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世界の崩壊

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 東京の中心地、そこには、何もない土地が広がっていた。
 先程まで存在したビル群は、全て跡形も無く消え去っていた。
 
 その上空には、一人の男が浮いている。
 男は、銀髪の髪を靡かせ、金色の瞳で、真直ぐに前を見据えていた。
 まるで絵画に描かれている英雄の様な美貌を持っており、その表情には、薄く笑みを浮かべていた。

 その金色の瞳が見据える先には、同じように一人の男の姿が在った。
 ジーパンに黒いジャケットを羽織り、黒色の髪を持つ男。
 漆黒の様に深く黒い瞳には、怒りとも悲しみとも読み取れる、深く暗い感情が表れており、真直ぐに銀髪の男を見つめていた。

「やあ、レン!待っていたよ・・・親を見殺しにしたんだね。高校の頃、レンのお母さんが作ってくれたカレーは美味しかったのに、残念だなぁ・・・そんなに、あの女の子が大事だったのかい?クフフ」
 クロードの言葉一つ一つがレンの神経を逆撫でる。
「クロード、俺は、お前の事をよく知っていると思っていた・・・だけど、お前は、誰なんだ?なぜこんな事をした?」
「クフフ、それを聞いてどうするんだい?理由を聞けば、僕を許せるのかい?」
「許せるわけがないだろう!・・・でも、知りたいんだ!なぜ、俺の親は殺された!?なぜ、こんなにも多くの人が死んだ!?なぜ、お前がこんな事をした!?俺は、お前を許せないし、許したくもない!でも、理由ぐらいは、教えてくれてもいいだろう?理由も無しに、俺の両親が、こんなに多くの人が殺されたなんて、考えたくもない」
「クフフ、理由かい?・・・レンの絶望する顔が見たいから、って言ったら怒る?」
 
 レンの瞳が、より深く暗い黒色に染まる。
 レンの身体を、どす黒いオーラが包み込んだ。

「そうか、もういい・・・俺は、お前を・・・殺す」

 一瞬にして、黒いフォースを纏ったレンの拳が、クロードの眼前に迫った。
 しかし、クロードの全身を纏う黄金色のオーラに触れる寸前で、レンの拳は静止した。
 クロードのオーラの危険性を確認していたレンは、直前で空間の壁を殴り、【衝撃伝達】により、拳の威力のみをクロードの顔面へと伝えた。 
 
 クロードの顔面は、凄まじい衝撃で殴られたように、身体ごと後方へと吹き飛ばされる。
 数十キロもの距離を吹き飛び、そのままビルを何棟か貫いた所で静止した。
「クフフ、神ですら、死力を尽くして、やっと僕にかすり傷を付けたというのに・・・素晴らしい能力ですね。恐らくレンは、僕に攻撃を与えることが出来る唯一の存在だよ」
 クロードは、口元から垂れる血を、親指で拭った。

「・・・殺すつもりで、殴ったんだがな」

 一瞬にして、クロードの近くまで移動していたレンが、クロードを睨む。

「クフフ、良いですねぇ、その表情・・・僕はレンが絶望する顔をもっと見たいなぁ・・・あぁ、そうだ。いい事を思いついたよ!」

 クロードの表情がパッと明るくなり、突如、黄金色のオーラを急速に増大させたため、レンは即座に距離をとった。
 このオーラはやばい!触れると消される。
 先ほど、空間認識を通して、吉田早織が消された瞬間を確認していた。

 あいつは、変わった奴だったけど、嫌いでは無かった。
 ・・・本当だ。
 ただ、クロードと対峙していた時の吉田早織は、俺以上のフォースを纏っていた。
 にも拘らずクロードに消されている。
 恐らく真向勝負をしたら、俺も負けるだろう。
 だから、冷静さを失わずに、頭を使う必要がある。

 クロードが両手を広げると、黄金色のオーラが輝きを増し、空が眩い光に包まれる。
 段々と、光が収まり、視界が開けると、その光景に絶句した。

 10万を超える数の全身鎧フルプレートの天使達が東京の上空を埋め尽くしていた。

「はっ、何だよこれ!」
 レンは、奥歯を食いしばる。
 これほどの数の全身鎧フルプレートをまともに相手にしては、先にこっちの力が尽きてしまう可能性が高い。
 クロード相手に、無駄な力を使うわけにはいかない。

「クフフ、【異形創造】っていう能力なんだ。すごいだろ?・・・僕も、これだけの数を創ったのは初めてだよ。普通は、5体もいれば、世界を破壊し尽くせるからね。天使達よ!命令だ・・・・木下恭子を・・殺せ!」
 クロードは、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
 
「ふっ、ふざけんな!クロード!てめぇは-!」
「さあ!レン!楽しもうじゃないか!君は何を守れる?何を選ぶ?復讐か?愛する者か?世界か?・・・予言しようレン、君は、全てを失う」

