僕の不適切な存在証明

Ikiron

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3話

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ユハは建物がまばらなカントリーサイドを抜け、街中にある目的地にたどり着いた。ここは世界でも有数の学生の街であり、若者の街だった。周囲には背の高い建物はあまりなく、若者を引き付けるカフェや享楽施設、学生が滞在する集団住宅が多く。海から比較的近い立地も相まってどこかリゾート地のような雰囲気が漂っていた。

ユハの目的地はそんな街の中心的存在である”大学”である。この国の大学はオープンであり、周囲を隔てる壁は存在せず、外界と内界を隔てる明確な境界は存在しない。
施設内には外部に通じる道路が縦横に走っており、いくつかの”飛び地”さえ包括していた。複数の設備と人員の巨大な集合体であるそれは、あたかも周囲の環境に食い込み浸食しているようでもあった。

そんな開放的な大学の性質を利用するように、ユハは施設内に入り込んだ。周囲には講義を受けに来た学生や大学の運営にかかわるスタッフで賑わっており、ユハという異物が紛れ込んでも気に掛けるものはいない。

大学のキャンパス内には芝生や植木などの植物が多くそういった自然の中にある小さな草花を採集してはお気に入りの黒いノートにスクラップしていくのがユハの趣味であった。
自然に関しては現在の彼の住処のほうが豊なのだが、環境が違う分見つけることのできる植物が違うように感じるため、この大学までやってきて採集をすることを好んでいた。
何よりここにはユハの趣味に文句を言う人間はいない。

 ”そんな何の役にも立たない遊びは卒業して、他の子と同じようにしなさい”
 ”草なんか集めて何が他のたのしいんだ?”
 ”無価値な遊興で時間と才能を浪費している”

仲間たちからの理解のない言葉を思い出すと暗澹たる思いがした。とはいえ彼らの言うことも最もだと思うところもある。普通なら自分のような年頃の男は”夜回り”の仕事についているのだが、自分は若者ながら特別に”昼回り”の仕事を任されている。”昼回り”は”夜回り”と比べてノルマは課せられていないが、一切成果を出せないまま趣味の草花の収集ばかり充実していくとなるとさすがに今のような特権的立場ではいられないだろう。いくら一族の中でも有数の魔法の才覚に恵まれた自分とて同世代の子供たちと同様に”夜回り”の仕事に回されてしまうに違いない。保守的な母のユラヌスや上昇志向の強い兄のアジュダハは自分の”放蕩”を許さないだろう。そのことを考えると歯にものが詰まったような落ち着かない気持ちになった。

 「はあ……」

思わずため息をついてしまう。思えば今日という日は出だしから最悪だったな。
今朝の出来事を思い出しより憂鬱な気持ちになった。

憂鬱な気持ちを抱えながらキャンパスを彷徨とカフェテラスにたどり着いた。
ふと自分は今日まだ何も飲み食いしていないことに気が付いた、家族を起こさないようにこっそり家を出てきたので朝食は家で食べてこなかったし、ひと悶着あったせいで結局道中でも何も買わなかった。あの場に長居するのはさすがにはばかられた。

カフェテラスからはドーナッツの甘い匂いやハッシュポテトの香ばしい匂いそしてホットチョコレートの甘い香りが漂ってきてユハの喉をゴクリとならせた。
活力の萎えた頭が今の陰鬱な思考を生んでいるのかもしれない。そう考え財布の中身を確認する。財布の中には”活動資金”としてユハにあてがわれたいくらかのお金が入っていた。先のことを考えると食べ物を買う余裕はないかもしれないが、飲み物ぐらいは買えるだろう。ユハは意を決してカフェテラスの中に入っていった。

カフェの中は多種多様の学生たちでごった返していた、ヒメーリアン、タルタリアン、黒い肌と鱗を持ったプルガリアン等様々だ。飛び交う言葉も様々で、ミッドランド公用語、耳に覚えのある隣国の言葉やユハには全く理解のできない遠国の言葉で話すものもいた。きっといろいろな国から人が集まってきているのだろう。

ユハは朝食を買うためにレジ並ぶ学生の列に加わった。
列の先端はレジのあるカウンターへ続いており、カウンターのレジは中年のプルガリアン女性が担当していた。彼女は肥満しており、全身の肉を震わせながら時に手早く、時にゆっくりと学生の列を片付けていく。

ユハは自分の番が来るのはまだしばらくかかるなと思いふと周囲の人々に目を見張らせた。周囲の学生、特にヒメーリアンとタルタリアンの男性に意識を向ける。業腹だが、たまには”昼回り”らしいことをしなければ。ユハは名目上の目的を果たすべく”獲物”になりそうな人間を物色する。カフェでの様子を一望しただけでは目的に叶う”獲物”かどうかはわからない。それは詳しく追跡調査をしてみなければわからないことだった。

 (アジュダハに適当なことを言ってごまかそう)

