エレメント ウィザード

あさぎ

文字の大きさ
1 / 135
第1章

はじまり

しおりを挟む
 視界は真っ赤だった

 腐臭が混じった鉄や錆のようなツンとした臭い
 身体にまとわりつく濡れた感覚
 口腔を圧迫されくうを切る叫び声

 とろりとした光沢のあるその赤はどんどん勢いを増し、膝や足に一度留まるとさらにそこから臀部に広がっていく

 目の前にいるのは男の子 
 うつぶせのまま首だけこちらを向けているが、目は恨めしそうに見開いている
 その男の子から流れ出す液体は赤色と濁った黄色 
 無数の泡をも含むその液体からは腐臭がする

 男の子の体から流れる真っ赤な液体はどの傷から噴き出しているのか想像もつかない
 直接頭に流れてくる映像は霞がかりそのまま消えていった

  ――――――――カタン。
 
 乾いた音が聞こえた。そして人の歩く音。その後からバイクの走るエンジン音が聞こえ、音は少しずつ小さくなり聞こえなくなった。
 隣接してある新聞受けに朝刊が届いた音だろう。朝だ、と思う前に聴いたことのある音を記憶で探し、さきほどの音の正体を確認した上で枕元にある端末を探した。
 画面に指を置く。数秒で端末の画面が点灯し、6時36分と大きく表示された。

 何度も見る不快な夢だ。小さな頃はその生々しい感触と目の前に広がる光景が怖くてよく泣いていた。
 今ではその夢を何回も見た映画のワンシーンのように達観して見ている自分がいる。
 自嘲気味に笑ってみせるがうまくいかず、脳裏に焼き付く「赤」を消したくて頭を2,3度振った。

 脳はすでに覚醒している。もう1度心地よい眠りに入るのは無理だろうと思い天井を見つめた。
 スッと目だけ横に動かすと、そこには数日前から掛けてある制服が見える。
 自分が用意したものではない。なので数日前に、サイズを確認するため姿鏡を正面に置き、初めて袖を通した。
 着てみると自分のためだけに誂えたようにピッタリだ。しかし、鏡の中の自分を見ると苦虫を噛みつぶしたように歪んでいた。

 「高等部へ通え。手続きはしてある。魔法力が優れていても、それを使う依り代がポンコツなら何の意味もない。」

 ヴァースキはタバコを口に咥えながらニヤっと笑いながら言った。その目元はどこかおもしろそうに、だがこちらの返答には有無を言わせない態度だった。

 「臭い。風上に立つな。」

 「高等部」という単語に驚きはしたが、彼に動揺を見せたくない。
 セリカは表情を変えぬままタバコの煙が届く範囲から離れながら言った。しかし鼻孔内に入った煙の匂いはなかなか消えてくれない。

 「はっ!相変わらず可愛げのないガキだ。まぁその可愛げのない顔もしばらく見納めだな。」

 彼は短くなったタバコを右手の人差し指と親指で持ち、ピンと指で弾いた。
 タバコは彼の目より少し上の位置から浮き、煙をたゆたいながら重力を失い落ちてゆく。

 セリカは一瞬タバコの先に意識を集中する。
 落ちたタバコにはすでに煙は残っていない。代わりに、今まで煙を発生させていた灰の先は黒く濡れていた。
 ヴァースキはそれを拾いながら、どこか飄々とした表情でセリカを覗き込んだ。

 「臭い。」
 「あぁ!?もうタバコは消しただろうがっ!何が臭いだとっ―!?」
 「おっしょうは全身がヤニ臭いんだ。近づくな。」
 「なんだと、コラ!鼻に水を入れてやろうかっ!」  
 「やれるもんならやってみろ、おっしょう。」
 「だからお師匠と呼べ、このクソガキッが―!!」

 
 そう昔でもない彼とのやりとりを思い出す。そう、いつものやりとりだ。
 ただ「見納め」という言葉に、日常の終止を感じたセリカは哀愁を気取らせたくなかった。
 その生意気な態度を彼は信じてくれただろうか。
 いや、彼のことだ。私のことなど全部きっと分かっている。

 (だからといって・・・制服のサイズぴったりとか、本当に気持ち悪いな、おっしょう・・・)

 心の中で悪態をつきながらセリカは無意識に左耳を指でなぞる。そこにはヴァースキからもらった黒のイヤーカフスが嵌めてあり、カフスの無機質な感触が指に触れた。

 家から出ると乾燥した冷気が全身に纏うように感じた。
 空に雲はなく、向こうまで同じ色の蒼が続いている。
 かすかな甘い匂いが鼻をかすめ深呼吸をすると肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込んだようで気持ちがよかった。

 ダークブラウンの色をしたローファーは新しく購入したものだ。コツコツと足音を鳴らしながら最近覚えた通学路を進む。
 お店の準備を始める女性。犬の散歩をするおばあさん。ジョギングをしている男性。意識していないのに目に映る人々を興味深く見てしまう。
 セリカは歩測を早めた。数百メートル歩けば目的の学校が見えてくるだろう。

 長い上り坂の先に校舎が見える。その前には大きな校門らしき建造物があり、木々が茂っていて全体の大きさは分からないが建物は複数存在しているらしい。確か初等部・中等部・高等部が同じ敷地内にあると聞いている。
 庭園のような場所で咲いているのはバラだ。ピンク・オレンジ・紫・黄色・白――さまざまな色で花弁が丸いものもあれば、花弁の先が尖っているものもあった。
 花も棘も葉もみずみずしく空の蒼と相まって、それは1つの絵画のようだった。

