宦官情話

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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10) 殺したい人はいるか

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「僕はゲイです。だから気にしないでください。下までお供しますよ」



奈利子は肩に置かれた手を気にした。男もそれに気付いて、言葉を重ねる。



「あ、済みません。つい、家族介護で慣れているので。気に障りましたか」

「いえ、とんでもない。お優しいですね」



舌が痛い
端っこが痛む
噛んだのかしら
上手くしゃべれない



「母が入院してたことがあるのですが」



男は一旦言葉を止めて微笑み、続けた。



「今回は知り合いの見舞いです」



男は先に階段を降りて奈利子に手を差し出す。白く大きな手は柔らかそうで、肉体労働者には見えない。片手で手摺を掴みながら空いた手を繋ぐ。



「ゲイの方は男でもやっぱり綺麗な男が好きなんでしょう」

「いえいえ、私は見掛けでは決めませんね」



天皇と清正の関係しか知らない奈利子には意外な返事だ。



「決めるポイントって何ですか」

「ははは。恋愛対象に対する好みですか。私の場合は身体ですね。鍛えた肉体美に弱いんです。私よりも背が高くて肩幅が広くてお尻が小さくて、しかもヒップアップの半端ない人がグッと来ますね」

「ボディービルダーみたいな感じかな」

「まさしく、そうです。ふふ……」

「あの、女の人とはお付き合いしたことないのですか」



家庭持ちの男性の中にもゲイがいると聞いたことがある。



「え……考えたこともありません。あ、いや、高校くらいまでは悩んでいましたが、バカらしくなって、付き合うなんてとてもとても」

「そうですか。女の人にはモテると思いますけどね」

「意味ないですよね、女性にモテても。煩わしいだけで」

「意味ない……そこまで煩わしいと思うものなんですか」

「だって、もしあなたがタイプではない男性に迫られたり、女性に迫られたりしたら、煩わしいでしょう」

「そうね、言われてみれば納得ね。タイプでなければウザイだけよね」



今の奈利子には天皇の気持ちが推し量れる。



妾姫たちを処刑したのは
ウザかったからなのね
山梔子くちなしなんて切っ掛けに過ぎないよね
恐るべし天皇
『人が人を支配してこれに悪を行った』
何かで読んだ聖書の言葉だけど言えてる
私なら支配者になっても
悪なんて行わないつもりだけとね

いや、違う……行うかも
気に入らない奴は皆殺しにするかも
それができるくらいの
権力があればだけどね
でも、このゲイさんって親切ね



「ねえ、殺したい人っていたりする」



奈利子の言葉に男は思いがけず大きな声で驚く。



「はあっ」



『殺したいと思う人はいるか』。それは、奈利子の記憶のなかに存在するある男が、奈利子にトラウマとして残したセリフだった。


何故そのセリフを思い出したのか。奈利子は思わず吹き出しそうになった。



「ごめんなさい。あなたが親切な人だから、思い出したの。昔、親切に近づいてきた人が、私にそう、聞いたのよ。殺したい人はいるかって……」

「で、何と答えたんですか」

「いなかったの。その時は殺したい人なんて」



当時、誰かに酷い目に遇わされても、それは相手の人間性に問題があるのであって、自分が暫く忍耐していれば周りは気付く。周りが気付けば何とかしてもらえると信じていた。



「僕が同じタイプに思えたんですか」

「ううん。そうではなくて、人の親切が信じられなくなったみたい。ごめんなさいね。こんな状態の時には誰だって、裏表のない親切を示してくれるのかもしれないのに」



男は、あなたは悲しい人ですねと言い掛けて黙る。



「もし、僕が、殺したい奴がいると答えたら、どうするつもりなんですか」



ゆっくり階段を下りかけて、奈利子は笑う。



「ふふふ、それはそれで困るわね。私には集団ストーカーの知り合いなんていないから、みんなで少しずつ嫌がらせをして弱らせて殺すとかできないし……」



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