僕の不適切な存在証明

Ikiron

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10話

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アヨウは身にまとった衣服を全て脱ぐと自室のPCの前に立った。PCの画面には備え付けのWebカメラの映像が映し出されている。

アヨウは深呼吸をして息を整えると体内の魔力を練り上げた。すると彼の肉体に変化が起きる。彼の角が縮んで頭に吸い込まれ、被毛に覆われた耳からは毛が失われ、斜め後方に向かって伸びていく。尻尾は体に吸い込まれ消えていき、男性の筋肉質の体から丸みを帯びた女性の体に変化していく。アヨウは変身魔法を行使して肉体をヒメーリアン女性に変化させたのだ。

Webカメラの映像を鏡代わりに自分の変異を見届ける。画面には黒髪のヒメーリアン女性が全裸で立っている様が映し出されていた。PCでは同時にストップウォッチのアプリを立ち上げており、彼が変身してからの時間が計測されている。

PCの画面のストップウォッチのアプリが50秒を過ぎた時、彼の体に異変が起きた。画面のアヨウが苦悶の表情を浮かべると全身が振るえ、たわめられた発条が元に戻るような勢いで、さっきとはあべこべに元のタルタリアン男性の姿に戻ってしまった。衣服をまとっていたら勢いよく飛び出した尾などの”引っ込んでいた”部位が激しくぶつかりけがをしていただろう。

 「ハァ、ハァ、ハァ……駄目だ1分と持たない……」

ユハは日常的に行っていることだが、変身魔法の行使はアヨウにとって、素潜りをしながら全力疾走をするような凄まじい身体的負荷があり、ほんのわずかな時間しか維持することはできなかった。

カイメラの魔力は強力だということは知っていたアヨウだが、こうやって体感してみると改めてその差を実感した。ユハのことを少しでも理解しようと始めた試みだが、彼との差ばかり実感させられる。時折アヨウはユハは自分とは全く違う生き物なのではないかとすら思った。

果たしでこんな自分にユハは心を開いてくれるのだろうか?アヨウは不安でならなかった。彼のことを何も知らない自分に果たして彼を救えるのだろうか?



「ボーガン教授……折り入って相談があります」

講義が終わったタイミングを見計らってアヨウはボーガン教授に話しかけた。

「何だね?まさか、またノートを無くしただなんて言うんじゃあないだろうね?」

「いえ、そういうわけでは、いやあながち無関係でもないですけど」

ボーガンは彼らしく皮肉を言うが、アヨウは怒るでも無視するでもない応答をした。

「ふむ?」

「教授はユハのことをどうお考えでしょうか?」

アヨウは単刀直入に本題に入った。

「ユハ?ああ、この前君のノートを間違えて持って行った彼女か。確か独自の植物図鑑を作っていたな。私には好奇心旺盛な少女だと思えたが、それが何だね?」

ボーガンは自分の見解を述べるとアヨウに質問の意図を聞き返した。

 「ユハは好奇心旺盛で学習意欲も高い。にもかかわらず、ユハは同年代の子供に比べあまりにも無知であるように感じました。まるで教育など受けていないように」

アヨウはボーガンと自分の見解がおおむね一致するのがわかると、彼がかねてから思っていた懸念を語った。ボーガンは黙って聞いていたのでアヨウは更に続ける。

 「実際、ユハは平日の殆どをこの大学にきて例の図鑑を作って過ごしたりしている、少なくとも学校に行っているようには見えませんでした。」

 「つまり、君は彼女が両親から虐待を受けていて就学意欲があるにも関わらず教育を受けさせてもらえてないと言いたいのかな?そして君はそれを助けてやりたいと?」

 「はい、その通りです」

ボーガンがアヨウの見解を要約すると、アヨウはそれを首肯した。ボーガンは偏屈なところがあるが、教育者としては誠実な人物だ。ユハの現状を知れば必ず助けになってくれるだろう。外国人のアヨウが単独で動くよりミッドランド人でかつ社会的地位のあるボーガンに動いてもらった方が物事がスムーズに動くはずだ。

 「なるほど……これでも私は教育者のはしくれだ、学習意欲のある若者を助けるのはやぶさかでない。だがしかしだ、アヨウ、今の話、殆どが君の憶測だということはわかっているかな?すべては状況証拠に過ぎない」

 「それは……」

アヨウの予想とは裏腹にボーガンは冷静で慎重な見解を述べた、その厳しい意見にアヨウは思わず口ごもってしまう。

 「君が懸念していることについて彼女に何か問いただしたことはあるかね?」

 「……それは、まだです。深刻なことでしたので、慎重になっていました」

 「やれやれ……思慮深いのか行動力がないのか……その分だと彼女がどこに住んでいるのかも知らないのではないかね?」

 「はい」

ボーガンの指摘もご尤もだが、ユハにはボーガンの知らない秘密がある。そのことを考えるとどうしても慎重にならざるを得なかった。

 「住所もわからないようでは警察に家宅訪問してもらうこともできまいよ。そうだ、そろそろ休暇が近い。休みの間にユハの家に遊びにでも行ってそこで様子を見てみたらどうかね?色々動くのはそれからでもいいだろう」



