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13) 魅了の香りが
しおりを挟む詠み人知らずのままにサナゼンで演じられている舞に『いと美しき』という楽曲がある。同室の宦官だった清正が即興で謳い、天皇に見初められるきっかけとなったそれを、泰通は心に留め置いた。
この世界において
花の美しく咲き乱れ
芽吹く若枝を見る春の宴は
神のみわざを見るように美しい
いつか小耳に挟んだ
尊い真理が胸をよぎる
命を尊ぶのはこんな時だ
それは生きていくなかで
とても貴重な時間であり
本当に美しいのは
そんな心持ちのひと時だ
泰通は宴に呼ばれた。高位の役人らしい知的な雰囲気の客に、泰通は、忘れようと勤めていた宮廷官僚を思い出す。
挨拶のあと初めての献酌にこわごわ徳利を持って傾けると、何処からかえもいわれぬ香りがした。
泰通は、杯を重ねて酒が回ってくると、普段の寂しさもあってか自ら役人の胸に凭れた。
「泰通、お前は誰にでもこのようにするのか」
訊かれて震え上がる。
「いいえ。店にでたのは今宵が初めてですのでそのような」
どうしたことだ、私としたことが
答えひとつで殺されそうな場面なのに
頬が熱くて胸が高鳴る
「私の好きな香りがするのです」
確かに役人は泰通を落とすつもりで、隣国から輸入した麝香虎を高い金子を出して求めていた。ザカリアン・ヴェロウと呼ばれるその媚薬は、一滴を十万倍に薄めても近づく者を魅了する。
「香りか。それは残念だな」
役人は笑って杯を勧める。
「いいえ、あなた様のお話しくださることも、私は楽しく、また深く感じ入ります」
「そうか。お前は宮廷に通じておるから、私の話を理解できるのだな。良い酒の相手だ」
役人は、小国の姫君にかかる予算の管理をしていた。ひとけの無くなった後宮に、山奥に生息するようなシロハラが、エナガドリやツグミに入り雑じって花木の賑わいになっていることを、密かに愛でていた。
「はい。それでも、このサナゼンでも、政について語るのは危険でございます」
「ははは。お前は賢い。たいそう酔ったと思うのだが」
泰通は桃色に染まったトロンとした目付きで役人を見た。ザカリアン・ヴェロウの良い香りがする。衣服からの燻香なのか、それともオードトワレのように肌から発する香りなのか。いつまでも嗅いでいたい。惹かれていく。
「私が初めての客というのだな。それならば」
役人は泰通と唇を重ねた。泰通はそのまま倒れて首筋に口づけされながら、酒に酔ったのか香りに酔ったのかわからなくなる。
役人は続き部屋の布団に泰通を招き入れ、泰通は熱に浮かされた人形のように従った。
私はこの方がとても
好きな感じに思えて異存はないけど
もうお布団が敷かれているなんて
手回しが良すぎる
男妓媛として生きていくにしても
もっと通ってもらってからだ
「泰通……お前は天皇の怒りを買ったのだな」
はっと息を呑む。役人は秦道の揺れる目をじっと見つめた。
「は、はい。それでも命ばかりはお助け願えましたので感謝しております」
声が震えた。嘘ではないが嘘をついたような気がする。大勢の命が消えたことを知っている。
役人は衣服を脱がせながら言った。
「不安なのか。心配するな。お前を水揚げしよう。お前は私だけのものになるのだ」
泰通は久しぶりに飲んだ酒の酔いと、役人の肌の温かさにホロリとなって、天皇に殺された宮廷官僚を思い出した。
『泰通、ずっと一緒にいよう。清正のことは忘れてくれ。お前は私だけのものになるのだ』
そう言った男の温かかった胸。彼はもうこの世にいない。泰通は役人の頸にそっと手を回す。役人は泰通の耳に口をつけた。
「私を裏切らないと約束するなら……」
裏切るとは……まさかあなたも
天皇に奪われてしまう
なんてことにはならないですよね
食いつめているわけでも無いのに
勧められるままに杯を重ねて
まるで後宮で使われる
媚薬に落ちたかのように
自ら望んでしまうなどと
私としたことが……
ああ、惑溺してしまうこの香り
「はい、お約束致します。私は裏切りません」
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