エレメント ウィザード

あさぎ

文字の大きさ
6 / 135
第1章

忍び寄る影

しおりを挟む
 乾いた風に冷たい空気が混じる。空気にはどこか甘い匂いがかすかに混じり、どうしてもくんくんと鼻をひくつかせてしまう。
 甘い匂いの正体は住居に並ぶガーデニングの花たちだろう。趣向を凝らしたデザインで彩られる庭園は、造る人の個性がそのまま反映されたように様々な装飾で施されている。
 空は高く、薄く広がった鰯雲は風に流されることを忘れたかのようにそこにとどまっている。
 そんな空に1つの影。膝まである長いローブのポケットに両手を突っ込み、ただポカンと宙に浮いて眼下を見下ろしている。
 爽やかな秋風に吹かれて被っているフードがバサバサっと揺れると、そこには学園を見据え、不敵な笑みを浮かべる少年の顔がうつしだされた――。


 自分の目の前に広がる机の上にはこれ以上の物は何も置けない、もしくは置けたとしてもそこに置いてあるファイルや資料などが崩れ落ち、それらを拾う手間が増えるだろうと誰もが予想できる状態であったため、マグカップに淹れたコーヒーは自分で持っておくことにした。
 コーヒーは淹れたてで白い湯気が心細く立ち昇っている。
 深みのある香ばしい匂いを嗅ぎ、フゥーっと細い息を作って表面のコーヒーを冷まそうとしたが、熱さは大して変わらないということを知っているので、ズズゥーッと一口啜り飲んだ。
 コクやキレのある豊かな苦みと味わいなんて微塵も感じない薄っぽいコーヒーは、ただ豆とお湯を入れただけのインスタントだからなのだろうか。
 学園の教務室にはエスプレッソマシーンと呼ばれる物があるのだが使ったことは1度もない。ただ自分にはインスタントが似合っているし、インスタントでも十分嗜好品として間に合っているのだからそれでいいだろうと思い窓の外に目をやった――。
 
 窓の向こうに見えるはTwilight forest静かなる森。自分の教え子になるであろう生徒たちが課題をこなしている場所だ。
 ジンは近くにあるパソコンの画面を覗き込んだ。キーボードをタンッと押すと4分割された映像が映し出された。
 映っている映像はそれぞれ違う。どの画像も画質が悪く、よく見ないと生徒の顔すら判別できない。それでもTwilight forest静かなる森という場所でここまで映れば十分だろう。
 人間が作った機械を悉く拒否するあの森の不可解な環境は完璧には解明されないだろうし、それこそ無駄な手間だ。
 ジンは持っていたコーヒーを再び口に運ぶ。少し冷めたのを確認してゴブッと勢いよく飲んだ。

 「さってと。どうしたもんかなー。ったくめんどくせぇ・・・」

 首を左右に動かすとゴキゴキッと鈍い音を立てた。背後に気配を感じる。

 「傍観してらっしゃいますがいいんですかー。厄介な事になりますよー。」

 振り返らなくてもその腹の立つ口調で誰が居るかはすぐに分かった。

 「だったらテメーが行って何とかしてこい、ライオス。」
 「イヤですよ。厄介事はキライなんで。」
 「一応教師だろ、お前。」
 「一応じゃなくてれっきとした教師ですよ。知ってるでしょ、かわいい教え子だったんだから。」
 「全然かわいくねーよ、ったく!」

 残っていたコーヒーを飲み干すと、マグカップをライオスの方に押し付けた。
 パリっとした薄い青色のストライプワイシャツと、黒のスリムスラックスをラフに着こなした姿がまるでモデルのようにキマっているこの教師はこの学園の卒業生でもあり、ジンの元生徒だった過去をもつ。

 教師という道を選ばなくても十分食っていけるだろう、と思う甘いマスクと丁寧な口調から多くの生徒から支持を得ているようだ。
 だがジンはライオスが生徒だった時から、自分を揶揄ったり翻弄するような言動に幾度となく声を張り上げてきた。
 マグカップを押し付けた拍子に視線を合わせれば、ニンマリと口だけ笑い本心を窺い知ることはできない。