 一斉に、全身鎧の天使達が動き出す。

 俺は、即座に空間認識を発動し、キョンちゃんの位置を探した。
 キョンちゃんは、直ぐに見つかった。
 位置は、ちょうど俺の真下・・・何故こんな場所に!?
 下を見ると、キョンちゃんと目が合った。
 俺が貸したジャージとTシャツを着たままの姿で、靴は履いておらず、足は汚れ、所々怪我をしている。
 相当な距離を、裸足で歩いてきたのだろう。

「キョンちゃん!!なんで、ここに!?」
 俺は、焦って声を荒げる。
 この状況は、非常に不味い。
 敵のど真ん中で、キョンちゃんを守るのは危険だ。

「レン君!だって・・・後悔、したくなかったから!・・・あのまま、待っていたら、私、二度とレン君に会えなかったと思う!私、もっとレン君と話したい!お酒もまた一緒に飲みたいし、仕事も一緒に頑張りたい!私・・・このまま、レン君と離ればなれなんて嫌だ!」
 キョンちゃんは、大粒の涙を流しながら、可愛い顔をくしゃくしゃにしながら叫んだ。

「あぁ、置いて行ったりして、ごめん。心配かけたね」
 俺は、即座にキョンちゃんの目の前に立ち、キョンちゃんを優しく抱きしめた。
 薄着な上に、素足で秋の肌寒い中、長時間歩いたのだろう。
 その身体は冷え切っており、小刻みに震えている。
 どうしようもない愛おしさが、湧き上がってくるのを感じる。

「ううん。いいの、私、頑張って追いつくから!レン君の傍でいられるように頑張る!」

 俺とキョンちゃんを取り囲むように、天使達が包囲陣を作っていく。
 その間隔は段々と狭まっており、壁の様に迫ってくる。
 俺は、キョンちゃんの両肩を掴み、真直ぐにキョンちゃんの瞳を見つめた。

「キョンちゃん・・・ありがとう!俺は、どこにも行かないよ!」
「うん・・・レン君・・・お願い・・・死なないで!」

 キョンちゃんが、俺の胸に顔を埋めて嗚咽を上げている。
 胸が熱くなるのを感じる。
 腹の底から、力が湧き上がって来る。
 今なら、なんでも出来る気がする。

 俺が・・・必ず守る!

 ドクン!と心臓が波打つように、空間が揺らいだ。
 俺の身体からは、凄まじい量のフォースが放出されている。
 その強大過ぎるエネルギーに耐えられず、空間が外側へと押しやられていた。

 まるで、荒波に押しやられる様に、レン達を包囲していた天使達が、吹き飛ばされていく。

 レンのフォースは、直径300キロ圏内を包み込んだ。
 包まれた空間の中は、重苦しい程に、濃密なフォースが満たされている。

 レンは、右足を上げ、大地を踏み潰す様に降ろした。
 その瞬間、全ての天使達が、何かに上から叩かれたかの様に、凄まじい速度で、大地へと堕ちる。
 全ての天使が、例外なく大地へ叩きつけられ、何かに上から押しつぶされているかの様に、立ち上がることは出来なかった。
 レンが足に力を込めると、空間の壁に押し潰され、天使達は、より深く大地へとめり込む。
 
 だが、いくら押し潰しても、天使達の身体には亀裂すら付くことは無い。
 
 今度は、天使達の下から、空間の壁を押し上げ、上空へと持ち上げた。
 全ての天使達は、上下から、空間の壁に押し潰されており、身動き一つ取ることは出来ない。

 レンが右手を、天に掲げると、【空間圧縮】により、全ての天使達が、レンの上空、右の手のひらの先へと集められた。
 まるで、巨大な塊のように密着した状態となっている天使達をレンは見つめる。

 そして、右の手のひらを閉じ、拳を握った。
 まるで、何かを握りつぶすかのように、力を込める。
 その瞬間、10万もの全身鎧フルプレートの天使達で出来た巨大な塊が、ベキベキと音を立てながら、押し潰されていく。
 その大きさは、見る見ると小さく圧縮され、最終的には、空間ごと手のひらサイズまで握りつぶされた。

「次は、お前の番だ!クロード!」
 レンが、天に向かって指を刺すと、その先には、薄ら笑いを浮かべているクロードの姿があった。
 距離は、約50メートル。

「クフフ、やっぱりレンは、化物だね!・・・僕たちは似ている・・・だから、こんなにも愛おしくて、憎い!・・・さぁ、フィナーレと行こうか!」
 
 クロードが、右手に黄金のオーラで光弾を創り出した。
 バレーボール程の大きさの、その光弾には、凄まじいエネルギーが凝縮されている。
 恐らく、先の10万の天使達を全て足しても、足りない程のエネルギーがたった一つの光弾に込められているのだ。
 レンは、背中にドッと汗が噴き出るのを感じた。
 脳内で、危険信号のアラームが引っ切り無しに響いている。

「・・・あれは、やばいな」
「え!?ど、どうしようレン君!!」

 クロードは、右手をレンへ向け、光弾を放った。
 クロードの右手から放たれた光弾は、放たれた瞬間、急速に膨張していく。
 空を全て覆いつくさん程に巨大化していく光弾が直ぐ目の前まで迫りくる。
 普通に逃げたんじゃ、脱出する前に押しつぶされる。
 
