僕の不適切な存在証明

Ikiron

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1話

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母 5分前
もう空港付いた?

もう着いた。            
 既読 いま、ロビーで飛行機を待ってるとこ。

母 1分前
解った、また向こうに付いたら教えてね
ミッドランドに付いたら十分気を付けるんだよ
ナラカとは色々違うんだから。
あと、ミオさんにはお母さんからもお礼を言っておいて。
お世話になっているんだから

解ってる、心配しないで    
ミオにはちゃんと伝えておくから
母さんこそ体には気を付けて  


オオハラ・アヨウは端末を操作し母に返信のメッセージを送った。
あと、1,2時間もすれば自分は国際線の飛行機乗り、10時間以上もかけて大洋を超え、海の向こうの外国へ行くのだ。

 「誰から?」

と、ベンチの右の席からから声がかかる。黒目がちでクリっとしたブラウンの瞳がこちらを見つめていた。黒と灰褐色のロングヘアが美しい彼女は、アヨウの恋人ウエダ・ミオだ。

 「母さんから」

アヨウがミオに答えると、端末が警告音を鳴らす。画面にはバッテリーの残量が少なくなった旨を知らせるメッセージが表示されていた。

 「おっと……」

アヨウは自分の鞄から万年筆を太らせたような筒状の装置を取り出しそれを端末に繋げた。そして装置を握り意識を集中する。すると彼の体内から生命エネルギーである「魔力」が生み出され、装置にそれを流し込んだ。すると内部の機械が駆動し彼の魔力を電力に変換し始めた。端末の表示が充電中に変わる。

 「端末買い換えないの?今の機種なら変換器が内蔵式で便利よ?魔力の消費も少ないし」

ほら、と、ミオは自分のアヨウのそれより新しい機種の端末を見せながら訪ねた。彼女が端末に魔力を流し込むと端末の表示が充電中に変わった。

 「あと半年も待てば次世代機が出るからそれまでだましだまし使うさ」

 「フーン、それでお母さん何って?」

ミオがそれてしまった話題を元に戻した。

「君に有難うって」

 「私は車を出しただけよ」

向き直って声の主に顔を向ける。
彼女は一時間半も車を走らせて自分を空港まで送ってくれたというのに、恩着せがましい様子はおくびにも出さない。

 「でも、そのおかげででかい荷物を3つも抱えて電車を乗り継がずに済んだよ」

アヨウは衣服と生活必需品の詰まった大きな旅行鞄のことを思い出しながら答える。すでに預けてあって手元にはないが、それらを抱えて公共交通機関を梯子することを考えると運転手を買って出てくれた恋人に感謝の念を抱かずにはいられない。

 「アヨウがこれから外国で大変な思いをするのよ、これくらい当然よ」

 「大げさだな、ただ留学するだけだよ」

ミオは手に持っていた紙カップのコーヒーに髪がつからぬよう、抑えながら一口すすると、それに、と、付けくわえ。

「これから暫く会えなくなるのよ、できるだけ長く一緒にいたいじゃない」

ブラウンの瞳がこちらを寂し気にこちらを見つめていた、彼女の髪が秋の日差しに透かされて彼女の雰囲気を朧気に見せていた。

 「ミオ……」

自分との別れを惜しむ恋人をいじらしく思い、彼女に触れようと立ち上がろうとすると、突然”尾”が引っ掛かる感覚がし腰を浮かすことができなかった。
違和感の元に目を向けるとオレンジ色の髪と尖った耳を持った3~5歳くらいの少年がアヨウの尾をつかんでいた。“ヒメーリアン”の男の子だ。

ここナラカ国の主要な種族は自分やミオにように”タルタリアンだ”、ということはきっと国際線到着出口から迷い込んできた外国人だろう、ここは国際空港だそういうこともある。

 「坊や一人かい?パパかママはどうしたの?」

目線が合うようにかがみながらアヨウが聞く、きっと少年の保護者が近くにいるか、そうでなければ探しているはずだ。
そんなアヨウの思慮を知ってか知らずか、少年は答えずアヨウの尻尾を夢中でなぶり続けた。きっとタルタリアンを初めて見たのだろう、珍しくてたまらないといった様子だ。

