宦官情話

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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12) この世にありて愛しき者は

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いと美しき時

野にほこる花は繚乱として
木々あざやぎて芽吹きたり

麗しき神の宴よ
万物の命やむごとなし

さしも尊きことわり
触れたる喜び  あなかし

げに美しきはこの時なり


世・代の明けて
朝鳴鳥あさな来とりの声そわたりつ

うみはうらうらと静まりて
真砂の浜に安寧の
見よ御代照り栄えて

砂一粒も奇しきものなれば
生まるる由をたな知るに

さしも尊き理に触れたることの
いかばかりかはむがしき
いとはしきやし この時ぞかし

命  いとはしきやし  



清正の即興詩だ。
この歌で舞う姿に天皇が惹かれて、清正の立場は変わった。


清正を快く思わないパルチョ議貞たちは眉をひそめた。


しかし、天皇が如何に清正を大切にしているかを知って、朝廷も後宮も刷り込まれた天皇の殺意をかわすために口をつぐむ。


サナゼンでも同じだ。官僚は政治の不満を語り、酌み交わし、酒と踊りに疲れを癒すはずだったが、最早、清正については「見ザル聞かザル言わザル」に徹した。


後宮から列をなして出ていく天皇の嫁候補の妾姫たちには、夥しい反物と香木や財宝と二年分の予算を一時金として持たせたが、囲うよりは国費も浮き、反物景気で市井しせいも賑わう。


これまでの後宮の予算が大きすぎたので、パルチョではこれから浮くはずの予算を戦争に用いる話が出た。


里帰りした妾姫たちの国から書簡が届き、天皇は激怒した。その国々は小国とはいえ帝国形成の元になっている。


謁見に訪れた新しいドゥリャーが、富国強兵を唱えた。



「畏れながら、小国の高ぶりは挫くべきかと」

「朝儀に取り上げろとでも言うのか」

「両パルチョでも、出兵を検討しております」

「それはならぬ」



わなわなと震える天皇を諫めるためにお茶を勧めた宦官が、その場で馘首になって、サナゼンにもう何日も寄宿していた。


この者は双子で、上司が封殺されたことから『あとはわが身』と口を控えていたにも関わらず、思わず開いた一言でいとまを出されたのだ。



清正が問題なのだ



去年の夏には寝食を共にした宦官同士、時には互いの裸を比べたりもした。宦官とて武芸を身に付けないわけにはいかない。こっそり剣を交えて汗だくになった。



「清正は……いや、帝姫殿は武芸が苦手で、何とか上達したがっていた。互いに双子の片割れだったから、話も弾んだものだ。あの頃から美しさばかりが目立つ奴だったが、上司に、天皇の持ち物だ、いずれは天皇に捧げるのだから手を出すなと言われて、何ともしがたい苛立ちを感じたものだ」



清正の面影が過る。


世にいと美しきは……



★★★★★★★★★★



宦官は宮廷から暇を出されたが、サナゼン高級祇廊に双子の弟が下男として働いていたのを良いことに、ただ飯を食らって酒を呷った。



「ヤスミチさん、宮廷ではどんな楽曲を演るの」



蛇琴ジャキンを弾いていた妓媛ギエンが部屋を覗く。



「おお、聞かせてやろう」



泰通は宮廷妓媛の踊りを真似て教え、楽曲も空で覚えている歌ばかりではなく、どうかすると自分で作ったのではないかと思えるような怪しげなものも出してきた。


サナゼンの妓媛は流石にプロの芸術家ではある。怪しげなものはうまく編曲して、閑古鳥の鳴く夜の出し物に使った。


宮廷官吏は驚いた。宮廷でも催事のあるときにしか演じられない楽曲が、替え歌のようになってサナゼンの客の前で舞われている。



「客は役人ばかりではなかろう。一般客の反応はどうだ」



妓媛はにっこり笑った。



「好評よ。ヤスミチさんたら、すっかりサナゼンに染まって。そんなにお客の反応が気になるの。表のことを気にしているってサチウミに知れたら、何を言われるか」


にっこり笑っても、客ではない泰通に品を作ることはない。



「うん。サナゼンのことは何も知らないからね」

「サチウミとそっくりなのに。ははは」

「幸海だって宮廷のことは何もわからない。私が幸海のような妓夫になれないのと同じだ」



七つで別れて宦官になり十三年。今年、二十歳になった。それで皇帝のお茶係にまで登れたのだ。泰通は見目麗しいでけでなく、優秀な宦官だった。


弟の幸海は、去年、妓媛と結ばれて、サナゼンで所帯を持っている。子供が生まれれば女なら妓媛、男なら下男としてサナゼンに属する者となる。


宦官だった身では所帯など持ちようがない。子供の請戻しのために働く必要もないが、養うべき家族もなくただ年を取るだけだ。



「双子といっても全く違うのね」

「それが生まれた理由さ。全く同じ人間なんていらないからね」

「ふうん。ここには双子の片割れがもう一人いたけど、男と女の双子で、一人はヤスミチさんと同じ宦官の方よ」

「知ってるよ。その人を呼んでくれないか。話があるんだ」

「ん、いなくなっちゃった。表で斬られる人もいたりしたからね。帰ってこれなくなっちゃったとか」



目玉がキョロキョロ動く。



「逃げたのか」

「多分……」



キョロキョロ動いていた目玉が泰通に止まった。



「何かを言って殺されたのかも」

「おお、怖いな。私は恵まれているわけだ」

「下手な口をきかなければね」

「そろそろ化粧でもしなければならないんじゃないのか」

「ヤスミチさん、妓夫になれなくてもヤスミチさんなら男妓媛にはなれるわよ。そういう趣味のお客もいるから」

「は、ははは。考えておく」






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