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第五章/爆ぜる闘志

第十八話/終局

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アリスは四肢を大の字に開くと、全身に激しい電流を張り巡らせる。 それを合図にしたように、暗雲が浮かび上がってきて、ごろごろと雷鳴が聞こえる。

鋭い眼光は四人を捉えて離さない。

公安ハンター第二課の人間はというと、誰も動かない。 おそらくは、驚異的な変化に警戒しているのだろう。

皆が、棒立ちでアリスの前に扇状になって立っている。

険しい顔のアリスが前に手を伸ばすと、凄まじい雷撃が小牧の頬の肉を掠め取り、少量の血が吹き出し、焦げた傷口からは煙が上がっている。

「降参してください、抵抗は無駄です。 今の私は貴方たちを一秒で片付けられる。 そして、手加減はできません」

小牧が焼け焦げて、黒くなった傷口を手のひらで覆い隠して、ゆっくり離す━━と傷は完治していた。

「悪いが……降参するつもりは毛頭ない。 それに負けるとも思わん」

小牧は真面目な顔色を浮かべてアリスを睨めつけると、そう言った。

アリスは嘆息を漏らすと━━━━いつの間にか、小牧の後ろに回っていた。右手から伸びている、薄い青緑色に発光した、電流の走る光刃を小牧の首に当てながら。

それにしても、これだけ近付いても、体が腐敗しないのは、どういった理屈か、蓮には想像もつかない。

しかし、すぐに答えに辿り着く。 アリスの周りでオーラのように、より一層ばちばちと、電撃が爆ぜている。 あれはきっと、腐食の因子を焼き殺しているのだろう。

「これでも?」

冷たい声音でそう言うと、アリスが後ろから小牧を睨めつける。

「あぁ、俺たちの答えは変わらんよ」

小牧はアリスのことを気にも留めずに、胸ポケットからタバコを取り出すと、口に咥え、光刃に先端を押し当てて火をつけ、タバコを吸う。

タバコの紫煙が空気に溶け込んでいく。

「……残念です」

アリスの光刃を走っていた電流がばちばちと爆ぜた。
空気はより一層、張り詰める━━━━一触即発の予感。

いつ火気が持ち込まれるか分からない、ガスの充満した部屋にいるような緊張感に、蓮は胸が痛くなる。

しかし、成長し、殺意を剥き出しにしたアリスを前にして、平生でいられる小牧達が腑に落ちない。 彼らにはまだ、奥の手があるのではないか。

蓮の冒険者としての本能が警鐘を鳴らしている。

しかし、「一旦、退け」という声すらも、爆発の火種になってしまいそうな雰囲気。 手が出せずにいる。

十秒だったかもしれないし、一分だったかもしれない。
蓮にとって、酷く長い沈黙を破って、アリスが小牧の背から姿を消す━━━━

戦いが、始まる。

アリスの姿が消えて、ばちと音がして、空中に見えたと思うと、屋上の隅に、小牧の前に、という具合に「紫電一閃」の質が高まりすぎて、くっきりとした残像が見えるくらいのスピードになっている。

