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第十話 (残酷な描写しかない)
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「げぅ げはぁ げほ げほ ごほっ うぁあぁぁぁぁ」
喜瀬屋の地下、建物の二階より少し深いところにその部屋はあった。
喜瀬屋は一階が受け付けや張見世、食事処(遊女用)、料理用の土間と板間がある。
地下一階は食料の備蓄、道具部屋である。一年分の米を備蓄できる倉庫、金蔵、装飾品などを置く部屋などがある。
そして地下二階は仕置き部屋と座敷牢だ。これは足抜けや他の禁止事項などをした遊女に折檻し、暫く謹慎させるための部屋だ。
主に遊女専門の場所になる。
最後に勘左衛門と時雨が降りて来た部屋は客としてきた者や若い者達がなにか問題を起こしたときに使用する部屋だ。
滅多に使われることはない。広さは十畳ほどで土間と板張り、畳という不思議な構成の部屋だ。
今朝早くに連れてこられた女は激しい責めに遭っていた。
今は、拘束されたまま水の中に頭をつけられている。早桶の中は一番上まで水で満たされており、無理矢理押さえつけると上半身が簡単に入る。
女はすでに衣服を剥ぎ取られていた。体中に鞭の痕がある。自分では立てないようで若い者三人で支えながらの水責めだ。
「どうだ、女の様子は」
勘左衛門がお京に声をかけた。基本的に遊女への折檻は遣手婆の仕事だ。
女は女に容赦しない。理由はそれだけだ。
「六つの石を抱かせて鞭打ちと竹棒での殴打を半刻ほど、手足の爪も剥いでみました。今はご覧の通り、水での責めの最中ですよ」
よく見ると女の脛の骨は折れかけているようだ。脛の肉が変な盛り上がり方をしている。女は意識が朦朧としているようだ。ぱくぱくと空気を食べるように口を動かしている。
「よし、水はいい」
勘左衛門の言葉で女は土間に叩きつけられた。腕にはさらしが巻かれ出血は抑えられている。
「ふぅむ」
肉体的にはかなり追い詰められたようだ。土間に叩きつけられたあとはぴくりとも動かない。|若い者達は良い仕事をした。
ここからは情報を聞き出す必要があるので若い者達には上に戻ってもらうことになる。
「お京以外は上に戻っていつも通りの仕事をしていておくれ」
勘左衛門は若い者達に部屋から出て、仕事をするように促した。若い者達はそのまま地下二階へと上がってゆく。
「お京、塩と唐辛子を取ってくれないかい」
勘左衛門が女の左手に巻かれたさらしをほどいてゆく。時雨の方に目線を向けると部屋の隅で何かをしていた。
「はい、どうぞ」
お京はこれから起こることを想像したのか、顔色が悪い。
塩と唐辛子の入った壺の蓋をあけて勘左衛門の横へ置くと、一番遠いところまで下がり、両手で耳を塞ぎ目を閉じた。
「とりあえず、目を覚ましてもらおうか」
勘左衛門はぽそりと呟くと塩を手一杯に取り、おもむろに切断された傷口に塗りたくった。
「ん! ぎゃああ!! ひぎぃ」
先程までぴくりとも動かなかった女が身体を跳ね上げそこら中を転げ回った。女の金切り声が部屋の中に響き渡る。
げぇ げ いぃ げぃいいぃぃ
すでに悲鳴にすらなっていない。
のたうち廻る女の腹の上に勘左衛門は足を置いた。すべての重さを片足にかけ、女の動きを封じ込める。
女は動けなくなったぶん、手足、頭をばたつかせて痛みを発散させようとする。女の身体は徐々に動きがなくなり、ぴくぴくと痙攣するだけになった。気はまだうっすらと保っているようだ。
勘左衛門は早桶から取った水を女の顔にぶちまけた。
女の目に少しだけ正気が戻る。
「さて、どこの誰に雇われていますか?それとも仕えていますか?」
勘左衛門はにたりと笑いながら女の目を見つめた。目には狂気が宿っている。
