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終章/epilogue
epilogue
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最初に目に入ったのは、眩しすぎる人工的な明かりだった。
「先生! 早見さんが意識を取り戻しました!」
ぎぃとパイプ椅子が軋む音。
それから少しして、ドアの開く音を聞く。
蓮の意識は騒ぎ立てる声と、忙しげな足音で輪郭が縁どられていく。
体を起こそうとしたが、動かない。 長い間、植物状態だったのだから、当たり前なのだが、夢の世界では自由自在に動けていたので違和感を否めない。
やっとのことで首を動かして、左右を見ると、蓮は予想した通り、病院の清潔感のある白くて大きいベッドに寝ている様子。
五分ほどして医者と思しき、白い顎髭を蓄えた、優しそうな顔の造りをした黒縁眼鏡をかけた肥満気味の中年男性が額に汗をかきながら、小走りでやってきたところで、意識は再び闇に落ちていく。
◇
お見舞いにやってきた母親から話を聞くと、どうやら蓮は十三歳の時に義父からの家庭内暴力によって頭部に外傷を負い、それから三年近くの間、ずっとこの私立の病院で眠っていたらしい。
防衛機制か、義父から植物状態になるほどの暴力を受けた記憶はない。
流石に温厚な母親も自分の息子を殺されかけては黙っていられず、実家に逃げ帰ったり、狭いネットワークを駆使して優良な法律事務所に駆け込み、一年ほどかけて離婚したとのことだった。
そうか、今、家に帰ってもあの男はいないのか。
だが、それによって蓮は安心するわけでもなかった。
なんだか余りに漠然としていて、そうして夢の中の常識が通用しなくって、未だに別の夢の中にいるような気がしている。
しかし、それよりも義父の暴力に対する恐怖が薄れたというのが大きい。 いざとなったら、夢の中での戦闘経験があるし、拳での殴打などは絢音からの殺害に比べたらあまりにも生易しすぎるからだ。
二ヶ月ほどリハビリをして、ゆっくりと動かせる箇所を増やしていくと、三ヶ月目にはもう病院を出られるということになった。
今では体の部位が動かず、特に不自由するということはなく。 退院祝いに母親から買ってもらったノートパソコンで、指先を器用に使って、夢の中での出来事を最大手小説サイトでフィクションのWeb小説として連載したりしている。 あまり、評価されている方ではないのだが。
もっとも、絢音の言っていることが正しいのならアビスや悪魔といった存在は実在しているらしいが。
しかし、それらと蓮が関わるということはないだろう。
アビスは支配機構「W.O.U」が絢音に洗脳されたことによって地上に召喚された禁忌。 上手くやれば、簡単に都合の悪い低所得者を殺せるとはいえ、そう易々と決断はできないだろう。
退院して、しばらくは無職で進路を考えることになる。 高校進学は、私立は家庭の経済的事情から難しく、公立高校への入学も、低偏差値高校ならば学力的には問題はないのだが、母親が蓮を実父や義父と同じ人種の人間と一緒の空間にいさせるのを良しとしなかったので、無しとなった。
同年代が中学校で常識や進路に関する情報を手に入れていたのと比べると、大分アドバンテージがある。
同年代達と同じだけの時間を生きていたとはいえ、夢の世界にいる中では、アビス攻略以外での金の稼ぎ方というものを知ることはなかったので、何の常識もない中卒でも出来る仕事となるとかなり限られてくるのだった。
そのため、当面は勉強をして、高卒認定試験に合格し、高卒の資格を手に入れ、進路の幅を広げることになった。
かと言っても、特にこれがやりたいということもなく、毎日一時間ほど勉強をして、残りの時間は執筆をしたり、アニメや映画を視聴したり、今まで興味こそあれど手を出せなかったウイスキーに手を出してみたりするという、以前の蓮からは考えられなかった愚鈍で怠惰な暮らしをしている。
蓮は同年代達より少しだけ早いモラトリアムを謳歌していた。
◇
二〇二四年、四月の初め。
蓮は目覚まし時計で朝八時ちょうどに起床した。
今日も、いつもと同じ一日が始まると思っていた矢先に、リビングから母親のもはや悲鳴に近い喚声で意識が否応なしにそちらに向かわされる。
一体、なんだというのだ。
布団を片付け、軋む床を歩いて、リビングに向かうと母親が顔面を蒼白にして、テレビ画面に張り付いていた。
「母さん、変な声をあげて、一体どうしたんだ」
声をかけられて、やっと蓮の存在に気が付いたのか、ゆっくりと首を動かして蓮を見る。
その顔には恐怖、何かに頼りたそうな表情が貼り付けられていた。
「蓮……これ」
言って、テレビ画面を指差す。
テレビ画面には、同じく顔面を蒼白にした、若い女性のアナウンサーがカメラを直視して、必死に何かを訴えている。
━━━━東京二十三区、各都道府県の県庁所在地。
寝起きの頭に、辛うじてそれらの単語が入力されるが、上手く処理されない。
しかし、蓮はその単語群に、聞き覚えがあるというどころの話ではなかった。 それらと密接に関わりがあった。
アナウンサーが必死に何かを伝えているのを遮って、LIVE映像が流される。
そこには━━━━全長百メートルはくだらない、非常に歪で、不可思議で、不理解なフォルムをした、巨大な塔が東京都内に聳立しているという、夢の世界で見たものと全く変わらない光景が広がっていた。
それを男のアナウンサーが必死になって、上空から中継しているという内容。
蓮は落雷に打たれたかの如く衝撃を受ける。
テレビ画面に映されている巨塔に、意識は釘で打たれたように離れなくなり、母親の声も聞こえない。
