呪われた令嬢の辺境スローライフ

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第10話 森の中

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 ソードマスターとの戦いを終えたクロエは、その場に座り込んだ。
 呼吸が荒く、全身が疲労と脱力感で動けない。

「はぁ・・・もう、ダメかと思った」

 あの時、血を飲んで力を得なければ、クロエは敗北していた。
 そうなれば、あの男の従魔になる事は避けられなかっただろう。 
 自分が人間の従魔になったらどうなってしまうのだろうか?
 奴隷以下の家畜として扱われ、あの男の性のはけ口にされる?
 もしかしたら、奴隷として他の貴族に売られるか見せ物にされるかも知れない。

 そうなったら、自分は人間の心でいられるのだろうか?

 今ですら、人間の理性をギリギリで保っている状態なのに、これ以上は耐えられそうに無かった。

「・・・あの子を探さないと」

 クロエは、考える事をやめて、立ち上がった。
 まだ身体が怠いけど、獣の回復力のお陰で、歩けるくらいには回復した。
 血を飲めば、もっと早く回復するのだろうが、クロエは、必死に我慢した。
 血の味を覚えてしまった事をクロエは後悔していたからだ。

 知らなければ良かった。

 もう、クロエは普通の食事で満足する事は出来ないだろうと確信していた。
 人間の血を飲み過ぎれば、依存してしまう気がした。
 薬物中毒の様に、血を求める様になれば、自分は本物の魔物になってしまうだろう。
 だから、極力、血は飲まない様にしなければいけない。
 
 人間で在り続ける為に。

「どこに行ったの?」

 クロエが馬車の荷台を確認すると、少女の姿はどこにも無かった。
 それどころか、少女の母親の死体も消えている。
 
 暫く、辺りを確認してみたが、どこにも見当たらないし、気配すら感じられない。

「・・・逃げたのかな?」

 もしかしたら、呪われたクロエの姿を見て、怖くなって逃げ出したのかも知れない。
 または、クロエが殺した盗賊の死体を見て、恐れを成したか・・・どちらにせよ、あの少女が戻ってくる事は無いだろう。

「母親が生きていたなら、大丈夫だよね」

 幸い、母親の姿も無くなっていたので、親子で逃げたはずだ。
 なら、これ以上クロエが探す必要は無いのかも知れない。

「イステリアまで歩くしかないか」

 馬も御者も死んでしまったので、乗合馬車はもう使えない。
 クロエは仕方なく、荷台からカバンを取り出して、歩き始めた。
 血塗れの姿を見られるわけにもいかないので、街道を避けて森の中を進んで行く。

 暫く歩いていると、森の奥から水の流れる音が聴こえてきた。

「向こうに川があるのかな?」

 全身にベットリとこびり付いた人間の血を洗い流さないといけない。
 このままでは、肉食獣を誘き寄せてしまうし、血塗れで次の町に行くわけにもいかない。

 クロエは川を目指す事にした。

「綺麗」

 草を掻き分けて進んで行くと、小川が見えてきた。
 森の中には湧水がある様で、上流からゆっくりと流れてきていた。
 水は泳いでいる魚が見えるくらい透き通っており、綺麗だ。
 
「美味しい」

 手で掬って飲むと、冷たくて美味しい。
 川には大きめの魚も泳いでいて、水深もそれなりにある。

「こんな森の奥だし、誰もいないよね?」

 クロエは、血に染まった白いシャツと革製のホットパンツを脱いだ。
 下着は着ていないので、全裸になったクロエは、足先から川に入る。
 少し冷たいが、気持ちが良い。
 ゆっくりと膝まで入れると、そのまま肩まで浸かった。

「気持ち良い」

 久しぶりに水浴びができたクロエは、幸せそうに顔が緩んでいた。
 汚れや血が洗い流されていく快感と衣服を脱ぎ捨てた開放感で最高の気分だった。

 獣の本能が衣服を拒絶するのに、この数ヶ月は、ずっと厚着をしなければならなかったので、フラストレーションが溜まっていた。

 しかし、この開放感は、病みつきになりそうだ。

 クロエは、水の上で仰向けに浮かびながら、空を眺めた。
 鳥の囀り、虫の鳴く音、川の流れる音、風と木々の揺れる葉音、その全てが心地良く、クロエは野生に帰った様な気持ちになれた。

「このまま、獣として森に住むのも悪く無いかな?」

 裸で、好きな事をして、狩をしながら犬として生きて行く。
 そんな自由な生き方も有りなんじゃ無いかと思う。

 唯一つ、気掛かりがあるとするならば、孤独だという事だ。
 犬や狼も群れを作って生きていく生物だ。
 家族も恋人も友達も居ない森の中で、ずっと独りで生きていくのは、やはり寂しい。

「せめて、彼氏でも居れば違うのかな?」

 とは言え、これまで誰とも付き合った事が無く、恋愛経験も無いクロエには、イメージが浮かばなかった。
 それに、今のクロエには、人間がただの肉にしか見えない。
 だから、人間はクロエの恋愛対象には成り得ない。
 ならば、クロエが愛すべき相手は何だろうか?
 
「・・・やっぱり犬なのかな?」

 雄犬の凛々しい姿を想像するだけで、クロエは発情期の雌犬の様にムラムラと欲情してしまう。
 
「私って、変態なのかな?」

 クロエは、無意識に右手が下半身に伸びてしまうのを止められない。
 獣になったせいか、性欲も強くなった気がする。
 いくら、人間だの、貴族だの、令嬢だのと言っても、性欲に負けた瞬間、所詮、自分も唯の獣に過ぎないのだと実感してしまう。

 クロエは、森の中で、静かに喘ぎ声を上げ、何度も逝った。
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