僕の不適切な存在証明

Ikiron

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4話

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オオハラ・アヨウは絶望していた、焦りと後悔の中ただひたすらPCのキーボードをたたいていた。

 (自分の不注意とはいえこんな……)

大学院生であるアヨウにとって大学とは授業を受けるだけの所ではない。学部生と違って教授の手伝いをして授業の準備をしなくてはならない。その授業に必要な実験結果の書かれたノートを紛失してしまったのである。被害は自分だけでなく授業を行う教授やそれを受けるほかの生徒にも及ぶ。それだけの大失態を犯してしまったのだ。もちろん事態に気付いてすぐ担当の教授に報告したが、おとがめなしとはいかなかった。教授から明日の授業に間に合わせるため代わりの資料を渡され明日の授業に間に合わせるために必死こいてキーボードをたたいているのである。

どうしてこんなことになったのか思い起こせばきっと今朝の出来事が原因なのだろう。
今朝アヨウは連日のとおり寮の友人たちと朝食を摂っていた。カフェが始まる頃の時間に気の合う3人で奥にある席に座って朝食を摂りながら一日の学業の準備に勤しむのがアヨウたちの日課だった。その日アヨウはハッシュドポテトとベーグル、そしてコーヒーを頼んだ。アヨウは紙皿に盛りつけられたハッシュドポテトをフォークで突きつつ机に広げた課題の資料眺めていた。午後にはレポートの提出があるが不備はないだろうか?そんなことを考えていると。

 「アヨウ、アヨウ!」

と対面の席に座った寮友から声がかかった。何事かと周囲に目配せすると一人のヒメーリアンの少女が残念そうな顔をして立っていた。どうやら彼女は自分の横に座りたいのだが、自分の尻尾が席取りをしていて座れないので困っているようだ。これは無礼なことをしてしまった。アヨウは尻尾をどかすと「どうぞ」と相席を促し、元の作業に戻った。

 (ふああ~)

思わず大あくびが出てしまった、連日の夜更かしが祟っているのだがから仕方がない。大学院生とは時間がないものなのだ。気を取り直してレポートの見直しを続けていると。
横を見ると横に座った少女が自分をじろじろと見つめているのに気が付いた。怪訝に思いこちらも見返すと、少女はとても整った顔立ちをしていることに気が付く。身に着けた白いワンピースにプラチナブロンド髪も相まって、少女はまるで一輪の白い花のようだ。
そんな少女が自分をまるで値踏みするようにねめつけていた。もしかしてさっきの件まだ怒っているだろうか?ついつい愛想笑いを浮かべてしまう。その時通路の方から一人のヒメーリアン女性が近づいてきた。

女性は何色にも染めた派手な髪とボディラインのはっきり出る格好をしたいかにも遊んでますといった風体で、尻尾の生えたハートと尖った耳のついたハートの組み合わさったマークの柄のTシャツを着ていた。

(げっ、面倒くさいのに見つかった)

アヨウは内心悪態をついてしまう。彼女の着ているTシャツはとある政治的問題のシンボルであり、彼女はその問題に関心があることを主張していた。そしてアヨウはそのことに対して聞かれるのが嫌だった。

「あなた達恋人同士?」

 「いいや、彼女とは今あったばかりだよ」

 「そう、ところであなたたちは”保護婚派”?それとも”自由婚派”?」

 「あー……俺は留学生だから基本的にはこの国の政治には関与すべきでないと思っているのだけど……」

留学生であるアヨウは滞在先の政治に関与すべきでないと考えていた、内政不干渉の原則に反すると考えたからだ。

 「それでも意見を持つことはできるはずよ、あなただって”当事者”でしょう?」

それは全くごもっともとアヨウは思った。だからこそ重要な問題に対して論じるときには十分な準備をさせてほしい。

 「基本的には婚姻は自分の望んだ相手とするべきだと思っているよ、個人が自分の人生において選択権を持つことは現在広範に支持されている価値観だからね」

取り敢えず当たり障りのない形で自分の見解を伝えた。

「それなら”カイメラ”についてはどう?彼らの誕生を許すべきだと思う?」

カイメラそれはヒメーリアンとタルタリアンの間に生まれる交雑種のことだ。要するにハーフなのだが、カイメラにはただのハーフにはとどまらない二つの特徴があった。

一つはカイメラが雑種強勢によって極めて強力な魔力を持つということ。つまりカイメラは高度な知能と人権を持った猛獣のような存在であること。

2つ目はカイメラは生殖能力が極めて低いということ。他の多くの交雑種に共通するようにカイメラには生殖機能に問題を抱えている。男性のカイメラは生殖能力がなく、女性の場合でも妊娠する確率が極端に低いとされている。これはカイメラは障碍者であるという見方もできる。ヒメーリアンとタルタリアンが生殖をすることは、胎児に害のある行いであり、規制すべきであるという考えもあること。