そして、改めて今の状況を理解すると、自然と、口角が上がった。
今ここから、再び、早見 蓮の人生が動き出そうとしていたのだから。
「先生! 早見さんが意識を取り戻しました!」
ぎぃとパイプ椅子が軋む音。
それから少しして、ドアの開く音を聞く。
蓮の意識は騒ぎ立てる声と、忙しげな足音で輪郭が縁どられていく。
体を起こそうとしたが、動かない。 長い間、植物状態だったのだから、当たり前なのだが、夢の世界では自由自在に動けていたので違和感を否めない。
やっとのことで首を動かして、左右を見ると、蓮は予想した通り、病院の清潔感のある白くて大きいベッドに寝ている様子。
五分ほどして医者と思しき、白い顎髭を蓄えた、優しそうな顔の造りをした黒縁眼鏡をかけた肥満気味の中年男性が額に汗をかきながら、小走りでやってきたところで、意識は再び闇に落ちていく。
◇
お見舞いにやってきた母親から話を聞くと、どうやら蓮は十三歳の時に義父からの家庭内暴力によって頭部に外傷を負い、それから三年近くの間、ずっとこの私立の病院で眠っていたらしい。
防衛機制か、義父から植物状態になるほどの暴力を受けた記憶はない。
流石に温厚な母親も自分の息子を殺されかけては黙っていられず、実家に逃げ帰ったり、狭いネットワークを駆使して優良な法律事務所に駆け込み、一年ほどかけて離婚したとのことだった。
そうか、今、家に帰ってもあの男はいないのか。
だが、それによって蓮は安心するわけでもなかった。
なんだか余りに漠然としていて、そうして夢の中の常識が通用しなくって、未だに別の夢の中にいるような気がしている。
しかし、それよりも義父の暴力に対する恐怖が薄れたというのが大きい。 いざとなったら、夢の中での戦闘経験があるし、拳での殴打などは絢音からの殺害に比べたらあまりにも生易しすぎるからだ。
二ヶ月ほどリハビリをして、ゆっくりと動かせる箇所を増やしていくと、三ヶ月目にはもう病院を出られるということになった。
今では体の部位が動かず、特に不自由するということはなく。 退院祝いに母親から買ってもらったノートパソコンで、指先を器用に使って、夢の中での出来事を最大手小説サイトでフィクションのWeb小説として連載したりしている。 あまり、評価されている方ではないのだが。
もっとも、絢音の言っていることが正しいのならアビスや悪魔といった存在は実在しているらしいが。
しかし、それらと蓮が関わるということはないだろう。
アビスは支配機構「W.O.U」が絢音に洗脳されたことによって地上に召喚された禁忌。 上手くやれば、簡単に都合の悪い低所得者を殺せるとはいえ、そう易々と決断はできないだろう。
退院して、しばらくは無職で進路を考えることになる。 高校進学は、私立は家庭の経済的事情から難しく、公立高校への入学も、低偏差値高校ならば学力的には問題はないのだが、母親が蓮を実父や義父と同じ人種の人間と一緒の空間にいさせるのを良しとしなかったので、無しとなった。
同年代が中学校で常識や進路に関する情報を手に入れていたのと比べると、大分アドバンテージがある。
同年代達と同じだけの時間を生きていたとはいえ、夢の世界にいる中では、アビス攻略以外での金の稼ぎ方というものを知ることはなかったので、何の常識もない中卒でも出来る仕事となるとかなり限られてくるのだった。
そのため、当面は勉強をして、高卒認定試験に合格し、高卒の資格を手に入れ、進路の幅を広げることになった。
かと言っても、特にこれがやりたいということもなく、毎日一時間ほど勉強をして、残りの時間は執筆をしたり、アニメや映画を視聴したり、今まで興味こそあれど手を出せなかったウイスキーに手を出してみたりするという、以前の蓮からは考えられなかった愚鈍で怠惰な暮らしをしている。
蓮は同年代達より少しだけ早いモラトリアムを謳歌していた。
◇
二〇二四年、四月の初め。
蓮は目覚まし時計で朝八時ちょうどに起床した。
今日も、いつもと同じ一日が始まると思っていた矢先に、リビングから母親のもはや悲鳴に近い喚声で意識が否応なしにそちらに向かわされる。
一体、なんだというのだ。
布団を片付け、軋む床を歩いて、リビングに向かうと母親が顔面を蒼白にして、テレビ画面に張り付いていた。
「母さん、変な声をあげて、一体どうしたんだ」
声をかけられて、やっと蓮の存在に気が付いたのか、ゆっくりと首を動かして蓮を見る。
その顔には恐怖、何かに頼りたそうな表情が貼り付けられていた。
「蓮……これ」
言って、テレビ画面を指差す。
テレビ画面には、同じく顔面を蒼白にした、若い女性のアナウンサーがカメラを直視して、必死に何かを訴えている。
━━━━東京二十三区、各都道府県の県庁所在地。
寝起きの頭に、辛うじてそれらの単語が入力されるが、上手く処理されない。
しかし、蓮はその単語群に、聞き覚えがあるというどころの話ではなかった。 それらと密接に関わりがあった。
アナウンサーが必死に何かを伝えているのを遮って、LIVE映像が流される。
そこには━━━━全長百メートルはくだらない、非常に歪で、不可思議で、不理解なフォルムをした、巨大な塔が東京都内に聳立しているという、夢の世界で見たものと全く変わらない光景が広がっていた。
それを男のアナウンサーが必死になって、上空から中継しているという内容。
蓮は落雷に打たれたかの如く衝撃を受ける。
テレビ画面に映されている巨塔に、意識は釘で打たれたように離れなくなり、母親の声も聞こえない。
そして、改めて今の状況を理解すると、自然と、口角が上がった。
今ここから、再び、早見 蓮の人生が動き出そうとしていたのだから。
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