堕ちた令嬢と冥界の契約

第27話 復讐の刃

牢獄から逃げ出したクロエ・ハートフィリアの心には、一つの強い感情が燃え上がっていた。それは、彼女を裏切り、屈辱に追い込んだ冒険者の男への復讐だった。彼がクロエを利用し、彼女の弱みを握って盗みを働かせ、その後見捨てたことが、彼女の心に深い傷を刻んでいた。

「もう、逃げない……」

クロエは強く心に誓った。今度は、自分が主導権を握る番だ。彼を、この手で葬り去るために。復讐の思いが彼女の心を冷たく、そして鋭くした。

クロエは、復讐のために全てを準備した。彼女の手には、鋭利なダガーナイフが握られていた。牢獄から逃げた後、何も持たずに彷徨っていたが、闇取引で入手したこの武器は、彼女の復讐を遂げるための象徴となった。

「これで終わりにしてやる……」

彼女の心にはもう迷いはなかった。全ての屈辱、苦しみ、裏切りが彼女を突き動かしていた。そして、彼女の最も得意な不可視化の魔法を使うことで、完璧な暗殺を実行する準備を整えていた。

夜、クロエは再び全裸になり、不可視化の魔法を発動した。彼女の姿は瞬く間に消え去り、闇に溶け込んだ。肌に触れる夜風の冷たさが、彼女の覚悟をさらに引き締めた。

彼女が目指す場所は、あの冒険者がよく滞在しているという酒場だった。かつて彼女を屈服させ、利用した男が、今も自らの快楽のために生きていると考えると、クロエの怒りは抑えがたいものとなった。

酒場に到着すると、クロエは外から中を窺った。酔っ払った冒険者たちが笑い、酒を飲み交わしている。彼女は息を潜め、目当ての男を探した。やがて、男の姿が目に入った。彼は他の冒険者たちと酒を飲み、豪快に笑いながら自分の勝利を誇っていた。

「……あの男……」

クロエの中で怒りがさらに膨れ上がる。彼が楽しそうにしている姿を見るたびに、彼女が経験した屈辱が蘇ってきた。彼を許すことはできなかった。彼は、自分がどれほどの苦しみを与えたか、全く気にしていないようだった。

「これで終わりよ……」

クロエは息を潜め、不可視化したまま静かに男に近づいていった。彼女は音を立てないよう、慎重に足を運び、周囲の騒ぎに紛れて接近していった。男は彼女の存在に気づくことなく、油断していた。

そして、クロエはダガーナイフを握りしめ、男の背後に立った。

「これが……あなたへの罰よ」

クロエは冷たい声で呟き、瞬時にダガーナイフを振り下ろした。鋭利な刃が、男の背中に深く突き刺さる。男は驚愕の表情を浮かべ、瞬間的に叫び声を上げたが、周囲の騒ぎにかき消された。

「お前……誰だ……！？」

男は振り返ろうとしたが、不可視化したクロエの姿は見えない。彼は痛みと恐怖に包まれ、椅子から崩れ落ちた。クロエはその瞬間、再びダガーナイフを構え、今度は彼の喉元に狙いを定めた。

「これで、終わりよ……」

彼女の言葉が冷たく響くと同時に、ダガーナイフが男の喉を貫いた。血が噴き出し、男は苦しげに息を引き取った。クロエは一瞬の間、彼の死を確認し、静かにナイフを引き抜いた。

周囲の誰も、クロエの存在には気づいていなかった。彼女は不可視化の魔法を解除することなく、そのまま酒場を後にした。全裸の体に夜風が冷たく吹きつけたが、今度はその冷たさが彼女に力を与えていた。

「これで……全てが終わった」

クロエはそう思いながら、夜の闇に紛れて姿を消した。彼女の復讐は遂げられ、屈辱の日々に終止符が打たれたのだ。

だが、彼女の心に渦巻く感情は、完全に静まることはなかった。復讐を果たしたことで、一時的な満足感を得たものの、深い喪失感が彼女の中に残っていた。

「これから……私はどうすればいいの……？」

復讐を果たしたクロエは、再び自らの生きる道を模索しなければならなかった。彼女の未来にはまだ多くの試練が待ち受けているのかもしれない。それでも、今はただ、自由と静寂を求めて闇の中を歩き続けた。