電撃の如き速度で振るわれた光刃は容易に彼らの肉を切り、骨を断つだろう。

勝負が決まる、そう思った刹那、アリスに人を殺されていいのか? と自分に問いかける声が聞こえる。

一度でも人を殺したらきっと、日常(こっち)には二度と戻ってこれない━━━━

全てが決まる寸前に蓮の情緒はぐちゃぐちゃになるが、止めるには既に遅すぎた。

全身に電流が走り、まるで雷のように発光し、三次元的に空を、地面を飛び交っているアリスが小牧の首元に迫る━━━━

アリスが人を殺めてしまう。

そう思うが先か、視界に理解できないものが飛び込んできた。

勢いをつけたアリスの光刃での斬撃を、平気な顔をして片手で止めている小牧の姿。

「な━━━━」

アリスは右手に震えるくらいの力を込めるが、光刃はばちばちと爆ぜるばかりで、一ミリたりとも前に進まない。

「アリス━━━━退けッ!!」

蓮の叫びを聞いたアリスは光刃を収め、電撃の如き速度で後退しようとするが━━━━小橋がそれを許さない。

「遅い」

アリスの強化された「紫電一閃」を凌ぐスピードで小橋がアリスの後ろに回って、驚愕した顔のアリスの腹に勢いのつけた回し蹴りを喰らわす。

ずざざざ、とアリスは蓮の後ろまで吹き飛んで、屋上に繋がる階段のある部屋に衝突、壁に沈み込み、大量の喀血を吐き出し、ばたと落ちる。

こんなヤツら、どうすれば倒せるんだ……

蓮の心の中に再び深い絶望の埃が積もる。 しかし、思考を停止させるわけにはいかない。
額に汗をかくほどに思考を加速させるが、勝算に繋がる道は一切、導き出せない。
 
そうしている間にも、つかつか、と四人は二人に迫ってくる。

死を覚悟するということはない、どこまでも生き延びてやろうと、頭は必死に勝算を導き出そうとしていた。

しかし、いつまで経っても答えが出ることはない。
為す術もないまま、死神達が近付いてくる。

「ハートは我らの手中だ」

小橋は、どこかで聞いた覚えのある名詞を呟いて、蓮を無視してアリスの方に歩んでいく。

せめて、アリスだけでも。

蓮は無駄だと分かっていながら、小橋の脚に掴みかかり、歩行を静止させようとする。

が、当然のように振り払われ、頭部に勢いのつけた蹴りを喰らう。 ゴミのように地面を転がると、鼻の奥で血の匂いがして、眼球の裏で星が舞う。

そして、腐食の因子を破壊していたアリスがダメージを受けたことで、再び因子は活動を再開したのか、胃に熱棒でも差し込まれたような、熱を伴う激しい痛みを覚えると喀血、血液で地面に大きな日の丸を作る。

「やめ……ろ!」

喉の粘膜が腐らされて、叫ぶこともままならない喉で力いっぱいに声を出す。 毛虫のように、体を這わせてアリスの元へ向かう。

精一杯、近付くが小橋の手の動く方が早い。
蓮が蹴られて、跳んだ状態から体勢を立て直す間にアリスの胸元に黒い瘴気を纏わせた手刀を差し込む。
アリスが口腔に繋がる臓器を損傷したのか、それによって、喀血を吐いてもものともせずに、胸の中で手をもぞもぞと動かしている。

「……め……ろ」

まだ、助かる。
アリスは四肢を切断されても、再生したんだ。
成長したんだから、回復効率も上がっているはず。

やっとのことで、小橋の脚を掴むと、服についた羽虫でも見るような冷たい目で睥睨されると、容易に振り払われて、再び蹴りを喰らわされて吹っ飛び、屋上の柵に衝突してやっと止まる。

「━━━━がッ」

肺の空気が一ミリたりとも漏らさず、外に出される。
激しい衝撃と腐食の進行か、鉄の臭いの混じった酸の嫌な臭いがして、嘔吐を抵抗する力もなく、赤色の吐瀉物を地面に撒き散らす。

脚を切断されて、止血をしていないからだろうか、ダメージが蓄積したからだろうか、はたまた腐食が脳にまで及んだのか。 復讐の憎悪と怒りに燃えているのとは対照的に、意識は微睡みを帯びていく。 視野が段々と狭窄していく。

アリスの胸から小橋の手が抜き取られ、激しく出血。 赤黒く血管の張った、光を反射してぬらぬらと光っている、手のひらに収まるサイズの、贓物のようなものが手の上で転がされている。

心臓。

男の手に心臓が握られている。
アリスは最後の力を振り絞ったかの如く盛大に喀血を吐くと、ぐったりとして、指の一本も動かない。

「━━━━あ」

頭の中が真っ白になる。

いくら言葉を尽くしても、今はこの感情を形容することはできない。
狂ったように白濁とした感情が、具体性の色を帯びていく。

金木がアリスに向けて右手を向けると、ぼおと音を立てて、まるで寝ているような安らかな死に顔をしているアリスが足元からどんどん燃えていった。

壁に沈み込んだアリスの体が焼け焦げていくのを傍観して、初めて分かった。

実にその感情は、虚無であった。

三人を殺され、人生に意義を見い出せなくなり、復讐という仮初の意味に依存し、そんな中でも自分の中で価値のあるものとして定義できるものがあった。 それがアリスだ。

アリスは、蓮の全てであった。

それ故に、彼女を失うということは、全てを失う。 虚無になることを意味していた。



仮に、俺に復讐をする力があったとして、彼らを殺して、何になるだろうか。

刹那の満足感は得られるかもしれないが、アリスも三人も戻ってこない。

ついさっきまで、復讐と憎悪の炎が燃え滾っていた俺の頭の中はすっかり白濁に塗り潰され、何も考えることができなくなっていた。

アリスの亡骸が真っ黒になる。

はは、と壊れた男の乾いた笑い声がして、地面に赤黒い吐瀉物を撒き散らす。

ちゃきと、音がして、ほぼ反射的に後ろを振り返ると、銃口が眼前に━━━━

至近距離でパァンと乾いた音がしたのと、視界がブラックアウトしたのは、ほぼ同時だった。

しかし、その幕間に俺は走馬灯のようなものを確かに見た。

アリスと出会ってから、彼女と打ち解けて、指名手配をされて、三人の家族を殺されて復讐を誓い、色々なことに挑戦して、色々な人間と戦って、人の優しさに触れ、再び全てを失った約二ヶ月の思い出が俺の脳内を走り抜けていった。

人生とは、本当に上手くいかないものだ、と思う。
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