一代限りの忌子である彼らは、何時しか”混ざりものの怪物”という意味で『カイメラ』と呼ばれるようになった。彼らを人種の垣根を超えた二人の愛の結晶と見なすべきか、生殖機能障害を持った危険人物とみなすべきか、彼らは生まれるべきか、そうではないか?歴史、法、人権、生命倫理等様々な重大な領域にまたがるこの問いに世界は未だ答えを見いだせずにいる。

質問者の彼女のTシャツのマークはカイメラの誕生の是非を問う”保護婚対自由婚問題”のシンボルなのだ。尻尾の生えたハートはタルタリアン、尖った耳の生えたハートはヒメーリアンを示している。そんな彼女の主張は要するにアヨウと白い少女に対して「お二人は大変仲睦まじく見えますが重要な問題に関してはちゃんと考えてますか?」と聞こうとしているのである。

 (やれやれなんて答えたものか)

”保護婚対自由婚問題”は完全に価値観の対立であり、ゆえに妥協点はない。不用意なことを言いようものなら外野を巻き込んだ大論戦になるだろう。

アヨウが答えに詰まっていると、横に座った白い少女が突然勢いよく立ち上がった。その拍子に彼女はアヨウの荷物をひっくり返し中身をぶちまけてしまった。驚き少女を見ると少女の顔は真っ青で脂汗がにじみ体を震わせている。彼女の只ならぬ雰囲気に。

「どっ、どうかしましたか?」

と、シドロモドロになりながら聞き返すが、彼女は一緒にぶちまけた自分の荷物だけひったくるように拾い上げるとそのまま足早にカフェテラスから出ていった。

衝撃的な光景に一同氷ついているとアヨウの向いの席から声がかかった。

「その辺にしとけよ?彼女怒って出ていっちゃったぜ。」

寮友の一人が質問者の女性を咎めた

「私は彼女を傷つけるつもりはなかった」

女性は反論したが彼はそれには答えず。

「アヨウもそう思うだろ?」

「え?あ……ああ!こういう重要な問題は十分な準備をしてからの方がいいよ。この問題は価値観とか歴史的背景とかが大きくかかわっているからそのあたりのすり合わせを十分済ませてからじゃないと……きっと議論が平行線になってしまう」

質問者の女性は何か言いつくろうとしたようだが、周囲の空気は冷めきっており

 「わかったわ」

と渋々了承した。
アヨウは助け船を出してくれた寮友に礼を述べると、再びいつのもの朝に戻っていく。

アヨウが事態に気が付いたのは午後の実験を始めようとした時だった。実験に必要な資料を鞄から取り出していたら実験記録用のノートが土で汚れていることに気が付いた、まるで野外で使ったようだ。おや、と思い中を覗いてみるとそれは自分のノートではなく何者かが作成した自作の植物図鑑のようなもので、多種多様の草花がスクラップされていた。オリジナルの命名や分類までされている力作だ。しかし自分のノートはどこに行ったのだろうか?鞄をひっくり返してみてもこのノートしかない。

 (ヤバい明日の授業で使うのに)

自分が受ける授業ならまだしもこれは教授の授業のためのものだ、つまり他人が受ける授業のものである、自分が困るだけでは済まされない。とりあえず今日の実験は別のノートにとり、授業の合間の時間を使って心あたりのある範囲を全て回ったが見つからない。ならば朝のカフェテリアでの一件しかない、あの時白い少女が誤って自分のノートを取り違えたのだ。だとすると絶望的だ、ノートは帰ってこないに違いない。

覚悟を決めて教授のオフィスへ直談判へ行き、罪滅ぼしの代わりの作業をいただいて今に至るのである。

 (しかしボーガン教授って意地悪だよなぁ)

実は例のお手製の植物図鑑は担当教授のボーガンに”証拠”として預けてある。当初は又貸しめいたことであるため当然拒否したが。曰く

 「本当は無くした実験記録のノートなんて無くて、君がサボりのいいわけの為にこの植物図鑑をでっちあげたのかもしれないじゃないか?ん?その可能性を除外するために私はこのノートを預かる必要がある」

このようにいわれればもはや唯々諾々と受け入れるしかない、今の立場を失わないだけましだ。しかしこのセリフをいるときのニヤニヤとした笑いが忘れられない、ボーガン教授は気に入った学生をいじめたがると聞いたことがあるがホントのようだ。ある意味才能を認められているのかもしれないが。

 「はぁ~~~」

思わず深いため息が出てしまう。根詰めて作業したせいかどうも集中力が切れてきたみたいだ。こういうときはちょっと気分転換した方がいいついでにカフェインも補充してこよう、今夜はきっと徹夜になる。アヨウは寮の自室の席を立ちコーヒーを買いに向かった。
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