しかし、女は意に介した様子もなく睨み返してきた。先程の痛みはかろうじてこらえているらしく、口をぐっと結んでいる。
「おや、なかなか強情ですね。今なら楽に死なせてあげれるものを……」
しゃがみ込み唐辛子の入った壺を引き寄せる。足は女の上にのせたままだ。
「いますべてを話すと、食事も取らせ、それから楽に死なせてあげますよ。死ぬ前に楽しむ最後の機会です」
女は首を横へ向ける。
どうやら話す気はないらしい。
勘左衛門はやれやれという溜息をつき、唐辛子を掴む。
「貴女、素破でしょう。お若いとはいえ聞いたことはありませんか。笑鬼勘左衛門という銘を……」
笑鬼勘左衛門、その名を耳にした途端、女の顔が真っ白になった。
ぃきゃぁぁぁぁぁっぁ ぁぁぁぁっぁぁぁぁあがぅ ぃぃぃぃぃぃぃ
赤い塊が女の片目に乗せられた。
そして先程塩を塗られた左手にも擦り込まれる。
女は千切れんばかりに頭を左右に振り乱し悲鳴を上げた。足をばたつかせ、残った手は空を掴もうとする。
口からは泡が吹き出し、舌も飛び出している。
身体は跳ね上がろうとするが勘左衛門に押さえつけられ動かない。下半身は粗相を起こしていた。
若い者達の責めでもそれはしなかったのだが。
女が不意に動かなくなる。
勘左衛門は女の首に手をあて、立ち上がった。
「やれやれ、この程度で気を遣るとはね。まだ、大阪の戦いの時の素破達の方が気概があったものです」
勘左衛門は手を後ろで組み、女を見下ろしていた。
鬼柳勘左衛門。
以前は西国の時任家に仕え大坂の陣も従陣した猛将である。
それと同時に素破を束ねる将でもあり、相手の素破を捕らえ情報を取りだす名手でもあった。
絶えず笑みを絶やさず、苛烈な尋問をする勘左衛門はその名、鬼柳から笑鬼勘左衛門と呼ばれた。それは敵からは恐れられ、味方からも忌み嫌われていた。
かの家康公でさえ、「事、尋問に関しては、上総介殿に匹敵する」と言わしめたほどである。
「さて、時雨様、どうなさいますか」
勘左衛門は時雨の方を見た。時雨は数打の刀の先を火で炙っていた。
「わたしが替わる」
ぶっきらぼうに言うと刀だけを持って二人の方へ歩いてきた。刀をぶら下げて女の横に立つと、切っ先を切断された腕の傷口に差し込んだ
*▽×!#◇>$
女の身体が五寸ほど跳ね上がり、獣の咆哮に似た聲が部屋全体を支配した。
肉の焦げる匂いが辺り一面に漂う。
時雨は差し込んだ切っ先をそのまま一回転させる。傷口が真っ赤になり、紫色に変色した血液が少量吹き出した。
部屋の隅から嘔吐する音が聞こえる。
どうやらお京が吐いたようだ。
勘左衛門は何食わぬ顔でお京に近づいて行った。お京の顔も真っ白になっている。何かを言おうとして口を動かそうとするが言葉は出ず、口が虚しく動くだけだった。お京の着物も下半身が濡れていた。
「辛かったら上に上がってなさい」
勘左衛門はお京を立たせ二階へと連れて行く。
その間、時雨は火床のほうへ戻っていた。もう一度、火床の中に切っ先を突っ込んでいる。
「時雨様、死なせないようにしてくださいますか? まだ何も聞いておりませんので」
出口付近から勘左衛門が声をかけた。時雨は黙って頷くと、火床から刀を抜いた。女の方へ静かに歩いて行く。女は近づいてくる時雨を見ると、初めて恐怖の表情を浮かべた。
「や、いやぁ、お願いじまず。なんでもはなじなずから、らくにしてぐだざい」
限界を超えたようだ。
言葉が懇願に替わっていた。逆らおうという気は失せたらしい。
女は横たわったまま必死に言葉を紡ぎ出した。
死霊や妖怪を見るような眼だ。
すでに片目は大きく腫れ上がり、開くことすら出来ないようだ。時雨は焼けた刀の切っ先をもう片方の目の前に突きつける。
「話せ」
冷気を孕んだ声が部屋の中に響く。切っ先から放たれる熱が、女のもう片方の目の水分を徐々に奪ってゆく。
