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始まり

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  ・・・眩しい。

 漆黒で厚手なカーテンの隙間から洩れる強い光で俺・・・神谷練かみや れんは目を覚ました。
 季節は秋になり、室内は肌寒い空気で満たされている。

「朝か・・・」

 俺は眠い目を何とか開きながら、ベッドの脇にある時計に目をやる。
 針は7時を指している。

 今日は確か、水曜日だ。

 仕事の準備をしなければいけないと頭で理解はするが、俺の身体はまだ睡眠を欲しており、温かい布団が俺を離さない。
 俺が二度寝の誘惑と葛藤していると、モフモフで愛おしい感触の何かが足下で蠢く。
 モフモフは飼主の目覚めに気付き、あろうことか、主人である俺の胸に飛び乗った。
 もふもふの正体は、去年の春から家族となった2匹の愛猫達だった。
 名前は、アインとシュタイン、毛長でフサフサな焦げ茶色のメスがアイン、艶やかな黒色で短い毛並に長い尻尾を持つオスがシュタインだ。
 覚えやすくて、いい名前だと自画自賛していた。
 愛猫達は、早く朝飯を出せと、にゃーにゃー急かしてくる。

 愛猫達の合唱に根負けし、俺はベッドから起きた。
 猫の水を取り替え、缶詰を開けると、アインとシュタインが足下に擦り寄ってくる。
 二匹に平等に餌をやり、いつものように、顔を洗い、歯を磨き、スーツに着替える。 
 時計を見ると、針は7時20分を指している。
 テレビを付け、朝のニュースを見る。
 最近は「目撃情報が増加している未確認生物についての話題」と「フォースを利用した能力開発の話題」が殆どだ。
 30年程前、石油の枯渇により、各国が紛争を繰り返していた時代、日本が新エネルギー”フォース”を発見した。
 追随して各国が、フォースの研究に資金を投資し、エネルギー革命が起きた。
 特に注目を浴びた研究が、家畜を使った電力発電だ。
 強制的に家畜のフォースを解放し、そのフォースを電力に変換をする技術を開発した。
 これにより、エネルギー問題は解消し、今では、エコエネルギーとして、フォースが世界の約8割の電力をカバーしている。
 しかし、最近は、フォースを利用した能力開発の研究が進められており、能力開発に対して、世間の反発が強くなっている。
 フォースの解放のために、脳の”大脳辺緑系”をいじる必要があることがリークされ、国民の反発に繋がった。
 能力開発の実験自体は順調に進んではいるのだが、一部では、脳に後遺症を残したという話も有り、それがニュース等で大きく取り上げられてしまい、国民の不安を煽っている。
 
 俺は、他人事では無いと感じながら、ニュースを観る。

 なぜなら、俺も能力者だからだ。

 このような世間の認識があるため、能力を公にすることができないでいた。
 ただ、ニュースの内容と違うのは、俺は、”大脳辺緑系”をいじってはいないということだ。

 俺は、自力でフォースの解放に成功した希少な存在だった。

 5歳の頃に”希望の研究”として話題だったフォースに強い関心を持ち、フォースについて調べるようになった。
 小学3年生の時に、父にせがみ、研究所の見学に連れて行ってもらい、実際に目の前でフォースに触れてから、俺の中で大きな力が溢れるのを感じた。
 俺は必死に訓練した。
 最初はフォースを操る練習、次に、フォースを纏い身体能力を上げる練習、最後は能力を開発する研究だ。
 フォースの操作や纏う訓練は割とすんなり習得した。
 俺が小学5年生に上がる頃には、自由にフォースを操れるようになっていた。

 しかし、能力開発で苦労する。

 俺は、当時、陸上部に所属しており、走ることが好きだった。
 能力を考える時、最初に頭に浮かんだ事・・・それは、地面以外も自由自在に走ってみたいという単純な願望だった。
 
 最初にイメージしたのは、風を操る能力だった。
 しかし、自由に走るのとは違った。
 次にイメージしたのは、重力を操る能力・・・これも「走る」のとは何か違う。
 最後にイメージしたもの、それは、空間に触れるということだった。
 たまたま、近所のデパートで開かれていたパントマイムのショーを見たのがきっかけだった。

 何も無い空間でも、パントマイムのように触れることが出来れば、自由自在に走り回ることが出来るのではないか?・・・そう思った。
 
 俺は身体にフォースを纏い、必死に練習をした。
 しかし、一向に上手くいかなかった。
 どうしても、空間に触れることができないのだ。
 傍から見たら、ただのパントマイムの練習にしか見えない。
 時折、両親や近所のおばさんに見られ、心配されたので、裏山に行って、独りで練習する時間が増えた。
 ・・・毎日5時間以上を、能力開発に費やした。
 子供ながら凄い集中力で努力した。
 時折、能力の使いすぎで、倒れる日もあった。

 そんな努力を続けられたのは、「好奇心」と「自信」が異常に強かったからだろう。
 自由自在に走り回ることができたら、どれ程気持ちがいいのだろうか?
 ・・・その過程に「苦しい」という感情は一切無かった。
 俺はただ、愉しみで仕方なかったのだ。
 そして、信じていた。

 自分には、必ず出来ると。

 そして、中学に入学した年、俺は、初めて空間に触れる事ができた。
 成功したきっかけは、単純だった。
 フォースの量が不足していたのだ。
 成長と共に大幅にフォースが増え、込めるフォースの量を大幅に増やすことが出来たことで、俺の「願望」が「現実」となった。

 空間の感触は、硬く、力強かった。

 まるで、鋼鉄の壁に触れているような感覚が手に伝わる。
 ただ、冷たくも暖かくも無い、そんな見えない鉄の壁が目の前にあるような感覚だった。
  
 そして、中学卒業時には、自由自在に、空間を走ることが出来るようになっていた。

 その後、様々な能力を検証し、自身の「フォース」を限界まで使うことで、大幅に「フォース」の容量が増えた事を実感した。
 しかし、当時のニュースで、電力発電に使われていた家畜が、「フォース」切れにより、死亡したという事件があり、だいぶ怖い思いもした。
 
 高校卒業時、俺は知る事と成る。

 空間は歪める事が出来ると・・・。

 神谷練は、自身の能力を名付ける。

空間干渉インターフェア
 


「2255年10月10日水曜日の天気は曇時々雨です。夕立にご注意下さい」

 いつの間にか、ニュースが終わり、今日の天気予報に変わっていた。
 時計は7時40分を指している。俺は鞄と傘を持ち、玄関に向かう。

    空は曇。
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