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第十五話
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「はぁ!?」
時雨は自分でも驚くほどの間抜けな声を出していた。思わずじっと小吉を見つめる。少しだけ殺気を込めた眼で。少しだけ小吉の身体が揺れたが、それ以上は動かず目もそらさない。
「あんたさぁ。昨夜の私を見たんでしょ?」
時雨の言葉に小吉は黙って頷いた。昨夜のあれを見てもまだ小吉がついてきたいと言ったことが理解できない。普通は関わるのを避け、奉行所にでも突き出すのが普通だ。
「どうせ一人だから。一人で生きて行くにはお姉さんみたいに強くならなきゃ」
そうか、力か。
時雨は小吉が何を求めているのかを理解した。
小吉はあの状態になった時雨を見て、恐怖よりもその圧倒的な力に惹かれたのだ。今の時代剣術道場などでは教えていない、人を殺し、生き残る為の術。この子はその力を手に入れることを望んでいる。
正直時雨にそれを教えてやる義務も義理も無いのだが。
「そう……か、私の目的は長崎まで行くことだ。そこまでになると思うが良いのかい?
それと遅れるのなら容赦なく置いていくけど?」
時雨の溜息とともに口から洩れた言葉に小吉は顔をにんまりとさせて何度も頷く。先程まで恐れを抱いていた小吉の顔には恐怖の表情は既に無かった。
「そう言えば名乗っていなかったね。わたしの名前は時雨。好きに呼んでくれて良いよ。それとこの箱根を発つにはもう少し時間がかかる。今回の件を片づけないとね」
それから時雨は小吉に昨夜のことを色々と聞き出した。特に春のことに関しては時雨も気になっていた。小吉の話では時雨の意識が飛んだ後は蔵の方には一切近づかなかったらしい。
と言うことは少なくとも時雨自身が手を下したということは避けられたと考えられる。後は箱根の宿場に戻って情報を集めるだけなのだが小吉は連れて行けない。
今がどうなっているか分からないが小吉の話通り時雨が薬種問屋の奉公人達を皆殺しにしていたのならば、いきなり小吉が宿場に戻るとおかしい話になる。捕まり詮議の対象になるだろう。
「小吉、ここで暫く一人で待てるかな?
その後野宿で暫く滞在するかもしれないけど」
時雨の言葉に小吉は出来ると答えた。しかしすぐに小吉の腹が盛大な音を立てた。それは時雨も同じだった。二人で顔を見合わせる。すぐに二人の顔に困惑と笑顔が戻った。
「ちょっと宿場まで戻って食べ物を調達して来るね。ついでに情報も集めてくるから一刻程ここにいて」
立ち去ろうとする時雨に小吉が小さく声をかける。
「時雨姉。置いていかないでね」
やはりまだ子供だ。不安の方が前面に出ていた。時雨は自分の愛刀の二振りのうち片方を抜き払う。血と脂に塗れ、波を打っている刀身に時雨は顔を歪ませた。普段ではこうなることは無い。脂まで巻き付くということは相当滅茶苦茶な扱いをした証拠だ。刃筋さえまともでは無かったのだろう。
「これを持っていて。とりあえず血と脂を落としてみて。やり方は任せるから好きにやってみていいよ」
血と脂に塗れた太刀を受け取った小吉は恐る恐る見つめている。それは昨夜の虐殺を思い出させるのに十分なものだった。初めての刀を手にしている小吉に温かい視線を向けると行ってくるとだけ言って時雨はその場を後にした。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
箱根の宿までそれほどの時間もかからずに着いた。やはり宿場は混乱していた。先日よりもさらに多くの捕り手達が街中に溢れかえっている。その中には重装備の侍や足軽も混ざっていた。
時雨はなるべく目立たないように薬種問屋の近くにある団子屋に腰を下ろし団子を注文する。見知った顔になっていた団子屋の女将に何が起こったのかをさりげなく聞いてみた。
女将の話では、昨夜目の前に在る薬種問屋に急ぎ働きと思われる盗賊が押し入り殺しが起こったと言うことだ。実際はどれだけの被害があったのかは瓦版にもなっていないのだが、朝から運び出される戸板の数から奉公人以上の人が殺されたのだと判断したそうだ。唯一一人だけ女性が生きたまま運び出されたそうだが、それも様子がおかしかったらしい。
「これから大変だよ。昼には小田原から役人達が大勢来たことだしね。つい先程には江戸から見使が数名駆けつけたからね。最悪稲葉家がお取りつぶしになるかもしれないよ」
横に座っていた旅人風の男が横から言葉を発した。時雨は江戸の役人まで出張って来たことに疑問を持った。あまりにも情報が早すぎるのだ。こうなることを予見していたような対応だった。
阿芙蓉の件を幕府が把握していたにしてもあまりにも手際が良すぎる。時雨は団子をいくつか食べると小吉用に団子を少し多めに包んでもらい、竹筒に水を貰う。
「さて、藤木屋へ行って情報を集めなければ……」
時雨は団子をぶら下げて泊まっていた藤木屋へと足を向けた。
時雨は自分でも驚くほどの間抜けな声を出していた。思わずじっと小吉を見つめる。少しだけ殺気を込めた眼で。少しだけ小吉の身体が揺れたが、それ以上は動かず目もそらさない。
「あんたさぁ。昨夜の私を見たんでしょ?」
時雨の言葉に小吉は黙って頷いた。昨夜のあれを見てもまだ小吉がついてきたいと言ったことが理解できない。普通は関わるのを避け、奉行所にでも突き出すのが普通だ。
「どうせ一人だから。一人で生きて行くにはお姉さんみたいに強くならなきゃ」
そうか、力か。
時雨は小吉が何を求めているのかを理解した。
小吉はあの状態になった時雨を見て、恐怖よりもその圧倒的な力に惹かれたのだ。今の時代剣術道場などでは教えていない、人を殺し、生き残る為の術。この子はその力を手に入れることを望んでいる。
正直時雨にそれを教えてやる義務も義理も無いのだが。
「そう……か、私の目的は長崎まで行くことだ。そこまでになると思うが良いのかい?