「ああ、あた、あたしは大見世膳屋に雇われた素破でず。……役目は東雲とかいう医者の診療所を襲い、東雲と東風とかいう女を掠い、診療所を焼き討ちにして出てくる者……を皆殺しにすることでじだ」
げほげほと咳き込み、目を閉じる。
水分が蒸発し目を開けられないようだ。時雨は早桶から柄杓で水を掬う。少しだけ顔に水をかけ、切っ先を逸らす。
「あ、ありが……とうございまず」
よほど目が痛いのか瞬きを繰り返している。
「で、目的は?」
「そこ……までは、知りまぜん。親……方様と側近く……らいしか知らないはず……でず」
女はそこで一呼吸おいた。
呼吸がかなり乱れ、眼の火も徐々に薄れている。
「もう、じ、知ってることはないでず……」
「阿芙蓉のことは?」
「あ、あふよう? しっ、しら……ない。そんなものはあつ……かってないはず……」
早く楽にしてくれと言わんばかりに口をつぐんだ。
女の荒い呼吸以外、静寂が訪れた。
突然地下二階の扉が開き、階段から二人分の足音が聞こえてくる。
女が目を見開き大声を上げた。
身体ががたがたと震えている。
「ぜ、ぜんぶしゃべりまじだ。ううう、うそはいってない、本当でず。頼みまず、信じてくだざい、早く殺してくれぐだざぃぃぃ!」
女は戻ってきた一人が笑鬼勘左衛門だと分かったようだ。これ以上苛烈な責め苦を受けたくないのだろう。時雨は蔑んだ目を女に向けた。
「今、こちらに来ているのは、勘左衛門だけではない。生き残った東雲先生の最後の弟子も一緒だ」
その言葉に女は沈黙した。
また失禁していた。生き残りが近づいてくる。しかも直弟子。
歩き方からして素破なのは間違いない。これだけ責められて、肉体的、精神的に痛めつけられても叩き込まれた訓練は生きていた。しかし女にとってそれは悪夢でしかなかった。
「た、たのみまず、ぜんぶしゃべりまじだ。は、はやく、ころ、殺してぐだざいぃぃぃ。いっ、いや、いやだぁぁぁ!」
女は最後の力を振り絞ったように叫び声をあげた。
しかし、止めは刺されない。
ふと女の視界が暗くなった。目を開けると、笑鬼と無表情の女が立っていた。残った片目に絶望の色が浮かんでいる。
「勘左衛門、お美津。全部吐いたようだ」
時雨はそれだけ言ってどうするという表情を投げかけた。
勘左衛門はうんうんと頷いている。
あとはお美津次第だ。
時雨は女が話した内容を二人に説明する。内容を聞いて、一瞬だけお美津の目に光りが戻った。しかし、すぐに冷淡な視線に戻る。やはり二人以外が、一般の患者も含めすべて殺されたというのが許せないのだろうか。
「申し訳ありませんが、二人にしていただけますか」
お美津は手に持っていた壺を土間へ置き、時雨と勘左衛門にそう言いながら火床へと向かってゆく。
「や、やくそくが、やくそくがちがう。ぜんぶ話したじゃぁないか。たのむ、たのむからぁ」
女はこれから起こることを予感したのか、約束が守られなかった事へ憤慨したのか、はたまた自分の見極めの甘さに失望したのか、鬼のような形相でふたりを睨み付ける。
どうにか逃げようとずるずるとお美津とは反対側へ動こうとしている。
勘左衛門が無感情で口を開いた。
「それは、私との約束でしょう。貴女は私がいるときに話さなかった。約束を果たす必要はないのではないかな」
女の目に涙が浮かんだ。瞬間、今までされるがままになっていた女が飛び上がり、地に足をつけた。
足が地面に着いた瞬間、両足が折れた。
すぐに身体が沈んでゆく。その身体が落ちる前に時雨の持つ刀が足元を一閃し、そのまま返す刃でもう一方の肩と腕の間を貫き、地面に縫い付けた。そのまま体重をかけ、刀を押し込んでゆく。
「っあああああああああぁぁっぁぁぁぁ」
まだ熱を持ったままの刀身が身体に喰い込み、熱はそのまま体内に放熱されていた。痛みと熱による刺激が、女に悲鳴と絶叫を上げさせた。
全身をばたばたとさせ、時折身体を痙攣させる。足下は斜めに綺麗に切断され、傷口から血飛沫が飛び散る。
