江戸の薬喰い

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小紅葉-2

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「あ~、それ紅葉か?」

 誰かが口を開く。
先ほど乳鍋が乗っていた机に木の板とその上の物が置かれた。

ぎしっ

机の軋む音が響く。
木の板の上に乗ったもの。
それは子紅葉の丸焼きだ。
体長は三尺ばかり。
皮が剥がれたそれは見事な焼き色が付き、香ばしい匂いが漂う。
木の板の上には汁と脂が伝い、なまめかしく光っている。

「す、すげえ。これ全部食べられるのか……」

袖で口元の涎を拭う者。
ふらふらと紅葉に近づく者。
ただただ黙って見つめる者と様々だ。

「あ~、期待しているところ悪いんだがなぁ……」

 店主は苦笑いを浮かべながら包丁を紅葉の腹に当てる。


ぷつ ぷつ ぷつ


 紅葉の腹、包丁が当てられたところから何やら切る音。

「あん、割いた腹を糸で縫ってあるんかい?」

 重い子紅葉を運び終わり一息ついた鬼灯が店主の作業を覗き込む。
すぐに他の客達も作業を見るために近づいて来た。

「よっっと」

 店主の掛け声とともに縫われた腹が開き、様々な野菜が顔を覗かせた。

「ん? 野菜? もしかして……」

 絶望の表情を浮かべる鬼灯。
その言いたかったことを察した他の客たちも一斉に表情を暗くする。

「まあ、待て。本命は野菜じゃあねぇよ」

 店主が紅葉の腹から出た野菜を掻き分け、出したもの。
それは竹の皮に包まれた何か。

「とりあえずさ、少し腹を膨らませた方が良いかと思ってな。この竹皮に包まれた握り飯を喰ってみな」

 店主は小皿に一つずつ竹の皮に包まれた握り飯を乗せ、出てきた野菜を添えて並べてゆく。
しかし誰も動かない。
そう、客の視線は目の前の子紅葉にくぎ付けだからだ。

「なあ、これは喰えないのか?」

 客の一人が子紅葉を見ながら呟いた。
期待の視線が店主に集まる。

「ん? あ~、まあ食べられるけどな。とりあえず、こっちの握り飯を喰ってどうしても食べたいという奴だけな。
それと箸で喰えよ。手が汚れるからな」

 そう言われるが早いか皆我先にと小皿を取り、自らの席へと向かう。

「う、うめえ」
「こりゃあ、すごいな」
「これは紅葉の味が握り飯に染み込んでいるのか?」

 あちらこちらから上がる絶賛の声。

「美味いんだが、手がな……」

 手に付いた脂を舐めとりながら微妙な顔をする者もいる。

「そりゃあ、箸を使わねえからだろ。箸で喰えと言ったはずだが?」

 店主が呆れた顔で笑う。

「握り飯は手で喰うのが一番うめえんだ。箸なんかで喰えるか!」

 そうだそうだ、とあちらこちらから声が上がる。
流石に店主も【それはそうか】という表情を浮かべる。

「まあ、握り飯にしなければ良いんじゃないか? もう少し工夫の余地はあるけどねぇ。美味いのは間違いないんだし」

 鬼灯が握り飯を頬張りながら声をかける。
目の前の佐治は野菜を夢中になって食べているが、鬼灯の言葉に相槌をうっている。

「で、肝心の紅葉は……」

 握り飯を食べ終わった鬼灯は期待の視線を店主に送り……。

「はあ、分かった分かった。食べたい奴は並べ」

 待ってましたとばかりに一列に並ぶ客たち。

「おまえら、こんな時は行儀が良いのな」
 
 あきれ顔を見せた店主はすぐに子紅葉を切り分け始めた。
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