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知りたいこと

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2023年1月1日
休業に伴い借りていた悟の車。
黒の国産セダンを走らせること2時間程。
未来は目的地のビジネスホテルに到着した。
チェックインを済ませ部屋のドアを開けて荷物を適当な場所に置くと、未来はベッド脇にある椅子にとすっと腰掛けた。
シングルサイズのベッドは綺麗に整えられ、その上にはwelcomeと書かれたメッセージカードが添えられていた。
こじんまりとしたサイズのこの部屋に、未来はこんなに狭かったっけと、昔泊まった時の事を思い出しながらゆっくりと部屋を見渡した。



2013年2月7日
湯気が立ちこむ浴室。
たっぷりと湯の張った浴槽に浸かっている寛也は、湿った髪から滴り落ちる雫を軽く拭いながら、その手で自分の目の前に座る未来の腕を優しく掴んだ。

「未來…、細いな。肌も白いしすべすべ…」

そう感嘆しながら、細められた瞳でじっくりと未来の腕を見つめる寛也。

「え、あ、寛也、君っ…」

食い入る様に自分に視線を向ける寛也に、未来は裸であるこの状況下で、恥ずかしさからふいと目線を背けた。

「未來…」

湯に浸かっている為か、それとも羞恥のせいか、薄らと朱に染った未来の頬に、寛也はそっと手を這わした。

「あ、ひろ、やくん…」

少しのぼせかけた潤んだ瞳で、不安気に自分を見る未来に、寛也はくすりと笑って両の手で彼の頬を包み込み、そして自身の元へと引き寄せていった時。

「準備できたぁー?入浴シーン始めていい?」

がらりと折戸が開かれ、ADの拓也が二人に声を掛けた。

「はぁ~い」
「宜しくお願いしま~す」

いつでも始めてくれて構わないと、未来と寛也は笑顔でそう答えた。

「ってか顔赤いから熱あるのかと思ったけどのぼせてただけか」

引き寄せた未来のおでこに、こつんと自分のおでこを付けた寛也は、未来の体温が平熱だった事に安心した。

「だってお湯熱すぎですもん」

早く出たい。むしろさっさと撮影を始めて欲しい思う。
未来は少しでも自分の熱気を冷まそうと、冷たい水を蛇口から出してタオルに湿らせ頬にあてた。

「そうか?いい湯じゃんか。俺はもっと熱くても平気」

ざばりと肩まで湯に身を沈ませ、気持ちよさそうに瞳を閉じて寛ぐ寛也。
かれこれ10分近く湯に浸からされているというのに、よくまだいい湯だとか言えるなと、普段基本シャワー派の未来は彼の行動に苦笑いを浮かべた。
そして既にまた暖かくなってしまったタオルを水に浸しながら、本当に早く撮影始めてくれないと熱が出てきそうだと未来は思った。
 

浴室での撮影を終えた未来と寛也は、脱衣場で着替えを済ませていた。

「はぁ~っ、さっぱりしたぁっ。ホテル帰って風呂入る手間省けてラッキー。あ、未來。お前髪べたべたじゃん。ちゃんと乾かさないと風邪引くぞ?」

既にドライヤーで乾かし終えている寛也は、まだタオルドライしかしないで濡れた髪のままでいる未来に、ドライヤーを手渡しながらそう言った。

「あ、は~い」

鏡の前でドライヤーのスイッチをONにして、髪を乾かし始めた未来は、先日のレッスンの時の事を思い浮かべていた。
あの時何で大和は自分の質問に答えてくれなかったのだろうか。
大和の雰囲気的に絶対に解っていた筈だ。
それなのに何故はぐらかしたのか、未来は腑に落ちなかった。

「み~らいっ。お前全然手が動いてねぇよ?乾かす気ある?」

ドライヤーを髪に向けているものの、一箇所のみにしかその風は当たっておらず、その様子では全体が乾くのにはさぞ時間がかかるだろうと、見かねた寛也が口を出した。

「え、あ、はい」

寛也の声掛けにはっとした未来は、おもむろにドライヤーも手も動かし始める。
しっかり乾かせよ?と、未来がまた動きを疎かにしないか見守っている寛也に、未来はそうだ、寛也ならちゃんと答えてくれるかもしれないと思いついた。

「あ、ひろやく」
「寛也~っ、ちょっといいかぁ~?!」

が、丁度スタッフの声が被さり寛也には未来の声は届かなかった。

「あ、はぁいっ。今行きまぁすっ。ちゃっちゃと終わらせろよ?」
「うわっ」

未来の髪をわしゃわしゃと掻き乱した後、さっさと脱衣場を出て行く寛也。
呼び止める隙もなかった彼の後ろ姿を、未来は呆然と見つめた。
行ってしまった。
未来にとって寛也は最後の頼みの綱だった。
明日は斗亜との撮影がある。
それなのに自分はまだ台詞の意味を理解出来ていない。
どうしようと、焦る気持ちの中、しかし大輝も解っていないので問題ないのかもとの思いも浮かぶ。
いやしかし、でも、あ~っ、もうっ!
と、頭の中で葛藤した後、未来は腹を括った。
一番頼りたくない相手だったが、もはやこれが本当に最後の頼みの綱だと、その元へ向かったのだった。



※※※



「へ…?同性、愛者…?」

1番頼りたくない最後の頼みの綱な相手=斗亜の部屋にて、未来が大和にした質問と同じ事を斗亜に聞くと、予想外な答えが返ってきた事に未来は驚き、瞳と口を丸く開けてしばし固まった。

「うん。そうだと僕は思うけど?」

自室のベッドの上に、足を組み座る斗亜は、そのすぐ脇に置かれた椅子に座る未来に向かってそう言った。

「成る程…。そっか、そうなんだ。そっか、ゲイの事だったんだ」

斗亜の答えに納得するも、しかしそれは趣味というか趣向と言うのではないのかと、その言い回しに少し疑問に思うも、だがどちらも似たような意味かと未来が思っていると。

「でも、そんな事君が解らないなんてちょっと意外だな。結構お子様なんだね」

くすりと笑って言う斗亜に、未来は不快を顕に眉間に皺を寄せた。
だから嫌だった。
絶対馬鹿にされるって思ったから、斗亜には頼りたくなかったのだ。

「興味がない事だったからだよっ。そんな趣味もないしっ」

それは決して疎いからと言うわけではない事を、最大限アピールする為に未来はそう言い放った。

「ふ~ん、そう。あ、でもね、ついでに教えといてあげるけど、この業界ってそういう趣味の人多いよ?だから君も知ってるもんだって思ってたんだけど」

幼い頃から業界に身を置いていた未来なので、そう言った知識は豊富だろうと勝手に思っていた。
が、そうでは無いようで、今もきょとんとした顔でこちらを見てくる未来に、自分も含め大概ませガキになるというのに、珍しい子役も居たもんだと斗亜は思う。

「だから、君にその気はなくても少し気を付けといた方がいいかもね」
「は?気を付ける?」

柔らかい笑みを向けてそう言ってくる斗亜。
しかし未来には、彼が言う気をつけるとは何のことだか分からず疑問符を浮かべた。

「うん。特に大人は騙し方が上手いから。まんまと騙されて、そっちに引きづり込まれないように気を付けなきゃ駄目だよ?」

優しい口調で未来を諭す様に言う斗亜に、未来は苦笑いを浮かべ、とりあえずのありがとうを口にしたものの。
いやいや、有り得ないだろうと未来は思う。
いくら上手く騙されたからって、それこそ自分にそういう趣味は無いのだから、引きづり込まれる前に関わらない様になんていくらだって出来るだろうと、そう未来は思った。
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