 レンは、木下恭子を右腕で抱き寄せると、自身と木下恭子の空間を固定した。
 そして、北へ100キロの地点と、空間を真直ぐに伸びた廊下の様に繋いだ。
 【空間圧縮】の応用技【空間転移】だ。
 自身の空間、仮にA地点としよう、それと繋いだ先の空間、B地点との間、真直ぐに伸びた廊下状の空間を、圧縮し縮める事で、A地点とB地点の距離を限りなく0にする技術だ。
 レンが、空間転移を発動すると、遥か遠くの空間が、まるで目の前にあるように映った。そこへ、一歩踏み出した瞬間、圧縮していた廊下状の空間を元に戻す。
 一瞬にして、さっきまでいた場所が、遥か遠くへと離れていく。
 先程まで、ビル群に囲まれていたのに、今は、深い森林に囲まれている。
 ここは、恐らく群馬県のどこかだろう。
 
「あ、あれ!?・・ここ、どこ?・・・さっきの光は?」
 キョンちゃんが、一瞬にして周囲が変化したため、混乱している。
「多分、群馬県かな。俺も焦ってたから、正確な場所はわからないけど」
 レンは、遥か南、東京の方へ顔を向けた。

 遥か遠くの方に、黄金色の光が見えた・・・・段々と大きくなっているように見える。 
 3秒後、戦慄が走った。黄金色の光は、次第に巨大化しており、こっちに迫ってきているのだ。
 
「あり得ないだろ!!」
 レンは、即座に、キョンちゃんを抱きかかえ、空を駆けながら、光から全力で遠ざかる。 

 キョンちゃんを包み込むようにフォースシールドを張り、マッハ10の速度で掛けているにも関わらず、光が迫る速度の方が早い。
 もう一度、空間転移を使うか?
 しかし、あの光が、どこまで追いかけてくるかも分からないのに、闇雲に逃げても無駄だ。
 
「クソ!早い・・・なら、上だ!」

 レンは、空間の壁に右足を踏み込む、空間の壁は、グニャリと沈むように歪み、一気にばねの様に元に戻る。
 その反動を利用し、一気に上空8000メートルまで飛んだ。

 空気が薄くなるが、フォースシールドの中に留めていた酸素のお陰で、短時間なら問題ない。
 キョンちゃんを見ると、半ば放心状態で下を見ている。
 身体は震えており、カチカチと歯がぶつかる音を立てている。

「キョンちゃん、大丈夫?ごめん、少し、無茶だったかな」
「う、ううん・・・大丈夫・・・ちょっと、高い場所は、苦手で。そんな事より、さっきの光は・・・あ」

 気丈に笑って見せるが、その顔は血の気が引いて、青くなっていた。
 その小さな手は、ギュッと俺のジャケットを掴んでいる。
 そして、キョンちゃんが、先程の黄金の光の方を見て絶句する。
 俺は、釣られる様に、キョンちゃんの視線の先を見た。
 
 先程まで、迫ってきていた巨大な黄金色の光は消えていた。
 しかし、大地は、ある一線を越えた先が全て無くなっていた。
 崖の底は見えなく、向こう岸は、霞んで見えない。
 ゴゴゴ!!!と大きな音を立てながら、左右から、崖に流れ落ちるように海が迫ってくる。
 その光景は、圧巻だった。
 まるで、世界水平説時代に描かれた、世界の果てを見ている様な光景だ。

「本気で、世界を破壊する気なのか?」
「クフフ、当たり前だろ?・・・それに、どのみち、神がいなくなった世界の行く末は、滅亡だけだよ」
 
 直ぐ後ろから声がして、ビクリとしながら背後を振り返ると、そこには金色の瞳で見つめてくるクロードの姿があった。

「クロード!いつの間に!?」
「追いつくのに苦労したよ。さっきの能力は、便利だね」
「・・・おい!ちょっと待て!!今、世界が滅亡するって言ったのか?」
「クフフ、あぁ、そうだよ。さっき、僕が神を殺したからね。もう、徐々に、世界の崩壊が始まっているよ・・・ほら、空を見てご覧よ」
 
 レンは、クロードが指す空を見上げた。
 すると、空は、まるで、壁にひびが入るように剥がれ落ちていくのが見えた。
 剥がれ落ちた箇所は、深い闇が垣間見える。
 断空を使用した時と似ていた。
 
「なんだあれは!?空が、崩れていく?」
「クフフ、あれが、世界の崩壊だよ。世界を維持できなくなって、やがて無に還る。ここは、もうじき、虚無空間に飲み込まれるのさ」
 俺の中で、血の気が引いていく音が聞こえた。
「・・・止める方法は、無いのか?」
「クフフ、残念だったね。もう手遅れだよ・・・まあ、世界の崩壊なんて待つつもりは無いけどね!」
「レン君・・・私、怖い」
 キョンちゃんが不安そうに、俺の服をギュッと掴む。
「だ、大丈夫・・・俺が、どうにか・・・するから」

「クフフ・・・いい顔になってきたね」
クロードは、邪悪な笑みを浮かべて、両手に、さっきの10倍の力を込めた光弾を生み出した。
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