行列が市井を通り、自領地を目指す。後宮は静かになった。


四百余人もいた後宮の金喰い虫の主たちが半数以下に減り、新たに召し抱える予定も皆無なことから、余った予算が貧しい民への福利厚生へ廻されて驚くべきことがわかった。



「後宮の予算が、福利厚生費の数十倍も掛かっていたとは恥じ入るべきことよ」

「今上天皇は聖なる天子である」



天剣は鋭く、宮廷の隅々まで凪払い、うかうかと邪悪な考えに乗ったり、それが露見すると命はなかった。


どこ迄も清廉潔白な政治家が求められた。



★★★★★★★★★★



奈利子がことの全てを知るまでには、時間はかからなかった。


天皇が清正に全てを話した訳ではない。


それでも、女の第六感が発達して思念の紐を飛ばせる奈利子は、少しのフレーズでもジグソーパズルのピースとなること知っている。的確に、有るべき場所に嵌める。



天皇が狂うのは清正の色香にだけね

ふふ、いっそ小気味良い
もっととち狂え

私が清正の脳の一部だと天皇に知られても

清正を切り捨てることができなくなるように

私も、旦那より天皇が好き
天皇が大事にしているのは清正だけだけど

天皇が抱いている清正の身体には
私も同居しているのよ

そうよ……天皇は喜ばせ上手

言葉も行いもテクニックも全て完璧
理想の男

でも、私を認識していない
認識されたい

わかってる
清正だから愛されているってのは

寂しい……
快楽に痺れても醒めていくのは
愛されているのが私自身ではないから

清正の若さと美貌には
とても敵わないけど私も愛されたい



蓮池の茶の庵で、清正はその声を聞いた。



「奈利子さん、私はどうすれば……」



承認欲求がむくむくとこうべをもたげ、清正の中で奈利子であろうとする意志が動き始める。



清正……
私の生まれた国は
この世界にはないみたいね
だから、私は身体もない 

もしかするとこの世界も本当は
無いのかもしれない

私は寝ていて私の世界で夢を見ていて
目が醒めたらあなたも天皇も
私の世界には存在しない
全てが夢幻の類いなのかも

それでもね、清正
それでも私にも人間的な願望はあるの
承認欲求というやつよ

それが満たされないので
人は傷つき罪をおかす

親に承認されたい
友人に承認されたい
上司に承認されたい
恋人に承認されたい
伴侶に承認されたい
家族に承認されたい
職場で承認されたい
周りに承認されたい
世間に承認されたい
世界に承認されたい

自分の存在の証明がほしい

自分の存在価値を確かめたい

自分自身に、承認されたい

でもね
いくら願っても承認されたくても
私は身体を持たない存在

罪を犯さないという
倫理上の決定
罪を犯したくないという
私の人間性に関する願い
罪を犯せないという
物理的な問題

清正……本当はね
私も天皇に承認されたいの

人間は厄介で罪深いよね
私のものではないことに
手を出したがるなんてね

清正……妬ましいよ



池は薄桃色の花を浮かべ水面みなもを光らせる。立ち上る妖気が顔色に映えて、清正は悩まし気でありながらも、この世の者とは思えぬ光を纏う。



























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