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9) 女は外道

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サナゼン高級祇廊の庭の灯りの下に一つの影が浮かぶ。


表門を少し入った浅い水草の淵にコデマリに似たしだれる白い花の低木があって、その花木の後ろで刀が月の雫に光を放つ。


門の中を華奢な若者が訪ねた。男のなりをしてはいるが、生まれついての女だ。


影は刀をひと払い振るう。薄い風のような一陣がしかしヒラリとかわされた。



「へへん、予想通りだ。刺客、お前は天皇の爪だな」

「如何にも。わかっているなら死んでもらおうか」

「待て待て待て待て、俺は天皇にも一過言ある。どうしてもやってもらいことがあるんだ」



祇廊の若衆で淑祝シュクシュクと名乗る男装の女は、年の頃まだ十六、七だが、背丈ばかり伸びて女らしさの欠片もない。



「おのれ、反対勢力が何をほざく」



薄く触れる風を感じただけなのに、男装の被り物がバッサリ斬られた。先に飛び退いていなければ命はなかった。



「待て、俺は清正の妹だ」

「何……妹ご。嘘をつくな」

「天皇は俺が帝姫の妹だと知らんのだろうが、この顔を見ればわかる。双子だからな」



提灯に晒した顔は化粧気のない朧月おぼろづきの白さ。薄墨の三日月眉の下に黒々と双眸はきらめく。



清正を知る者なら、その場でかしずく。



★★★★★★★★★★



サナゼンの若衆の一人に紛していた清正の妹は、捕縛もされずに天皇の爪に伴われて後宮の門を潜った。


天皇は御簾の影から清正の妹を見て唸る。



まさしく清正に瓜二つ
声を聞いてやろう



「良かろう。会わせてやる故に名前を申せ」



珍しく直に声をかけた。



淑祝シュクシュクと申します」



秘密裏に行われた御簾越しの謁見には、清正をおもんばかる天皇と、その天皇におもねる天皇の爪の疏通そつうがあればこそだ。


爪は何者かの張り巡らせた糸に掛かった餌食のような気分で傅いている。



頸を跳ねられるとしても
妹だと言い張るこの者を
お目通りさせねばならぬような

死に見舞われたのか
逃れられぬこの気分は

できうるならばこの場で
斬って捨てたいとも思う

しかし
影ながらにも一度ならず
帝姫殿のお姿を
目に焼き付けてしまったのなら
わかるだろう
誰しも心を溶かされるのを

真にあのお方の
妹御であられると言うのであれば
斬るわけにはいかぬではないか



爪はこっそり溜め息を飲み込む。天皇の気持ちがよくわかる。清正を前にして、どんな障壁も問題にならない。爪なら躊躇せずに間合いを詰める。ただ出会いが遅かったのが爪の救いだった。



もしも天皇より先に
帝姫殿と出会っていたら
天皇は俺を殺しても
帝姫殿を奪ったただろう
だから、といって
この若衆姿の女には欲情しない
衆道にも好みはある 
笑い種だが
衆道にとって女は外道だ



天皇も同じことを考えていた。



同じ顔でも女は女
清正は二人は要らぬ
だが……



★★★★★★★★★★



奈利子は這いつくばって斜めになった廊下を上る。廊下の光っていない部分はざらざらした手触りで、靴底が運んだ汚れが滑り止めになる。それを平手で押さえて身体をくねらせ、蛙のような形だと嗤う余裕もあって、ドア部分の僅かなへこみに指を掛けて体重を持たせ、一息つく。


ゆっくり腕を伸ばして手摺を掴んだ。腕が痛む。指に力が入らない。



清正……天皇……
私が戻りたい世界はあなたたちの世界

目覚めたら現実は阿鼻叫喚の真っ最中
浮気癖のある夫はどこにいるのか
何をしているのか

女とヤってる最中に
地震であわてふためくみっともない姿を
想像したら爆笑ものよ

ああ、くだらないつまらん世界
ぶっ壊れてしまえといつも思っていた

でも……



立ち上がった奈利子の横、今先まで奈利子が横たわっていた場所を、看護師が滑り落ちる。



「あっ」



振り向くと、看護師の二本の足はひしめく患者たちの、或いは医者の顔面か、もがいている集団にぶち当たった。



ああ、もう嫌だこんなところは
家に帰ろう、取り敢えず家に
ここで滑り落ちたら
私もあの人たちを
足蹴にすることになるのね
そして後から滑ってくる人に
私も蹴られるのよ
そんなの嫌に……



手摺を辿って床の平たい場所に着く。エレベーターは使えないだろう。階段を探す。ナースセンターに人影はなかった。



そこを曲がればエレベーターホール
その少し向こうに階段があったよね
ちょっと遠いけど
ああ、既に疲れているのに、五階かよ
筋力の衰えには気持ちも萎えるわよ
はあぁ……



「降りるのですか」



若い男性が奈利子の肩に手を掛けた。若いというだけで取り立てて美形ではない顔。奈利子より少しだけ背丈があり、着る人の金銭感覚が推量できるザカリアンエストラーダのサマーセーター。



「ああ、私は見舞いにきただけで、病院関係者ではないのですけど、どこに行くのです。ご一緒しますよ」









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