 「坊やお兄さんの尻尾に興味があるのかい?」

少年は黙ってこくりとうなずいた。
アヨウは怖がらせないように笑顔を作りながら。

 「僕たちに興味をもってもらえるのはうれしいね、どんな感じがする?」

アヨウの問いかけに少年は初めて答えた。

 「フカフカして毛が生えてる」

 「耳も触ってみる?」

少年はうなずきアヨウの顔の横から生えた耳に手を伸ばした。茶褐色の被毛に追われた獣のような耳をクニクニと折り曲げながらもてあそぶ。

 「どう?」

 「こっちも毛が生えてて暖かい」

 「なるほど、角も触りたい?」

 「うん、触っていいの?」

 「いいよ」

少年はアヨウのこめかみのあたりから生えた”角”に手を触れる。爪で軽く引っかいたり根元をつついたりしてまるで本物かどうか確認しているようだ。

 「こっちは固い」

 「うん、そうだね」

アヨウは少年の目を見つめながら少年に尋ねた。

 「坊や名前は?」

 「ブルー」

 「ブルー、他の国の人に興味を持つのはいいことだ、だけど人の尻尾を突然引っ張ったりしたらだめだよ」

 「どうして?」

 「君がいきなり耳を引っ張られたらどう思う?」

 「えっと、痛くてびっくりすると思う」

 「そう、びっくりするんだよ、それとおんなじだ。君はお兄さんをびっくりさせたんだよ?人をびっくりさせるようなことをしたら駄目だ」

 「そっか……」

ブルーは少しばつが悪そうだ。

 「だからブルー、今度からはいきなり人の体を引っ張ったりしたらだめだよ?」

 「うん」

 「もう二度とやらないって約束できるかい?」

 「うん」

「よし、いい子だ」

そういってアヨウはブルーに笑みを返す。

 「あ!パパ!ママ!」

ブルーはラウンジの方からやってきた壮年のヒメーリアンの男女を見て声を上げた。
その声を聴いてブルーの両親はアヨウたちのもとに駆け寄ってきた。

 「ブルー勝手に離れちゃダメでしょ!ママもパパも心配したのよ!」

ブルーは母親の言葉には答えず。

 「このお兄さんが尻尾を触らせてくれたんだよ!」

とアヨウを指さして無邪気に言った。
それを聞いてブルーの両親は顔色を変えた、人種の差異にみだりに触れることは現代の価値観ではタブーに当たる。

 「ブルー!あなた何てことしたの!この人に謝りなさい!」

母親がブルーに叱責をする。

 「申し訳ありません。私たちの息子が大変無礼なことを……」

すかさず父親がアヨウに謝罪する。

 「大丈夫です、子供のすることですから。それに、彼にはもう十分言ってあります、だからどうかあまり叱らないであげてください」

 「そうですか……」

ブルーと彼の両親が去っていくブルーは無邪気にアヨウに手を振っていたが、両親はまだ申し訳なさそうだ。

 「言葉の方は完璧見たいね」

一部始終を見ていたミオが言った。一連のやり取りは全てミッドランド公用語で行われていたのだ。

 「ま、それなりに準備はしましたから」

 「なあんだ……アヨウのことだから言葉がわからないーって音を上げて直ぐ帰ってくると思ったのに」

ミオは残念そうに言った。

 「おいおい、恋人の成功を祈ってくれないのかよ」

 「長い間ほったらかしにするんだから当然の報いです」

 「ちゃんと毎日連絡するって」

 「そんなこと言ってやることやるのが男だからなぁー、長い間一人にしておくと国に残した女をよそに現地でちゃっかり女を作っちゃうんだから」

 「やらないよ‼勉強しに行くだけだから!そんなナンパなことしないし、そんな暇ないから!」

 「じゃあ向こうから来たらどうするのよ?」

 「その時はちゃんと断るって」

 「相手が無理やり関係を持とうとしたら?」

 「俺はどれだけモテることになってるんだよ!」

そんな他愛もない痴話げんかをよそにアヨウの乗る便のアナウンスが聞こえた。

 「もう……行かないと」

 「うん……向こうに行っても元気でね」

 「ミオこそ体に気を付けて」

 「うん……」

 「それじゃあ……」

名残惜しさを飲み込んでアヨウは踵を返して出国ゲートへ向かった。しばらく進むとふいに後ろから。

 「アヨウ!必ず帰ってきてね‼」

と声がかけられた。

 「わかってる…!」

再びこみ上げる寂しさを抑え込んで何とか答えた。
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