それと遅れるのなら容赦なく置いていくけど?」
時雨の溜息とともに口から洩れた言葉に小吉は顔をにんまりとさせて何度も頷く。先程まで恐れを抱いていた小吉の顔には恐怖の表情は既に無かった。
「そう言えば名乗っていなかったね。わたしの名前は時雨。好きに呼んでくれて良いよ。それとこの箱根を発つにはもう少し時間がかかる。今回の件を片づけないとね」
それから時雨は小吉に昨夜のことを色々と聞き出した。特に春のことに関しては時雨も気になっていた。小吉の話では時雨の意識が飛んだ後は蔵の方には一切近づかなかったらしい。
と言うことは少なくとも時雨自身が手を下したということは避けられたと考えられる。後は箱根の宿場に戻って情報を集めるだけなのだが小吉は連れて行けない。
今がどうなっているか分からないが小吉の話通り時雨が薬種問屋の奉公人達を皆殺しにしていたのならば、いきなり小吉が宿場に戻るとおかしい話になる。捕まり詮議の対象になるだろう。
「小吉、ここで暫く一人で待てるかな?
その後野宿で暫く滞在するかもしれないけど」
時雨の言葉に小吉は出来ると答えた。しかしすぐに小吉の腹が盛大な音を立てた。それは時雨も同じだった。二人で顔を見合わせる。すぐに二人の顔に困惑と笑顔が戻った。
「ちょっと宿場まで戻って食べ物を調達して来るね。ついでに情報も集めてくるから一刻程ここにいて」
立ち去ろうとする時雨に小吉が小さく声をかける。
「時雨姉。置いていかないでね」
やはりまだ子供だ。不安の方が前面に出ていた。時雨は自分の愛刀の二振りのうち片方を抜き払う。血と脂に塗れ、波を打っている刀身に時雨は顔を歪ませた。普段ではこうなることは無い。脂まで巻き付くということは相当滅茶苦茶な扱いをした証拠だ。刃筋さえまともでは無かったのだろう。
「これを持っていて。とりあえず血と脂を落としてみて。やり方は任せるから好きにやってみていいよ」
血と脂に塗れた太刀を受け取った小吉は恐る恐る見つめている。それは昨夜の虐殺を思い出させるのに十分なものだった。初めての刀を手にしている小吉に温かい視線を向けると行ってくるとだけ言って時雨はその場を後にした。
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箱根の宿までそれほどの時間もかからずに着いた。やはり宿場は混乱していた。先日よりもさらに多くの捕り手達が街中に溢れかえっている。その中には重装備の侍や足軽も混ざっていた。
時雨はなるべく目立たないように薬種問屋の近くにある団子屋に腰を下ろし団子を注文する。見知った顔になっていた団子屋の女将に何が起こったのかをさりげなく聞いてみた。
女将の話では、昨夜目の前に在る薬種問屋に急ぎ働きと思われる盗賊が押し入り殺しが起こったと言うことだ。実際はどれだけの被害があったのかは瓦版にもなっていないのだが、朝から運び出される戸板の数から奉公人以上の人が殺されたのだと判断したそうだ。唯一一人だけ女性が生きたまま運び出されたそうだが、それも様子がおかしかったらしい。
「これから大変だよ。昼には小田原から役人達が大勢来たことだしね。つい先程には江戸から見使が数名駆けつけたからね。最悪稲葉家がお取りつぶしになるかもしれないよ」
横に座っていた旅人風の男が横から言葉を発した。時雨は江戸の役人まで出張って来たことに疑問を持った。あまりにも情報が早すぎるのだ。こうなることを予見していたような対応だった。
阿芙蓉の件を幕府が把握していたにしてもあまりにも手際が良すぎる。時雨は団子をいくつか食べると小吉用に団子を少し多めに包んでもらい、竹筒に水を貰う。
「さて、藤木屋へ行って情報を集めなければ……」
時雨は団子をぶら下げて泊まっていた藤木屋へと足を向けた。
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