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第2章 対峙

一話 遊撃師団長

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突然の出来事に一同唖然。現実的に人が壁をすり抜ける等、有り得ない。


しかし実際にすり抜けて来たのだから、現実を受け入れるしかないかの如く、皆立ち竦んでいた。


「やれやれ……。こういう仕事は探索師団の役割でしょうに……」


突如審議中の広間内に、すり抜けて入り込んで来たその人物は、ぶつくさと何やら呟いている。


何者だろうか。周りの鳩が豆鉄砲を食らったみたいな、唖然とした反応を見る限り、少なくとも此処所縁の者で無い事は確かだ。


「あっ! 今は私もか」


思い出したかの様に手をポンと叩き、一人で納得していた。


この明らかに空気の読めてない人物は、姿形から男性である事は間違いないが、何処か雰囲気が異質だった。


時代にそぐわないのだ。


その右目を流し気味に隠した栗色の髪は、明らかに異邦人系の者。


漆黒の黒装束を身に纏い、だがそれすらもこの国の忍装束とは勝手が違う。それは異邦独特の編み方か。少なくともこの国の技法では無い。


長身の男の腰には、剣が差してある。それも刀と呼べる代物では無く――


“西洋剣”


形からその様な装飾が施されていた。


「なっ……何者じゃ?」


ようやく事態を呑み込めたのか、長老がその異邦人らしき人物へ問い掛けた。


「ああ、これは失礼……」


彼も気付いたのか、それとも眼中に無かったのか、一時止まっていた刻が動き出す。


「私は“狂座”第十八遊撃師団兼、第十六探索師団を両任させて頂く――」


“狂座”


男が口にしたその単語に、場が一瞬で凍り付いた。


「師団長のシオンと申します。この地の担当も兼ねてますので、以後お見知り置きを」


紳士的口調の優男風だが、紛れもない狂座の者であるという事に。


「なっ……何故!?」


「そんな馬鹿な!」


「一体何時?」


シオンの存在に、周りがざわめき出す。


“狂座の者が此処に侵入を果たしたのか?”


これはそう簡単に成し得る事ではないから――


『やはり……』


少年の方へ視線が集まる。


“こいつは狂座の者が此処に居る事を知っていた”


誰もが疑念に思う。最初にその存在を口にしたのは、他ならぬ彼自身。


ならば考えられる事は一つしか無い様に思えた。


“狂座関係の者”


もしくは近い立場の存在であるという事に。


しかし少年はそんな視線や疑惑は知ってか知らずか、動じる事も無く表情も崩さない。


「さあ皆さん! そう固まらずに」


シオンと名乗った狂座の者は、両手を二拍子で叩き、再び周りの注目を集める。


「いやぁ、此処に辿り着くのは苦労しましたよ……」


シオンは陽気にその苦難の経緯を語り始めた。が、何処かその余裕の顕れが不気味だった。


「流石は自然の要塞に護られた、古来より退魔守護を生業とした――」


そして此の地に於ける由来を。


「夜摩一族。その所縁の地」


その言葉を聞いた瞬間、一同は震撼する。


門外不出の筈が、狂座にそこまで情報が知れ渡っていた事に。


だが“あれ”が有る以上、何時かはこの事態が訪れる事は分かってはいた。


その鍵となったのは、やはりこの少年なのか。


ただ一つだけ確かな事は――


皆が一斉に臨戦態勢を取る。


“二人共に、この地から生きては帰さない”


という掟に準じた、信念と行動有るのみ。


誰もが刀を手にし、鯉口を切らんとしている。


隙を伺い、一斉に斬り掛かる手筈だ。


「おやおや物騒な……。闘いに来たつもりではないのですけどね」


口ではそう言いながらも、シオンは少しも動揺している素振りを見せない。


「私の仕事は夜摩一族の戦力分析……」


“何だ、あれは!?”


左手首に巻かれた、何やら機具らしき物を操作しだしたシオンを怪訝に思う。


それは見た事も無い物。


現代でいうそれは、さながら腕時計。


“異邦の技術か?”


「フム……大体“侍レベル”三十前後か。常人としてはそこそこ、といった処でしょう」


シオンの発した“侍レベル”なる、聞いた事も無い呼称。


それが何を意味するのか、理解出来る者はいない。


シオンは口角を吊り上げる。明らかに嘲笑っているその余裕。


「闘っても時間と命が無駄というもの。ここは一つ、取引をしませんか?」


まるで結果が分かりきっているかの様に、その大胆不敵な提案を持ち掛ける。


辺りがざわつく。勿論、どんな取引だろうが呑める訳は無いが――


「渡して貰いましょうか。我等“狂座”が当主、冥王様の御霊を封じ込めているとされる“光界玉”を。此処に隠されているのでしょう?」


狂座であるシオンの提案。その本題。


「なっ……」


「何故……?」


その光界玉なるキーワードを聞いた瞬間、誰もが蒼白に引きつり、その場で立ち竦むしかなかった。
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