その様子を灼けた五寸釘を持ったお美津がじっと眺めていた。
二人はお美津に場所を譲り、さらに大きくなった女の絶叫を聞きながら上へと続く階段を昇っていった。
喜瀬屋の地下、建物の二階より少し深いところにその部屋はあった。
喜瀬屋は一階が受け付けや張見世、食事処(遊女用)、料理用の土間と板間がある。
地下一階は食料の備蓄、道具部屋である。一年分の米を備蓄できる倉庫、金蔵、装飾品などを置く部屋などがある。
そして地下二階は仕置き部屋と座敷牢だ。これは足抜けや他の禁止事項などをした遊女に折檻し、暫く謹慎させるための部屋だ。
主に遊女専門の場所になる。
最後に勘左衛門と時雨が降りて来た部屋は客としてきた者や若い者達がなにか問題を起こしたときに使用する部屋だ。
滅多に使われることはない。広さは十畳ほどで土間と板張り、畳という不思議な構成の部屋だ。
今朝早くに連れてこられた女は激しい責めに遭っていた。
今は、拘束されたまま水の中に頭をつけられている。早桶の中は一番上まで水で満たされており、無理矢理押さえつけると上半身が簡単に入る。
女はすでに衣服を剥ぎ取られていた。体中に鞭の痕がある。自分では立てないようで若い者三人で支えながらの水責めだ。
「どうだ、女の様子は」
勘左衛門がお京に声をかけた。基本的に遊女への折檻は遣手婆の仕事だ。
女は女に容赦しない。理由はそれだけだ。
「六つの石を抱かせて鞭打ちと竹棒での殴打を半刻ほど、手足の爪も剥いでみました。今はご覧の通り、水での責めの最中ですよ」
よく見ると女の脛の骨は折れかけているようだ。脛の肉が変な盛り上がり方をしている。女は意識が朦朧としているようだ。ぱくぱくと空気を食べるように口を動かしている。
「よし、水はいい」
勘左衛門の言葉で女は土間に叩きつけられた。腕にはさらしが巻かれ出血は抑えられている。
「ふぅむ」
肉体的にはかなり追い詰められたようだ。土間に叩きつけられたあとはぴくりとも動かない。|若い者達は良い仕事をした。
ここからは情報を聞き出す必要があるので若い者達には上に戻ってもらうことになる。
「お京以外は上に戻っていつも通りの仕事をしていておくれ」
勘左衛門は若い者達に部屋から出て、仕事をするように促した。若い者達はそのまま地下二階へと上がってゆく。
「お京、塩と唐辛子を取ってくれないかい」
勘左衛門が女の左手に巻かれたさらしをほどいてゆく。時雨の方に目線を向けると部屋の隅で何かをしていた。
「はい、どうぞ」
お京はこれから起こることを想像したのか、顔色が悪い。
塩と唐辛子の入った壺の蓋をあけて勘左衛門の横へ置くと、一番遠いところまで下がり、両手で耳を塞ぎ目を閉じた。
「とりあえず、目を覚ましてもらおうか」
勘左衛門はぽそりと呟くと塩を手一杯に取り、おもむろに切断された傷口に塗りたくった。
「ん! ぎゃああ!! ひぎぃ」
先程までぴくりとも動かなかった女が身体を跳ね上げそこら中を転げ回った。女の金切り声が部屋の中に響き渡る。
げぇ げ いぃ げぃいいぃぃ
すでに悲鳴にすらなっていない。
のたうち廻る女の腹の上に勘左衛門は足を置いた。すべての重さを片足にかけ、女の動きを封じ込める。
女は動けなくなったぶん、手足、頭をばたつかせて痛みを発散させようとする。女の身体は徐々に動きがなくなり、ぴくぴくと痙攣するだけになった。気はまだうっすらと保っているようだ。
勘左衛門は早桶から取った水を女の顔にぶちまけた。
女の目に少しだけ正気が戻る。
「さて、どこの誰に雇われていますか?それとも仕えていますか?」
勘左衛門はにたりと笑いながら女の目を見つめた。目には狂気が宿っている。
しかし、女は意に介した様子もなく睨み返してきた。先程の痛みはかろうじてこらえているらしく、口をぐっと結んでいる。
「おや、なかなか強情ですね。今なら楽に死なせてあげれるものを……」