 「頭を使うのと体を使うのとどっちがいい?選ばしてやるよ。」
 「どちらもご遠慮願いたいですね。」
 「殴るぞ。」
 「じゃあ頭で。あちらさんには知り合いも居ますし。」
 「情報が分かり次第伝えろ。なるべく早めにな。」
 「早くかどうかは状況によりますが努力はしてみますー。」
 「語尾を伸ばすなっ!腹が立つっ!」

 今の状況といいライオスの態度といい、腹の立つことばかりだと言わんばかりにドアを乱暴に閉め、ジンは教務室を出ていく。
 それを見送りながらライオスもTwilight forest静かなる森を見た。

 (面倒なことにならなきゃいいけど・・・。)

 ジンの怒り顔を思い出しその矛先が自分に向けられることを危惧したライオスは、押し付けられたマグカップを給湯室のシンクへ置き、目的の場所へ足を向けた。


 Twilight forest静かなる森の入り口ではテントを設営し、複数の教師が生徒のバックアップとして様子を見守っていた。
 その1人の教師はダルそうにこちらに歩いてくる今回の指揮監督であるジンを見つけ声を張り上げる。

 「ジン先生っ!よかった、今呼びに行こうと思っていたんですっ!!先ほどからマップに見慣れない反応がっ、その消えたり現れたりで、その様子がおかしくて――!」

 慌てた様子の教師が要領を得ない説明でジンに状況を伝える。
 しかし、よほど混乱しているのか教師の説明では全く中の様子が分からなかった。

 「落ち着け。とりあえず生徒全員のエレメント反応は確認できてるか?」

 この広い森に入ると生徒の位置情報を把握するのが困難な為、それぞれのエレメント反応をあらかじめマーキングしておいた特殊なマップを用意しておき、設営テントに広げていた。
 そこには生徒が持っているエレメントの色が小さな丸のマークで分布されている。その数と生徒の数が一致していれば、無事とはいかなくても生死と場所を把握できるというわけだ。

「あ、はい、それは大丈夫です。全生徒分のエレメント反応は確認できています。」

 マップの管理を担当していた教師がジンの質問に答えた。しかし直訳すれば生徒は死んでいないか?とも取れる台詞に緊張が走る。
 
 心地よく吹く風と柔らかな日差しがテントに降り注ぐ今日の天候はまさに「行楽日和」と思わせるほど気持ちの良い空気だったが、テントの中は緊迫した空気が張りつめていた。
 そんな中、藁にも縋る思いで複数の教師たちはジンの様子を窺い見る。ジンは無精ヒゲを擦りながら何か思索するようにマップを見つめた。
 マップにはその場から全く動かなかったり、忙しなく動いたりとさまざまな動きを見せているエレメントのマークがある。これが今の生徒の状況を表しているのだ。
 見たところ見慣れない反応は確認できない。

 「最後に変な反応があったのはどの辺かエレメントロガーを見せてくれ。」

 今度はログの管理をしていた教師が慌ててパソコンの画面をジンに向け場所を指で指した。

「あ、はい、ここです!この辺りです。数分前に不規則な波を描く反応が現れました。でも急に消えて今は確認できません。」

 エレメントロガーとは先ほどジンが教務室で見ていた4分割の画像を映し出していた端末だ。
 この学園の情報システムを管理している部門が作った特殊アイテムであり、あのTwilight forest静かなる森でも使えると発明された小型カメラを搭載している機械である。
 機械はその存在を気付かれないよう鳥や昆虫や魚などに擬態して生徒の様子を記録している。と同時にエレメントの規模や種類を波状で示し、ログを残していく道具なのである。
 ジンは教師が言う時刻のログを確認していった。
 たしかに幾つかのエレメント反応が示された後、今までとは明らかに違う波状を確認した。
 そして教師が指した位置と生徒の居場所を示すマップの位置を頭の中で照合する。そこには3つのエレメントのマークが少しずつだが動いていた。

(こいつらと鉢合わせしたのか――。)

