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猫かぶり

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堤防でのロケ撮影の後、未来は他の子役達と別れてスタジオに来ていた。
井川寛也演じる主人公、三浦奏斗を中心に繰り広げられるヒューマンドラマ。
未来はその弟役、三浦大輝を宛てがわれていた。
奏斗と姉・咲役演じる陽香のシーンを、スタジオ脇で見ながら未来は自分の出番を待っていた。

「だ~いきっ!ちょっと来いっ」

役名で未来を呼び手招きしてくるのは、父親・明役の谷口努だった。

「?はい、何ですか?ってわっ!?な、何ですかっ??」

未来が谷口の元まで行くと、彼は唐突に未来の肩をがばりと抱き寄せてきたので、未来は思わず驚きの声をあげてしまう。

「何ですかじゃねぇよ。お前ちょっと表情が固いぞ?緊張なんかしてんなよな。俺らは家族なんだから」

わしゃわしゃと未来の頭を無遠慮に撫で回しながら、谷口はそう言って未来に指摘する。

「あ、はいっ。すみませんっ」

久しぶりの撮影とはいえ、未来としては緊張などそこまでしているつもりはなかったのだが、谷口から見てそう感じたと言う事はしているのだろう。
他人に指摘される程強ばった表情をしていたかと思うと、恥ずかしいなと思い、未来が気合いを入れ直おさなければと思っていると。

「いいか、大輝」
「え、あ、はい」

さっきまでの砕けた雰囲気を少し変え、谷口は真っ直ぐに未来の目を見つめて話始めた。

「俺はお前の事を今日から本当の息子だと思って接する。お前が悪い事したら本気で怒るし、良い事をしたら本当に誇らしく思う。だからお前も、俺の事を本当の父親だと思って甘えて頼ってうざったく思ってくれ。いいな?」

そう言って再び未来の頭を撫で回す谷口に、未来は首を縦に頷き答えた。

「はい。解りました」
「ちがぁうっ!敬語なんか使うような親子関係かっ?」

しかし未来の台詞に早速ダメだしをしてくる谷口に、未来はぎょっと瞳を丸くするが、しかし谷口の言う様に、明はいい意味で砕けた親父な人柄で、大輝も父親に畏まるタイプでは無かった。

「そ、そうだね。解ったよ、父さん」

にこりと笑って答える未来に、ようやく谷口も満足したようで、そそくさと未来の元を去っていった。
未来は谷口の後ろ姿を見つめながら、ほっと一息ついた。
谷口の噂は子役時代にも、テンションの凄く高い人だと聞いていたが、正しくその通りだなと未来は思う。
しかし役者としての実力はとても高く、彼から学べる事は沢山ある。
未来はこの機会に出来るだけ多くの事を谷口から吸収したい、自分に足りないものを出来るだけ沢山補いたいと思った。
加藤未来の代名詞が天才であり続ける為にも必ず…。
と、そう強く胸に刻んだのだった。



2023年1月1日

「じゃぁ、谷口さんも何も聞いてないんすね」

相変わらず換気扇の下、寛也は今度は谷口努に電話をかけていた。

『俺が聞いてるわけないだろ?お前まさか、こやって手当り次第に連絡しまくってるんじゃないだろうな』

眉をひそめ呆れた表情を浮かべているだろう事が容易に想像出来る谷口の物言いに、図星をつかれた寛也ははははと、誤魔化し笑いで答えた。

『お前な、あいつはもう大人なんだからさ。腹減りゃ飯食うし、眠たきゃ寝てる。休みたいから休んでるだけだろ。それに、本当に困った時は連絡してくる。でも連絡がない。それはつまり困ってないって証拠じゃねぇか』

ほっとけほっとけ、俺は今から飲まなきゃなんないんだから切るぞと、そう言って勝手にぷつりと電話を切った谷口に、寛也はあ、え、谷口さんっ?と呼びかけるが時すでに遅し。
相変わらずのゴーイングマイウェイぶりに戸惑うが、しかし谷口の言い分は一理も二理もあった。
彼の言う通り未来はもう成人もした立派な大人。
あの頃とは違う。
どうにも出会った頃の印象が強くて、未だに子供扱いしてしまう自分に寛也は自嘲のため息を漏らした。
連絡が無いことが息災とは良く言うが、確かにそうだなと、寛也はスマホをポケットにしまうと換気扇のスイッチをオフにした。


 
※※※



2013年2月25日
未来と琉空がランチタイムを過ごすお気に入りの踊り場。
琉空はおにぎりを頬張りながらドラマ撮影の話を未来から聞いていた。

「ふ~ん、じゃぁ今回も苛められたりとかはしてないんだ」
「うん、まぁ今のところは」

若干二名、癖の強そうな子役はいたけどと未来は思い浮かべながら、しかし二人に何かされた訳ではないので大丈夫だと答えた。

「へ~、良かったね~」
「…何?何か言いたそうだね」

含みのある物言いをする琉空に、未来は怪訝な眼差しを向けた。

「いや別に~。ただ早く化けの皮が剥がれればいいのに~って思ってるだけ~」

嫌事を言ってくるだろう事は予想出来たが、斜め上を行く琉空の台詞に、未来は思わず言葉を詰まらせた。

「っ、何それ。本当失礼な奴。僕の事そんな風に思ってるの、日本じゃ母さんと琉空くらいだよっ」

未来がそう口端を尖らせ抗議すると、琉空は呆れ交じりに反論した。

「いやだってさ。ってか何で皆騙されるんだろう?可愛いくて愛らしいのは顔だけなのに」

それはここ最近の琉空の謎だった。
何度か会話すればボロが出そうなものなのに、それを今の所未来から聞いた事はない。
勿論、彼が秘密にしていたら元も子もないのだが、隠す必要もないのでそれは考えにくいと琉空は思う。

「え~、何でか知りたい?教えてあげよっか」
「いいですっ。結構っ。どうせ僕の演技が上手いから~、とか言うんだろ?」

にんまりと小憎たらしい笑顔を浮かべる未来に、琉空はぷいっと首を振り、未来の顔を視界に入れないようにそう答えた。
しかし琉空の予想は当たらなかった。

「う~ん、半分正解。確かに演技はするけど、でもそんなのマナーっていうかさ」
「は?マナー…?」

琉空は未来の台詞をおおむ返しし、眉を顰めた。

「うん。だって誰だって多少猫被ったりはするでしょ?相手が年上とかなら特にさ」
「そりゃまぁそうだけど…」

年上でなくとも、初対面や気心のしれない相手なら、お行儀は確かに良くはするなと琉空は思う。
それは猫を被るとは違うとも思うが。

「でしょ?でもね、だからって僕は自分を偽ったりはしないし、嫌な事は嫌って言えるから。だから残念だけど化けの皮なんか剥がれないよ」

最初から皮など被っていないのだから剥がれようがない。
未来はそう琉空に言うと。

「あ~、そう。じゃぁ何?お前は僕だから皆が許してくれてるって言いたいの?」

またお決まりの自惚れ発言かと、琉空は殊更嫌気を感じながらそう未来に投げかけた。

「ん~、まぁそれも半分正解。正確には許してくれる、じゃなくて許したくなる、だけどね。あ~、やっぱ可愛いって得だよね~。母さんには本当に感謝しなきゃ」

鼻高々に恥ずかしげもなくそうのたまう未来に、琉空は口端を引き攣らせ僅かに肩を震わせた。
まじで一回でいいから誰かこいつの自信を砕いて欲しい。
琉空はそう思った。
そしてもしも神様がいるなら頼みたい。
一度でいいから未来にしょげた顔をさせてやりたいと。
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