アヨウは脱ぎ捨てた衣服を再び纏いながら、昨日のボーガンとの会話思い出していた。ユハのことはわからないことだらけだが、行動を起こさなければ状況は変わらないだろう。それが状況を好転させるか、悪化させるかは定かではないが。

 (今ユハは何をしているのだろう?ひどい目にあっていなければいいが)



 「よし!できた」

ユハは泥だらけになりながら喜色満面の笑みを浮かべた。彼の目の前には、プラスティックの容器に土を詰めたものが並んでいる。二つの容器には同じ種類の草が植えられていてさしずめ手製の植木鉢のようであった。

 「ユハ!水汲んできたよ」

藪の方から出てきた少女がユハに声をかける。彼女は金髪で緑の目を持ったカイメラでユハに似た大きく湾曲した角を持っていた、今年で7歳になるユハの妹のラミャエルだ。藪から出てきた彼女は手に水の入ったペットボトルを握っていた。

 「有難うラミャエル」

ユハは彼女にお礼を言った、彼女は今回の実験のために近くの沢から水を汲んできてくれたのだ。

 「これで何がわかるの?」

ラミャエルが素朴な疑問を聞いた。彼女はユハの親族の中で唯一彼の趣味に興味を持ってくれる人間だった。

 「このヨウミャクが魔力を運ぶのに役立つのかどうかがわかるんだよ!」

 「どうして鉢を二つ用意するの?」

 「こっちの土は魔力が少ない土、こっちは反対に多い土。こういう風に比べられるようにするのをタイショウ実験っていうんだ」

 「面白―い」

ユハが早速アヨウから教わったことを答えた。こういう話を面白がってくれるので、彼女は親族の中では浮きがちなユハと仲良くしてくれる数少ない人物だった。

 「何をやっている?」

ユハの背後から声がかかる、振り返るとそこには黒髪で長身のカイメラの男が立っていた。ユハの兄にして一族の実質的支配者であるアジュダハだ。

 「アジュダハ、これは……その……」

 「ラミャエル、家に戻りなさい。これは女のやることではない」

言い訳を言おうとしたユハを無視してアジュダハはラミャエルに命令した。ラミャエルは残念そうな顔をしたが、抗議はせず、そのまま黙って家に戻っていく。

 「ユハ、ここでの女の役割は何だ?」

アジュダハは諭すような声音で聞いた。

 「それは……子供を産み育てること」

ユハがおずおずと答えと、アジュダハがさらに続けた。

 「では男の役割は?」

 「女を守り、家族を守ること」

 「何故そうなのかわかるか?」

 「僕たちは女しか子供を作れないから」

 「そうだ、だから危険な外の世界に関わるのは男だけなのだ。女を失ったら我々の血は途絶えてしまう」

問い詰めるような内容だがアジュダハの声は諦観が混じったように優しい。こういう時のアジュダハは怒っているときより怖いことをユハは知っている。

 「僕、ラミャエルを外に連れ出したりしてない!」

焦ったユハは身の潔白を主張した。

 「ラミャエルはまだ子供だ、これで外に興味でももって一人で外に出て行ってしまったらどうする?そうなったらお前に責任が取れるのか?」

アジュダハの指摘にユハは答えることができなかった。返す言葉もない。女性を危険にさらすのは彼らの掟において禁忌中の禁忌だ。

 「私はお前を甘やかしすぎたのだな……」

アジュダハはため息交じりにつぶやくと。

 「明日以降お前を夜回りに戻す」

と、冷徹に告げた。猶予や条件なしの決定事項だ。こうなってしまってはもうどうしようもない。もうあの大学に行くことはできないのだとあきらめかけたその時。

 「待って!アヨウはお医者さんなんだ!」

ユハはとっさに叫んでいた。気が付けば目から大粒の涙がこぼれている。

アヨウに会いたい。初めて会ったばかりの自分に優しくしてくれた彼に、自分のやっていることを立派な研究だと認めてくれた彼に、自分を見てくれた彼に。アヨウとずっと一緒に居たい離れたくないその気持ちで胸がいっぱいだった。

そのためにはなんだってする。だから何とかして、アジュダハに興味を持たせないと。

 「何?」

ユハの声にアジュダハは聞き耳を持ったようだ。それを好機とみてユハは震える声で畳みかける。

 「まだ勉強中だけど、病気を治す研究をしてるって。細胞とかの働きを調べてるって、それがお医者さんの助けになるって言ってたんだ!」

泣きながらなので、ところどころえずきながらのユハの懇願をアジュダハは黙って聞いている。

 「だからお願い!何とかアヨウを連れてくるから!それで、フレムの時みたいに……そうすればきっとみんなの為になるよ!そしたら夜回りに戻ってもいいから!だからお願い最後にチャンスをちょうだい!」

ユハの必死の懇願を聞いたアジュダハは沈黙を破り答えた。

 「我ながら甘いと思うが……いいだろう、これが最後のチャンスだ」
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