 重々しい空気の中、さらに思案に耽るジンの様子を見て1人の教師がおそるおそる口を開いた。

 「ジン先生、これはやっぱり霊魔なのでしょうか・・・?」

 ジンはマップから目を離さない。口髭を触っているので細かな表情を読み取ることはできないが取り乱した様子はない。

 「あぁ、間違いねーな。霊魔だ。しかも上級クラスのな。」

 テントの中の空気はさらに重くなった。誰もがさまざまな推測をしているに違いない。

 「どうして学園の中に?!しかも上級霊魔って一体誰が使役しているんですかっ!?」

 1人の教師が悲痛な叫びにも聞こえる質問をジンに投げかけた。

 「まだ情報が少なすぎてどうとも言えねーな。とりあえず学園の中に霊魔が入ってこれたか・・・。それは調べさせている。まだ時間はかがるだろうがな。」

 語尾を伸ばす生意気な教師の顔がよみがえり眉間に皺がよる。
 そしてジンは頭の中にある遂行事項を素早く並べ優先順位をつけると、固唾を呑んで見守る教師たちに指示をする。

 「まずは全生徒の居場所の把握。そしてエレメントで伝達をしろ。今回の課題は中止。速やかに森から脱出しろ、とな。
 エレメントロガーとマップは常に監視して、おかしな動きがあったら教えてくれ。あとケガしている生徒もいるかもしれないからすぐに救護できるよう準備しておいてくれ。森から出てきた生徒の点呼も忘れないように。」

 「は、はいっ!!」

 的確な指示に教師たちは一斉に動きはじめた。
 バタバタと慌ただしくなったテントの中は先ほどの重苦しさはない。しかしジンの眉間のシワは深く刻まれたままだ。

(誰が、何のために・・・か。)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【第一章改稿中】転生したヒロインと、人と魔の物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香
ファンタジー
ある日、リィカの住む村が大量の魔物に襲われた。恐怖から魔力を暴走させそうになったとき前世の記憶が蘇り、奇跡的に暴走を制御する。その後、国立の学園へと入学。王族や貴族と遭遇しつつも無事に一年が過ぎたとき、魔王が誕生した。そして、召喚された勇者が、前世の夫と息子であったことに驚くことになる。 【改稿】2026/01/01、第一章の36話までを大幅改稿しました。 これまで一人称だった第一章を三人称へと改稿。その後の話も徐々に三人称へ改稿していきます。話の展開など色々変わっていますが、大きな話の流れは変更ありません。 ・都合により、リィカの前世「凪沙」を「渚沙」へ変更していきます(徐々に変更予定)。 ・12から16話までにあったレーナニアの過去編は、第十六章(第二部)へ移動となりました。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

転生皇女はフライパンで生き延びる

渡里あずま
恋愛
平民の母から生まれた皇女・クララベル。 使用人として生きてきた彼女だったが、蛮族との戦に勝利した辺境伯・ウィラードに下賜されることになった。 ……だが、クララベルは五歳の時に思い出していた。 自分は家族に恵まれずに死んだ日本人で、ここはウィラードを主人公にした小説の世界だと。 そして自分は、父である皇帝の差し金でウィラードの弱みを握る為に殺され、小説冒頭で死体として登場するのだと。 「大丈夫。何回も、シミュレーションしてきたわ……絶対に、生き残る。そして本当に、辺境伯に嫁ぐわよ!」 ※※※ 死にかけて、辛い前世と殺されることを思い出した主人公が、生き延びて幸せになろうとする話。 ※重複投稿作品※

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

異世界転生旅日記〜生活魔法は無限大!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
 農家の四男に転生したルイ。   そんなルイは、五歳の高熱を出した闘病中に、前世の記憶を思い出し、ステータスを見れることに気付き、自分の能力を自覚した。  農家の四男には未来はないと、家族に隠れて金策を開始する。  十歳の時に行われたスキル鑑定の儀で、スキル【生活魔法 Lv.∞】と【鑑定 Lv.3】を授かったが、親父に「家の役には立たない」と、家を追い出される。   家を追い出されるきっかけとなった【生活魔法】だが、転生あるある?の思わぬ展開を迎えることになる。   ルイの安寧の地を求めた旅が、今始まる! 見切り発車。不定期更新。 カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...