 セリカは「受付」とプリントしてある紙を貼った机に近づく。すると先輩らしき生徒が制服の胸あたりに桜の花をモチーフとした造花を挿してくれた。 
 
 「ご入学おめでとうございます。この冊子の中にクラス表があるので、自分の名前を見つけて教室に入っていてください。」

 にっこりと笑みを浮かべた女子生徒に軽くお辞儀をし冊子を受け取ると、クラスと教室を確認する。
 教室は2階にあるようだ。


 (同じ服を着た人がいっぱいだ。)

 教室に入ろうとしたセリカは、目の前に広がる光景にたじろいだ。
 教室には20名ほどの学生が各々時間を過ごしていた。
 2,3人で集まって話をしている人。窓の外をぼーっと見ている人。座って端末を操作している人。教室に掲示されてあるプリントを眺める人。鏡で自分の顔や髪を整える人。

 (まるで動物園みたいだな。)

 ヴァースキに預けられてからは人との関わりはほぼ皆無だった。だから大人数とは言えないこの空間でさえ、セリカにとって困惑するに十分だったのだ。
 不自然に静止された人影に数人の視線がドアに集まる。その視線にハッと我に返り、黒板に掲示してある座席表を確認した。
 ふと、斜め前に座る男子学生2人に目が止まった。新しい環境で気持ちも弾んでいるのだろう。楽しそうに会話をしている。

 「お前は何のエレメントを持ってるの?俺は風精霊シルフだぜ。」

 と言うと、さきほどセリカが持っていた冊子(新入生全員に配布されるのであろう)を手に持った。
 そして短い言葉をつぶやく。すると持っていた冊子は、人がページをゆっくりとめくるように1ページ1ページと右から左へ移動していった。
 男子学生は冊子を持っているだけでページには触れていない。まるで冊子が意思をもったように動いている。

 「へぇ、風精霊シルフか。俺は火精霊サラマンダーだよ。」
 
 もう1人の男子学生は右手の人差し指を突き出し、何かをつぶやきながら宙に円を描くような動きをした。
 すると人差し指の先に小さな火の塊が出現する。その塊はゆらりゆらりと人差し指の先で動いているように見えた。
 蝋燭に付けた火より少し大きなその塊は空気に支配された動きではなく、その火が意思をもったように不規則な動きを見せている。

 その時だった。

 「あっ!――ちょっ!!」

 男子学生の指で不規則な動きを見せていた火が指から滑り落ちたのだ。 
 開かれた冊子に燃え移った火の塊はあっという間にその威力を増していく。それはまるで自身の体を大きく変化させようとする動きにも見えた。

 「やばっ!!早く消さなきゃ──!」

 男子学生は慌てて火を叩き消そうとした。熱いのは覚悟の上だ。幸い火はそんなに大きくない。
 バシンッ!と机と手のひらが接触する音が響くと、その大きな音に一瞬クラスがシンと静かになった。
 その音の正体を知るため、クラスの誰もがその2人の方に視線を向けたのだ。

 向けた視線の先には驚きを隠せない男子学生の姿。自分の手のひらを凝視している。
 何をそんなに驚いているのか。興味を失った複数の視線は、すぐさま絡まりを解き数秒前の喧騒に戻っていった。

 手のひらの火傷を覚悟していた。しかし自分の手のひらには未だ信じられない光景がうつっている。
 もう1人の生徒も一緒にその手のひらを覗き込む。その顔も驚きの表情だ。
 手のひらには薄く小さな氷がパキパキッと音を立てて水に変化しようとしていた。
 体積を増し、手のひらに留まり切れなくなった水は雫となって男子学生の手からこぼれ落ちていく。

 「・・・っ!水精霊ウンディーネの属性変化だとっ!!?こんな上級魔法、一体誰がっ――!?」
 「え、詠唱も聞こえなかったぞ!?」

 動揺を隠しながらも周りを見渡したが、特に今までと変わった様子はない。
 すると、ガラッとドアの開く音がした。

 「席につけー。HRを始めるぞ。」

 入ってきたのは無精ひげをたくわえた白衣を着た男だ。短髪だが白髪も目立つ。年齢は40代後半から50代前半だろうか。
 だるそうに頭を掻くその人物は、ハーフリムの眼鏡をかけ、眼は濁ったグレイの色をしていた。その眼光は鋭く、新入生の喧騒を打ち消すには十分だった。

 先ほどの現象に驚いていた2人も目の前に現れた教師の姿に慌てて自分の席につく。
 その様子を確認したセリカはフゥと息を小さく吐き出した。

 この教師が僅かに向ける小さな視線に、セリカが気付くことはなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。  彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。  彼女は思った。 (今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。  今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。 

さら
恋愛
 私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。  そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。  王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。  私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。  ――でも、それは間違いだった。  辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。  やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。  王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。  無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。  裏切りから始まる癒しの恋。  厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。

もしもゲーム通りになってたら?

クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら? 全てがゲーム通りに進んだとしたら? 果たしてヒロインは幸せになれるのか ※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。 ※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。 ※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。 ※4/14「パターンその7・おまけ」を更新しました。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...