しゃがみ込み唐辛子の入った壺を引き寄せる。足は女の上にのせたままだ。
「いますべてを話すと、食事も取らせ、それから楽に死なせてあげますよ。死ぬ前に楽しむ最後の機会です」
女は首を横へ向ける。
どうやら話す気はないらしい。
勘左衛門はやれやれという溜息をつき、唐辛子を掴む。
「貴女、素破でしょう。お若いとはいえ聞いたことはありませんか。笑鬼勘左衛門という銘を……」
笑鬼勘左衛門、その名を耳にした途端、女の顔が真っ白になった。
ぃきゃぁぁぁぁぁっぁ ぁぁぁぁっぁぁぁぁあがぅ ぃぃぃぃぃぃぃ
赤い塊が女の片目に乗せられた。
そして先程塩を塗られた左手にも擦り込まれる。
女は千切れんばかりに頭を左右に振り乱し悲鳴を上げた。足をばたつかせ、残った手は空を掴もうとする。
口からは泡が吹き出し、舌も飛び出している。
身体は跳ね上がろうとするが勘左衛門に押さえつけられ動かない。下半身は粗相を起こしていた。
若い者達の責めでもそれはしなかったのだが。
女が不意に動かなくなる。
勘左衛門は女の首に手をあて、立ち上がった。
「やれやれ、この程度で気を遣るとはね。まだ、大阪の戦いの時の素破達の方が気概があったものです」
勘左衛門は手を後ろで組み、女を見下ろしていた。
鬼柳勘左衛門。
以前は西国の時任家に仕え大坂の陣も従陣した猛将である。
それと同時に素破を束ねる将でもあり、相手の素破を捕らえ情報を取りだす名手でもあった。
絶えず笑みを絶やさず、苛烈な尋問をする勘左衛門はその名、鬼柳から笑鬼勘左衛門と呼ばれた。それは敵からは恐れられ、味方からも忌み嫌われていた。
かの家康公でさえ、「事、尋問に関しては、上総介殿に匹敵する」と言わしめたほどである。
「さて、時雨様、どうなさいますか」
勘左衛門は時雨の方を見た。時雨は数打の刀の先を火で炙っていた。
「わたしが替わる」
ぶっきらぼうに言うと刀だけを持って二人の方へ歩いてきた。刀をぶら下げて女の横に立つと、切っ先を切断された腕の傷口に差し込んだ
*▽×!#◇>$
女の身体が五寸ほど跳ね上がり、獣の咆哮に似た聲が部屋全体を支配した。
肉の焦げる匂いが辺り一面に漂う。
時雨は差し込んだ切っ先をそのまま一回転させる。傷口が真っ赤になり、紫色に変色した血液が少量吹き出した。
部屋の隅から嘔吐する音が聞こえる。
どうやらお京が吐いたようだ。
勘左衛門は何食わぬ顔でお京に近づいて行った。お京の顔も真っ白になっている。何かを言おうとして口を動かそうとするが言葉は出ず、口が虚しく動くだけだった。お京の着物も下半身が濡れていた。
「辛かったら上に上がってなさい」
勘左衛門はお京を立たせ二階へと連れて行く。
その間、時雨は火床のほうへ戻っていた。もう一度、火床の中に切っ先を突っ込んでいる。
「時雨様、死なせないようにしてくださいますか? まだ何も聞いておりませんので」
出口付近から勘左衛門が声をかけた。時雨は黙って頷くと、火床から刀を抜いた。女の方へ静かに歩いて行く。女は近づいてくる時雨を見ると、初めて恐怖の表情を浮かべた。
「や、いやぁ、お願いじまず。なんでもはなじなずから、らくにしてぐだざい」
限界を超えたようだ。
言葉が懇願に替わっていた。逆らおうという気は失せたらしい。
女は横たわったまま必死に言葉を紡ぎ出した。
死霊や妖怪を見るような眼だ。
すでに片目は大きく腫れ上がり、開くことすら出来ないようだ。時雨は焼けた刀の切っ先をもう片方の目の前に突きつける。
「話せ」
冷気を孕んだ声が部屋の中に響く。切っ先から放たれる熱が、女のもう片方の目の水分を徐々に奪ってゆく。
「ああ、あた、あたしは大見世膳屋に雇われた素破でず。……役目は東雲とかいう医者の診療所を襲い、東雲と東風とかいう女を掠い、診療所を焼き討ちにして出てくる者……を皆殺しにすることでじだ」
げほげほと咳き込み、目を閉じる。
