江戸の薬喰い

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小紅葉

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 ぱちぱちという薪の爆ぜる音とともにじゅうじゅうという音が見世の中に響く。
 脂の焦げる匂いは庶民には嫌なものだが(普段使いの脂が魚油で臭いがひどい)、この脂の匂いは腹が空く。
先ほどの乳鍋が無くなり、腹をさする者とまだかまだかと次を待つものとに分かれ次を待つ。

「良い匂いだな」

 先ほど乳鍋をあまり食べなかった男がふらふらと調理場を覗きに行く。
そして……。

「なんじゃこりゃあ!」

調理場を覗いた男はその場で固まり大声を上げた。
幾人かが調理場を覗きに行く。
そして誰もが固まった。

「あのなぁお前ら、楽しみにして待つということが出来ないのか?」

調理場の奥から店主の声。
入口で固まっていた男たちは店主に押され入口から散らされる。

「で、でもよ、さっきあまり食べなかったから腹が空いてなぁ。それに今のは……」

 実際これまでに食べたものは串焼き二本と乳鍋だけだ。
そして乳鍋も小鉢で一杯だけの者も半数近い。
まあ、食べなかった者が悪いのだが……。

「知らねえよ。乳鍋を食べなかった奴が悪い。
あそこを見てみろ」

 店主が指さした先には、ぽっこりお腹で身体を動かしている鬼灯。
結局鬼灯は煽られるまま鍋半分以上を一人で食べた。
現在、腹を空かせるために身体を動かしているらしい。

「まあ、あそこまで食べると次が入るのか心配だがな」

あきれ顔で店主は鬼灯を見る。
煽った元凶としたら酷い言い様だ。

「とりあえず四半刻で仕上がるからもう少し待ってな。
それと見たものは黙っておけよ」

そう言うと店主は調理場に引っ込んでゆく。

「あれを見ちまったらなぁ」
「あれがどうなるのか見ていたいよな」

それでも数人はしばらく調理場を覗き込んでいた。



「鬼灯っ! 手伝ってくれ」

 四半刻が経った頃、店主が調理場から出てきて鬼灯に声をかける。
佐治と話していた鬼灯は「あいよ」と声を上げて調理場に入っていった。

「あ~。
あんたさぁ、どう考えたらこんな料理を思いつくんだい?」

調理場から鬼灯の声が上がる。

「ああ、これなぁ。これは大陸の調理法をな、ちっと変えたものさ。さあ、運んでくれ」

「か弱い乙女に何させるんだい」

「ああ? か弱い……だと? 免許皆伝持ちが何をほざくか。
阿保みたいに鍛え上げているくせに」

調理場からの会話に見世の中が一気に静まりかえる。

「うっさいなぁ、か弱き乙女が一人で生きていくためには必要なことだい」

会話が止み、木の板を店主と一緒に抱えた鬼灯が調理場から出てくる。

「やっと来たか。覗いた時から待ち焦がれていたんだ」
「待ってたぜぃ」
「……は?」
「お、おぉう?」
「冗談……だよな」
「すげぇ」
「うほ♡」

驚き七、喜び三。

二人が抱えた木の板の上には三尺ほどの子紅葉が丸ごと乗っていた。
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