一秒だけ、君に触れたい

マッシー 短編小説家

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一秒だけ、君に触れたい

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冬の午後、空は灰色に染まり、街灯がぼんやりと光り始める時間だった。駅前のベンチに腰掛けていると、冷たい風がコートの隙間から忍び込んでくる。指先がじんじんと冷えて痛い。それでも僕は、その場所から動けずにいた。

君を待っていたからだ。

三日前、君に「会いたい」と伝えた。
何を話せばいいのか、正直、考えていなかった。ただ、君の顔を見たかった。声を聞きたかった。それだけだった。
でも、君から返ってきた返事は予想外のものだった。

「最後に一度だけ会おう」

最後、という言葉が突き刺さった。それがどういう意味なのか、分かっているようで分かりたくなかった。それでも僕は、今日、ここに来るしかなかった。

遠くから、マフラーを巻いた君の姿が見えた。白い息がふわりと空に溶けていく。相変わらず、君は綺麗だった。胸の奥が痛んだ。

「ごめん、待たせた?」
「いや、今来たところ」
嘘だった。本当は30分前からここにいた。でも、そんなことどうでもよかった。ただ君の笑顔が見られれば、それで。

「久しぶりだね」
「そうだな」

お互い、他愛のない話をしながら駅前を歩いた。いつもよりぎこちない会話。いつもより短い沈黙。それでも、君が隣にいるだけで、僕の世界は色づいていた。

だけど、君はふと立ち止まり、こちらを振り返った。

「今日、会えてよかった」

その言葉が、鋭く胸に突き刺さる。僕は声を出せなかった。君が言いたいことは分かっていた。でも、認めたくなかった。

「…これが、最後なんだね」
小さな声で僕がそう言うと、君はゆっくりとうなずいた。

「ごめんね。でも、これ以上一緒にいたら、きっとお互い傷つくから」

君の瞳は、どこか寂しそうだった。それが僕をさらに追い詰める。

「最後にお願いがあるんだ」
「何?」
「手を、握らせてほしい。一秒だけでいい」

君は驚いた顔をしたけれど、次の瞬間、そっと手を差し出してくれた。冷たい指先が、僕の手に触れる。わずかな温もりが、心にしみ込んでいく。

「ありがとう」
僕はそれだけを言った。

一秒だけ触れた君の手。それは、僕にとって永遠に忘れられない温もりだった。そして、その温もりを胸に抱えながら、君と別れる道を歩き出した。

空はいつの間にか、雪を降らせ始めていた。
君の背中が見えなくなるまで、僕はただそこに立ち尽くしていた。
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