水分が蒸発し目を開けられないようだ。時雨は早桶から柄杓で水を掬う。少しだけ顔に水をかけ、切っ先を逸らす。
「あ、ありが……とうございまず」
よほど目が痛いのか瞬きを繰り返している。
「で、目的は?」
「そこ……までは、知りまぜん。親……方様と側近く……らいしか知らないはず……でず」
女はそこで一呼吸おいた。
呼吸がかなり乱れ、眼の火も徐々に薄れている。
「もう、じ、知ってることはないでず……」
「阿芙蓉のことは?」
「あ、あふよう? しっ、しら……ない。そんなものはあつ……かってないはず……」
早く楽にしてくれと言わんばかりに口をつぐんだ。
女の荒い呼吸以外、静寂が訪れた。
突然地下二階の扉が開き、階段から二人分の足音が聞こえてくる。
女が目を見開き大声を上げた。
身体ががたがたと震えている。
「ぜ、ぜんぶしゃべりまじだ。ううう、うそはいってない、本当でず。頼みまず、信じてくだざい、早く殺してくれぐだざぃぃぃ!」
女は戻ってきた一人が笑鬼勘左衛門だと分かったようだ。これ以上苛烈な責め苦を受けたくないのだろう。時雨は蔑んだ目を女に向けた。
「今、こちらに来ているのは、勘左衛門だけではない。生き残った東雲先生の最後の弟子も一緒だ」
その言葉に女は沈黙した。
また失禁していた。生き残りが近づいてくる。しかも直弟子。
歩き方からして素破なのは間違いない。これだけ責められて、肉体的、精神的に痛めつけられても叩き込まれた訓練は生きていた。しかし女にとってそれは悪夢でしかなかった。
「た、たのみまず、ぜんぶしゃべりまじだ。は、はやく、ころ、殺してぐだざいぃぃぃ。いっ、いや、いやだぁぁぁ!」
女は最後の力を振り絞ったように叫び声をあげた。
しかし、止めは刺されない。
ふと女の視界が暗くなった。目を開けると、笑鬼と無表情の女が立っていた。残った片目に絶望の色が浮かんでいる。
「勘左衛門、お美津。全部吐いたようだ」
時雨はそれだけ言ってどうするという表情を投げかけた。
勘左衛門はうんうんと頷いている。
あとはお美津次第だ。
時雨は女が話した内容を二人に説明する。内容を聞いて、一瞬だけお美津の目に光りが戻った。しかし、すぐに冷淡な視線に戻る。やはり二人以外が、一般の患者も含めすべて殺されたというのが許せないのだろうか。
「申し訳ありませんが、二人にしていただけますか」
お美津は手に持っていた壺を土間へ置き、時雨と勘左衛門にそう言いながら火床へと向かってゆく。
「や、やくそくが、やくそくがちがう。ぜんぶ話したじゃぁないか。たのむ、たのむからぁ」
女はこれから起こることを予感したのか、約束が守られなかった事へ憤慨したのか、はたまた自分の見極めの甘さに失望したのか、鬼のような形相でふたりを睨み付ける。
どうにか逃げようとずるずるとお美津とは反対側へ動こうとしている。
勘左衛門が無感情で口を開いた。
「それは、私との約束でしょう。貴女は私がいるときに話さなかった。約束を果たす必要はないのではないかな」
女の目に涙が浮かんだ。瞬間、今までされるがままになっていた女が飛び上がり、地に足をつけた。
足が地面に着いた瞬間、両足が折れた。
すぐに身体が沈んでゆく。その身体が落ちる前に時雨の持つ刀が足元を一閃し、そのまま返す刃でもう一方の肩と腕の間を貫き、地面に縫い付けた。そのまま体重をかけ、刀を押し込んでゆく。
「っあああああああああぁぁっぁぁぁぁ」
まだ熱を持ったままの刀身が身体に喰い込み、熱はそのまま体内に放熱されていた。痛みと熱による刺激が、女に悲鳴と絶叫を上げさせた。
全身をばたばたとさせ、時折身体を痙攣させる。足下は斜めに綺麗に切断され、傷口から血飛沫が飛び散る。
その様子を灼けた五寸釘を持ったお美津がじっと眺めていた。
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