一応働いていることを説明すれば取り敢えずは納得してもらえるだろう、母と違って兄は気の大学に”昼回り”に行くこと自体には賛成している。そんなことを考えていると。

 「次!」

と、レジの中年の女性から声をかけられた、自分の番が回ってきたのだ。ユハはホットチョコレートを購入するとあたりを見渡し席を探した。カフェテラス内の席はほとんど埋まっていたが、角の方に不思議と一席だけ空いていたのでそこに向かった。

四人掛けの席には既に3人先客がおり皆朝食のプレートをつつきながら、ラップトップやノートを見ていた。その3人のうちの一人、タルタリアンの青年が座っている方に空きがあった。相席させてもらおうとユハが近づくと長椅子のもう一人の側に青年の尻尾がおかれていてまるで席取りをしているようだった。だから誰も座っていなかったのかとあきらめて立ち去ろうとしたとき。

 「アヨウ、アヨウ!」

迎えに座った一人が青年に声をかけた。アヨウと呼ばれた青年は一瞬ユハに目配せすると、事情を察したようで尻尾をどかすと、

 「どうぞ」

と相席を促した。彼の厚意に甘え相席させてもらうと手にしたホットチョコレートのカップに口を付けた。

熱々のカップの中身をちびりちびりとすすっていると、横の青年が大口を開けてあくびをした。どうやら寝不足らしい。彼の口の中には発達した犬歯が見えたこれもタルタリアンの特徴の一つだ。彼の頭髪や尻尾と耳の被毛は灰褐色と黒が混じっていて落ち着いた色合いをしている。角は左右の長さが整っていてこれは健康状態が良好であることを示している。身長は高くないが体格はそれなりに良いようだ。顔立ちは整っているが、美形というよりは愛嬌がある感じだ。皮膚には疾患の兆候はない、やはり健康状態はよい。”アヨウ”という名や言葉に若干の訛があることからおそらくは海外からの留学生か、頭もいいのだろう。

 (こういうのが”昼回り”の格好の標的なんだよな…)

“夜回り”と違って”昼回り”にはノルマはない、標的の候補の報告だけでも十分な成果だ、最終的にそれを標的にするかはみんなと話し合って決めるのだから。

 (このことを伝えれば少なくとも仕事をしていることにはなるか)

そんな思索を巡らせながら横に座る「アヨウ」を眺めているとふと「アヨウ」と目が合った、彼は「何か?」とでも言いたげに微笑みかけた。丁度見つめ合っているような形になってしまう。「あなた私たちの獲物にぴったりですね」だなんて答える訳にもいかず、ユハはとっさに目をそらす。すると通路の方から

 「あなた達恋人同士?」

という声がかけられた、そこには若いヒメーリアン女性がいてユハとアヨウに話しかけているようだ。彼女は髪染めをしているのか黄色やらオレンジ色やら緑色の複数色の派手な髪色をしていて、ボディラインのはっきりをわかる服装をしていていかにも遊んでいるという雰囲気だ。

 「いいや、彼女とは今あったばかりだよ」

横の席のアヨウが答えた。

 「そう、ところであなたたちは保護婚派?それとも自由婚派?」

予想が外れたにもかかわらず、彼女は自分の話を続けようとした。

 「あー……俺は留学生だから基本的にはこの国の政治には関与すべきでないと思っているのだけど……」

 「それでも意見を持つことはできるはずよ、あなただって当事者でしょう?」

アヨウは面倒な話題を振られてしまったようで辟易しているようだが女性は構わず質問をする。

 「基本的には婚姻は自分の望んだ相手とするべきだと思っているよ、個人が自分の人生において選択権を持つことは現在広範に支持されている価値観だからね」

アヨウは回りくどい言い方で答えた。どうも言葉を慎重に選んでいるようだが、自由にするべきといいたいのだろう。

 「それなら”カイメラ”についてはどう?彼らの誕生を許すべきだと思う?」

彼女その言葉を聞いた瞬間、ユハの胸中に焦りと恐怖とそして怒りがないまぜになった感情が湧き出した。

(”カイメラ”が生まれるべきかだと……!よくもそんな質問が僕に……僕たちに……)

肌からは脂汗が噴き出し激情で体が震えた。アヨウが何か答えようとしているようだがユハにはそれどころではなかった。自分に同じ質問をされたら何て答える?何て答えればいい?そのことを考えると眩暈さえした。いっそこの女を殺してしまいたかったがそれは無理だ、ここでは人が多すぎる。

胃がムカつく感覚がし、空腹なのに吐き気がした。やはり今日は最悪の日だ。もう一時たりともここには居たくない。ユハは立ち上がり彼らを無視して立ち去ろうとする。その際勢いよく立ち上がったので隣のアヨウの荷物と自分の荷物をぶちまけてしまった。

 「どっ、どうかしましたか?」

アヨウがユハのただならぬ様子に声をかけるが、それも無視し、自分の荷物だけひったくるように持っていき足早にその場を去った。
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